第31話 ドラゴンは邪魔なだけ
ブルム達から見られない様に、ハイゴブリンの心臓を一切れ飲み込み急いで水を飲む。
熱暴走の為に溢れる魔力を使い、転んで焦っているドラゴンの表面を冷やしてやる。
一気にやって凍ってしまうと不味いので、体表に霜が付く程度にして連続して魔力を流す。
〈おお、マジかよ〉
〈何と、ドラゴンを手玉に取っている〉
〈行け! そのまま倒せ!〉
外野が煩いが殺す気は無い、爬虫類の体温を下げると動きがにぶくなるので冷やしているだけだよ。
全身が霜で真っ白になったドラゴンは予想どおり動きが緩慢になってきた。
「ブルム達、出てきても大丈夫だよ。今のうちに向こう側に行こうぜ」
動きの鈍くなったドラゴンを見ていると、三人が恐る恐る近づいて来た。
〈これっ、本当に大丈夫かい〉
〈お、お、おれっ、ドラゴンをこんなに近くで、みっ見たの初めて・・・〉
「あー、そっちに行くと滑るよ」
恐々俺とドラゴンの間を通り過ぎようとしたエイフに注意したが、間に合わず凍った斜面に近づいて転倒した。
〈ウワッ、た、た、た、助けてーェェェ〉
僅かな傾斜だが凍っているので、ズルズルとドラゴンの方に滑っていく。
真っ青な顔でジタバタするエイフに笑いそうになるが、氷の障壁を造って止めてやると、必死な形相で這い上がってきた。
カロカとブルムが爆笑しているので、俺も笑ってしまった。
その爆笑の最中に、カロカとブルムの顔色が変わった。
青い顔をして指差す先には、遠くの岩陰からドラゴンの姿が現れて此方に向かってくる。
「一頭じゃないのかよ」
「はっ、初めて見ました!」
「そんなー、は、ハルトさん助けてー」
「俺っ、もうハルトとは行動したくないです」
弱気になってるなーと思うが、案内人をなくして迷子になりたくないので、ちゃっちゃと片づける事にした。
今回は斜面がないので直接身体を冷やす方向で対処、皮膚の表面を冷やすだけなのだが身体が大きいので結構疲れる。
「おい、動きを鈍らせたので逃げるぞ。さっさと来ないと、置いていくからな」
新たなドラゴンを避けて先を進むと、三人が必死についてくる。
なんてこったい、谷底の森を見物するつもりがドラゴン見物主体になっている。
こんなの討伐しても、持って帰る術が無いので邪魔なだけだ。
ドラゴンより、クリスタルフラワーだ!
エイフ曰く、クリスタルフラワーは崖の途中から落ちる滝の下、水辺の岩陰等水しぶきを浴びて咲く花だと教えられた。
何とも不思議な光景で、崖の途中から水が噴き出しているが川は何処に有るんだろう。
地の底と呼ばれる場所に水が大量に落ちてくるって事は、何処かに流れ去っている筈だと疑問になり聞いてみた。
何と落下した水は滝壺と周辺の岩や砂利の中に消えていくって、何じゃそりゃーって、ラノベより酷い設定じゃん。
谷底の森に川は無く、所々に泉が有るそうで、滝壺から消えた水が湧いているんじゃないかとエイフが語っていた。
クリスタルフラワー8本に良い香りの花を13本を見つけたが、ボストーク伯爵に渡さなければ金にならないと三人は見向きもしない。
多分最上級ポーションやエリクサーの材料と知らないのだろう。
三人が採取しようとしないので、俺が採取して空間収納に仕舞っておく。
ボストーク伯爵に渡していた薬草類は一本銀貨2枚が相場で、クリスタルフラワーが銀貨5枚だったと聞いた。
ギルドでは取り扱って貰えないので、伯爵が独占して格安で買い上げボロ儲けしていた様だ。
最も、それで乱獲を防ぎ、種の保存に努めていた側面も有るのだろう。
彼等が採取した薬草は全て俺が銀貨二枚で買い上げてやると、谷底の森でしか採れない薬草をせっせと集めていた。
現在俺の空間収納は縦横高さが約3m近い感じで、球体か立方体かは不明だが少々薬草が増えた所で問題なし。
最近余り空間収納の拡大や自己魔力の増大に励めないので、此の件が落ち着いたら魔力増大に励まねばと思う。
谷底の森では20日近く過ごしていたが、出会ったドラゴンは5頭、よく似ているが数は間違いないと思う。
カロカやブルムなどは、こんなにドラゴンが居たのかとビックリしていた。
ゾルクの森に入ってから一月以上経っているし、森の隠者達もヘイエルに到着している筈なのでグリムの街に戻る事にした。
三人と別れる時に何処に行けば安全かと問われたので、森の隠者達はヘイエルの街に行っていると教えた。
俺達も行ってみるよと言うので、約束の金貨5枚を各自に渡して別れた。
* * * * * * *
コーエン侯爵はホラン達金色の牙のパーティーを呼び寄せ、ハルトがボストーク伯爵からドラゴン討伐依頼を断った事。
その後ドラゴン見物にゾルクの森に出かけたことを伝えて、ハルトを迎えに行く様に依頼する。
ハルトが居ると思われる所は、ゾルクの森の中に在る地の底と呼ばれる所らしいので、その場所は森の隠者パーティーから聞いてくれと引き合わせた。
ホラン達はハルトを送っていった時の馬車を与えられて、小さな包みを預かりゾルクの森に向けて旅立った。
ホラン達が旅立つのと同じくして、コーエン侯爵は王家にガーラル地方の領主ハラン・ボストーク伯爵に異心有りと、ハルトの書状を添えた急送文書を送った。
その後森の隠者達から聞き取った詳しい話を分析説明する為に、自らも王都に向けて旅だった。
* * * * * * *
王都ギラントの高台に在るカラド城に、コーエン侯爵からの早馬が到着して国王陛下への急送文書が、宰相ブルーゼンの手に渡された。
通常宰相である自分を通して国王陛下に書簡が届けられる物が、直接国王陛下宛てになっている事に驚くと共に、異常事態だと認識して即座に国王陛下の下に向かった。
「何事か、ブルーゼン」
「コーエン侯爵殿より、陛下に急送文書です」
「急送・・・珍しいな」
受け取った書簡を読み進む、ドブルク国王の顔が険しくなっていく。
読み終わった書簡を手に深く考え込む国王を、ブルーゼン宰相が見つめる。
「ブルーゼン、金鉱山は国の直轄であったな」
「はい、コーエン侯爵領で金鉱山が発見されたのでしょうか」
黙って書簡をブルーゼン宰相に差し出す。
受け取った書簡を読み進むブルーゼン宰相も、その内容に思わず溜め息を吐く。
「此れが事実なら、由々しき事で御座います」
「だがボストーク伯爵は、既に彼の地で採取される薬草類を王家指定の薬師に卸すのを止めている。その書簡に依ればドラゴン討伐はその為だとある。古より彼の地ではドラゴンが生息しており、それでも薬草を採取してきたとある。ドラゴンが居ては金採掘に支障が出るのだろうが、予を謀ってくれたわ」
「でも、未だ金が採掘された訳では・・・」
「その書簡には、金塊を見つけた冒険者の話が記されているが、情報は全てボストークに押さえられている。そしてボストークは、金が有る物として行動している。奴は何をする気だ?」
「金鉱床が有ると噂された時点で、王家に報告の義務が御座います。それが伏せられていると言う事は着服する気かと」
「その資金を周辺貴族にばら撒けば、バルザク侯爵より厄介な事になるぞ」
「此れには、ハルトなる冒険者を陛下の要請により、ドラゴン討伐の為にボストーク伯爵に紹介したと在りますが」
「魔法比べの時の男だろう、精霊の加護を受けていると言った。ボストークの手には負えまい」
「コーエン侯爵殿が王都に参るとありますので、侯爵殿を待って詳しい話と対策を練るべきかと」
* * * * * * *
急送文書が届いて6日後に、コーエン侯爵も王都ギラントに到着して、直ぐにカラド城のブルーゼン宰相に到着を報告した。
折り返し国王陛下の下に参上せよとの命が下された。
国王陛下との謁見は、奥宮の瀟洒な小部屋で宰相のブルーゼンを交えての非公式なものとなったが、事の真偽とボストーク伯爵の扱いについてに終始した。
「証人が、ハルトの寄越した冒険者5人だけと言うのが弱いな。ハルト自身と連絡はついているのか」
「彼を迎えに、冒険者パーティーをボストーク領ゾルクの森に向かわせています。憶測で宜しければ・・・」
「よい、許す」
「ハルトは自身を攻撃してきた者に対して、徹底的に反撃します」
コーエン侯爵は金色の牙のメンバーから聞いた、ハルトの性格や行動を国王陛下に伝えた。
「独立独歩の男か、しかし魔法比べの魔法は見事であったが、ドラゴンの徘徊する森に行って無事に帰って来られるのか?」
「私が魔法比べに出場依頼をした時の条件は、それまで他人に見せた魔法と、アーマーバッファロー討伐に使ったのと同程度の魔法を披露する事です。それ以上の魔法を、見せる気は無いと断られました。彼が氷結魔法の守護精霊の加護を受けていると知ったのは、陛下の御前に彼を連れて来た時です。どれ程の力を有するのか不明ですが、彼なら無事に帰ってくると思われます。それと彼から書状を預かってきた冒険者達も、一度はハルト暗殺を命じられていますので、証人には為るでしょう」
「その者達を王都に呼び寄せろ。それとボストーク伯爵を王都に呼ぶ良い知恵はないか」
「では、ドラゴン討伐の進捗状況の説明と、薬草不足について相談したいと言えば宜しいかと」
コーエン侯爵の提案を受けて、ブルーゼン宰相は直ぐにボストーク伯爵に対してドラゴン討伐の進捗状況説明の為、王城に出頭せよと書簡を送った。
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