第26話 執事の失態

 「ハルト殿、お呼び立てして申し訳ない」


 「侯爵様、先に言っておきますがドラゴン討伐の話はきっぱりお

断りします」


 「承知している。王家の要請により、手練れの冒険者をガーラル地方の領主ボストーク伯爵に紹介せねばならない。王家の要請を無視は出来ないし、かと言って適当な者を紹介も出来ない。冒険者ギルドの推薦で、真紅の牙に紹介状を持たせて送り出す予定だったが・・・」


 そう言って侯爵様が肩を竦める。

 あれは性格の悪い弟が、俺を揶揄ったのが肩を竦める原因だ。


 俺も侯爵様に倣って肩を竦めておく。

 背後霊達が苦々しげに俺を睨むが、知った事か。


 「そうなると、紹介状でなく君を冒険者として推薦する書状を、ボストーク伯爵に届けて貰う以外に手が無くなった。王家に献上したアーマーバッファローの肉の件と、魔法比べでの君の優秀さは知れ渡っている。真紅の牙を紹介出来なければ、私には君しか推薦出来る者が居ないのだが、君にその気が無いとなれば推薦だけさせてくれないか。私の書状を持って行けば、当然ドラゴン討伐を打診されるだろう。有り体に言えば、君を推薦すれば私の顔が立つ。君がドラゴン討伐を請け負うかどうかは、ボストーク伯爵の器量に掛かっている」


 そう言って侯爵様は、俺を適任者として推薦する書状の配達依頼料として、金貨50枚と往路の馬車と旅費全般の提供に、護衛としてホラン率いる金色の牙を付けると言ってきた。

 ヘイエルの街に未練は無いので行ってみる事にした。

 書状を渡す迄が依頼、俺の仕事としてドラゴン討伐依頼を受けなければならないとの、縛りが無いのが気に入った。


 書状の配達料が金貨50枚ってのも気に入ったが、後でボストーク伯爵領グリムの位置を聞いて少し後悔した。

 ヘイエルの街から王都迄馬車で12日、王都からグリム迄10日ときた。

 打ち合わせの為に冒険者ギルドで合ったホランさん達は、旅の護衛で一日銀貨2枚、22日の予定なので金貨4枚と銀貨4枚の稼ぎだと喜んでいた。


 旅は順調、単調、時々現れる野獣もホラン達に軽くあしらわれて終わり。

 俺は馬車の窓から外を眺めるだけの退屈な日々。

 何せコーエン侯爵様の使用人が使う馬車とはいえ、通過する街や村は侯爵家御用の通行証を示すのでほぼ素通り。

 宿の手配も同乗の使用人が全てしてくれるのだから、ホランさん達も俺との仕事は楽して稼げると笑っている。


 * * * * * * *


 グリムには予定通り22日で到着して、衛兵の先導でボストーク伯爵邸まで案内された。

 貴族の屋敷に客人として正面から入るのは初めてなので緊張したが、御者が示したコーエン侯爵様御用が通用せずに、通用門に回れと衛兵に怒鳴られて緊張も吹っ飛んだ。


 御者が青い顔をして通用門に回ったので、入り口で馬車を止めさせた。

 俺は使用人に此処からは俺一人で行くので、役目は此処までと伝える。

 序でに、コーエン侯爵様には、入り口で怒鳴りつけられて通用門に回されたと報告しておけと言い含める。

 ホラン達にも同じ事を伝えて、此処でお別れだ。


 使用人用の馬車とは言え侯爵家の紋章入り馬車が邸内に入らず、門前で客を降ろして引き返して行くのを衛兵が不思議そうに見ている。


 彼等の姿が見えなく為るまで見送ってから、戦闘開始だ。

 衛兵にコーエン侯爵様の書状の表書きを見せ、執事に取り次ぎを頼む。

 伯爵家の使用人に対して、侯爵家の紋章入りの書状は抜群の効果を発揮して即座に中に通された。


 出入りの商人達がが控える待合室に案内されると、執事を呼ぶ様に伝えますと言って取り次ぎの者に説明している。

 取り次ぎの者の姿が消えてから数時間、待てど暮らせど執事の姿が現れない。

 この屋敷に到着したのは夕暮れには未だ早い時間だった筈だが、明かり取りの窓の外は暗くなり使用人達の姿も少なくなっている。


 人の気配に顔を上げると使用人が扉を開け、執事らしき男が尊大に頷きながら入って来た。


 「その方か、コーエン侯爵様の書状を持参した者とは」


 黙って頷き、コーエン侯爵様の書状を手渡す。

 むっとした顔で受け取ったが、コーエン侯爵家の紋章入りでボストーク伯爵宛の正式な書状だ。

 みるみる執事の顔色が変わる。


 「しっ、暫しお待ちを」


 そう言って執事が慌てて部屋を飛び出して行く、今度はさして待たされる事もなく邸内を案内され、漸くボストーク伯爵様にお目にかかれた。


 初老の虎人族だが、眼光鋭く俺を見ている。

 壁際に控える護衛達も全て虎人族の者で揃え、煌びやかな鎧に派手な服装が伯爵の性格を物語ったいる様だ。


 「その方がドラゴン討伐の為に寄越された、コーエン侯爵殿の推薦の者か」


 「書状に記されている様に、私は一介の冒険者です。ボストーク伯爵様に、書状をお届けする様に言付かっただけです。私は冒険者ですので、ドラゴン討伐に参加するもしないも、伯爵様との交渉次第だと言われております」


 「お前に、ドラゴン討伐に参加するだけの技量が有ると、コーエン侯爵殿はお考えか」


 ボストーク伯爵から一歩下がって立っている男が問いかけてくる。

 伯爵によく似た顔立ちに上等な衣服から嫡男だろう。


 「コーエン侯爵様が書状にそう記されているので在れば、そうお考えなのでは」


 「お前の様な若造がドラゴン討伐に参加だと」


 「お考え違いをしておられる様ですが、私はドラゴン討伐に参加する気は有りません」


 「貴様! 冒険者風情が、我がボストーク伯爵家を愚弄する気か!」


 「此は異な事を申されます。コーエン侯爵様からの正式な書状を持参した者を、使用人用の通用門に回らせて長時間待たせた挙げ句、家臣に対する様な物言いとは、侯爵様を侮っているとしか思えません。その様なお方の元でドラゴン討伐に参加すれば、侯爵様が伯爵家の下風に立ったと笑い者になります。故にドラゴン討伐には参加しませんと申しましたがご不満ですか」


 「アラルどういう事だ」


 「いえ、徒歩でやって来たと聞きまして」


 アラルと呼ばれた執事が、冷や汗を流しながらそう答える。


 「通用門に回れと衛兵に怒鳴られましたので、通用門の前で馬車を降り、馬車と護衛の冒険者達は帰らせました。夕暮れには未だ早い時間から、今まで待たされましたので帰して正解です」


 執事は真っ青な顔になり、ボストーク伯爵と嫡男らしき男は何とも言えない顔で黙り込んだ。

 そりゃそうだ、一介の冒険者相手とはいえ、コーエン侯爵様の正式な書状を持参した者に対する扱いではない。

 まっ、知ったこっちゃない。


 「では、私は此れで失礼させて頂きます」


 ボストーク伯爵に一礼して執事に向き直り、案内を頼む。


 「待って貰いたい・・・冒険者殿」


 「未だ何か御用ですか、伯爵様」


 「その・・・だな、使用人の非礼は詫びるので」


 「必要在りません。冒険者風情に伯爵様が詫びる様な事はなさらぬ様に。私はドラゴン討伐に参加しないと決めました。皆さんのドラゴン討伐を見物させて頂き、コーエン侯爵様への土産話に致したいと思います。執事殿帰りますので案内を頼みます」


 きつめに言って、渋る執事に出口まで案内させた。


  通用門から執事の最敬礼を受けて伯爵邸をでたが、やれやれ街まで遠いのに歩きかよ。

 22日も馬車に乗っていたのに、いきなり街まで歩いて行きホテルを探す羽目になるとは、罰ゲームかよー。

 まっ、門衛と執事のお陰で、交渉無しにドラゴン討伐を拒否できたので良しとする。

 明日は冒険者ギルドに行ってドラゴンの情報を集める事にした。


 銅貨5枚払った割に不味い朝食を食べて宿を出る。

 食糧を仕入れながら周辺の地理を知る為に、飯が美味くて清潔なホテルの名を聞いてから冒険者ギルドに出かけた。

 エールを飲みながら周囲の話に耳を傾けるが、ドラゴンの話を誰もしていない。

 高ランク冒険者が多数集められている筈なのに、見回してもそんな雰囲気もない。


 高ランク者用の依頼掲示板を見ても、ドラゴンのドの字も見当たらない。

 可笑しいと思い、暇そうにしている受付カウンターの親爺にドラゴンの事を聞きに行った。

 頭の天辺から爪先まで、ジロジロ見られた挙げ句に鼻で笑われた。


 「お財布ポーチ持ちの様だから、それなりに腕は立つ様だが聞いてどうする」


 「此処のご領主様が、ドラゴン討伐の為に人を集めていると噂になっていてな。俺も一度くらいはドラゴンを見てみたいと思ってこの街に来たのさ」


 そう言いながらカウンターに銀貨を乗せて男の前に滑らせた。

 さりげなく銀貨を掴むと小声で話し始めた。


 「ボストーク伯爵が、ドラゴンを王家に献上する為に各地の高ランク冒険者を屋敷に集めているって噂だな。王様の覚え目出度くなりたいんだろう」


 「えーっと、ドラゴンのせいで被害が出ているとか」


 「ないない、ドラゴンの居るところはな〔地の底〕と呼ばれる谷底の森の中だぞ。谷が崩れない限り出てこられないさ。高価な薬草採取の冒険者が、偶に食われるくらいだな」


 「その地の底って所にはドラゴンが沢山居るのか」


 「一匹だけらしいな。古い話だがドラゴンが未だ小さい頃に、はぐれドラゴンとしてゾルクの森を彷徨っていたそうだ。小さいとは言えドラゴンだ、討伐して金と名誉を求めて冒険者が集まったが・・・」


 そう言って男が肩を竦める。

 小さいとはいえドラゴンだ、相当な被害が出たんだと想像がつく。


 「相当数の冒険者が集団で追い詰めた場所が、地の底と呼ばれる場所だ。高い崖から落とせば、いかなドラゴンでも殺せると踏んだが」


 再び男が肩を竦める。


 「その地の底とか谷底の森って何の事だ」


 「そんな事も知らないのか、それは冒険者に聞けよ。少し飲ませればべらべら喋ってくれるぞ」


 面倒になったのか、それだけ言って奥に引っ込んでしまった。

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