第25話 プラチナランカー
「兄さん悪かったな。離してやってくれないか」
「あんたは?」
「其奴は俺の可愛い弟だから離してくれ」
声を掛けて来た男に気を取られた時、足に衝撃がきた。
見れば足にナイフが突き立って・・・ブーツにだけナイフが突き立っている。
捻った腕に力を込めて、そのままへし折ってやる。
〈ギャーァァ〉なんて、汚い悲鳴が食堂に響く。
「あんたの弟は礼儀知らずどころか、兄貴が交渉している隙に俺にナイフを突き立ててきたぞ」
其奴が取り落としたナイフを拾い上げると、腕が折れて呻く男の首に当てる。
「お前も冒険者なら、相手を揶揄ったらどんな事になるのか知ってるよな。おまけに、ナイフを取り出して突き立てて来たんだ」
兄貴と名乗った男の目を見ながら、押さえた男に問いかけた。
「どうするつもりだ」
兄と名乗った男が低音の魅力満載の声で問いかけてくるが、足を開き軽く腰を沈めて抜き打ちの体勢になっている。
押さえた男の首にナイフを当てて上に上げると、ナイフの動きに合わせて折れた腕を俺に握られたまま男が立ち上がる。
「どうするも何も、冒険者ギルドで刃物を抜いて突き立てたんだ。死ぬか犯罪奴隷の二択だな。それとも、お前が可愛い弟を助けてお尋ね者になるかだ」
立ち上がらせた男が邪魔で、抜き撃てない状態なのでそれ以上の動きが無いが、仲間達が静かに俺を取り囲んでいる。
魔力を体内に張り巡らせていて良かった、防刃対衝撃が出来て便利だし図らずも防御力を実験できた。
食堂に居た冒険者達はテーブルから離れて、遠巻きに俺達を見ている。
「何をやっている!」
怒声の主はギルマス、状況を見て何があったか俺に問いかけてきた。
一連の出来事を話すと、首を振り振り模擬戦で方を付けろと言ったが、俺が押さえている男は地下牢にぶち込んでおけとギルド職員に命じている。
〈おい風の次は〔真紅の牙〕だぜ〉
〈今度は、流石にゴブリンキラーと謂えども厳しいな〉
〈ゴールドランク達と兄貴はプラチナランカーだからなぁ〉
〈あの弟だってゴールドランクなのに、あっさり押さえつけたよな〉
〈馬鹿、模擬戦と食堂での技は別物だよ〉
〈よしっ、ゴブリンキラーに銀貨五枚だ〉
〈今回は無理だよ、相手はプラチナとゴールドだけのメンバーだぜ〉
〈しかし、プラチナとゴールド相手とは言え、一騎打ちだぞ〉
〈お前は風の連中との闘いを見てないからな〉
聞こえて来る声を総合すると、真紅の牙はゴールドランクとプラチナランクだけのパーティーの様だ。
後ろから襲われたくないので奴等を先に行かせて、後ろから観察しながら訓練場に入る。
お財布ポーチから訓練用の木剣を取り出し、素振りをくれながら相手が誰かを観察する。
性格の悪い弟の仇討ちとばかりに、プラチナランカーのお兄ちゃんが先陣を切る様だ。
「弟が世話になったな」
「躾けが悪いのか性格が悪いのか、お兄ちゃんも大変だねぇ。それとも似た様な性格なのかな」
「抜かせ! それなりの腕がある様だが、プラチナランカーの俺に勝てるかな」
「直ぐに判るさ。俺は性格の悪い奴は嫌いだから、遠慮無く遣らせてもらうよ」
左右に分かれるとギルマスから〈始め!〉の声が掛かる。
魔力を張り巡らせているとはいえ相手はプラチナランカーだし、その実力を確かめたいので積極攻撃は控える。
悠然と歩み寄る奴に、軽く突きを入れて出方を探る。
軽く弾かれるが奴の体勢が崩れる事もなく、対人戦の経験も豊富な様だ。
逆に鋭く踏み込んできて突きを入れられるが、きっちり見切って下がり反対に籠手を狙って剣先を振る。
此れも軽く剣を上げて受けるとそのまま踏み込んできて、横殴りの一撃を寄越す。
全然身体の芯がぶれないのは、確かな技術の裏付けがあるからだろう。
しかし、プラチナランカーでもこの程度かとの思いがする。
後四人も居るし、長引かせてエールの気が抜けても嫌なので終わらせる事にした。
中心線から外した突きを入れ、横に躱した所を狙って剣先を横に振る。
日本刀の握りを利用した動きに対応出来ず、二の腕に当たって顔色を変える。
今度は奴が横薙ぎに打ち込んで来るが、そのまま受けてがら空きの腹を爪先で蹴りつける。
〈グェッ〉って変な声が聞こえたが気にせず、くの字に曲がった身体をバットスイングで殴りつける。
ギルマスの〈止め〉の声が聞こえたので、攻撃を止めてお兄ちゃんを見る。
木剣が腕を直撃したので二の腕から肩まで潰れ異様な形に曲がっている。
〈ウオー、プラチナランカーをやっちまったぜ〉
〈よーし、ゴブリンキラーに賭けて正解だ〉
〈後はゴールドだけだぜ〉
〈真紅の牙がのされるのか〉
〈未だゴールドが四人残っているから、希望はあるさ〉
〈真紅の牙に賭けたんだぞ! 無様な負け方をするなよ〉
残りのメンバーを見ると顔が強ばりながらも、ゴールドランクの面子があるのだろう覚悟をきめた様だ。
慎重な素振りのあとで俺の前に立ち〈始め〉の合図と同時に、一気に踏み込み鳩尾に突きを入れて吹き飛ばして終わり。
三人目は短槍に見立てた棒だが、多少の駆け引きは出来るが俺が力任せに振り抜くと、受けた手首が骨折したのか両手をだらりと下げて蹲ってしまった。
〈ゴブリンキラーって、最強だよなー〉
〈風の時も思ったけど近接戦闘も上手いなぁ〉
〈誰に教わったのか知らないが、魔法も剣も上手いって反則だぜ〉
〈次ぎ! さっさとしろ〉
ギルマスの声が響くが、二人とも出て来ようとしない。
ギルマスに何か話しかけているので、模擬戦を放棄した様だ。
「ハルト詫びを入れたいと言っているが、受けるか」
「喧嘩を売って引いたら、馬鹿にされてこの街では冒険者は出来ないよ」
「ああ、俺達はこの街を出るよ」
「真紅の牙も終わりさ。悪かったな、あんたをからかった奴の事を止められなくて」
そう言って頭を下げると、そそくさと訓練場を出て行った。
良いけどね、木剣を仕舞って飲み直しだ。
食堂に行くと、カウンターの前はエールを注文する男達でごった返している。
「ハルト、話が有るので俺の部屋まで来てくれ」
ギルマスに呼ばれて、2階のギルマスの執務室についていく。
「実は侯爵殿からの依頼だが」
「又ですか」
「そんな嫌そうな顔をせずに、話だけは聞け。此れは侯爵殿も仲介だ、仲介と言うより、他の貴族からの協力要請を受けて冒険者を探している」
そう言って、ギルマスが侯爵様からの依頼を話し出した。
コーエン侯爵領より王都の向こう、ガーラル地方のハラン・ボストーク伯爵領に有るゾルクの森。
その森の中に在る〔地の底〕と呼ばれる場所に、ドラゴンが落ちてきて難儀をしていると。
そのドラゴン討伐の為に腕利きの冒険者を集めているのだが、ドラゴン討伐となれば生半な腕では無理だし、一つや二つのパーティーでも無理。
多くの腕利きを集めて対処する必要があるが、一地方の貴族だけでは冒険者を集められない。
当地の貴族ボストーク伯爵が王家に泣き付き、王家の指示によりドラゴン討伐の為に、各地の貴族推薦の冒険者を集めているのだと。
此れに応えられない貴族は領地にそれなりの人材がいない、王家の要望に応えられない事になり面目丸潰れになる。
その為に各地の貴族達が、挙って腕利きの冒険者をボストーク伯爵に紹介しているそうだ。
そこでギルマスがニヤリと笑い、俺は侯爵殿に頼まれて真紅の牙を推薦するつもりだったんだと言い出した。
「プラチナランク一人とゴールドランク五人だぞ、何処に出しても恥ずかしく無い戦力だ。其れをお前が一人で潰しやがって」
「模擬戦で方をつけろって言ったのはギルマスだろう。文句が有るなら地下牢にいる馬鹿に言えよ、そんな愚痴を俺に聞かせるのは筋違いだ」
「まあ、確かにその通りなのだが其れでは俺の顔が立たないし、侯爵殿の面子も丸潰れだ。後は見渡してもアーマーバッファロー三頭を討伐して、王都の魔法比べで国王陛下よりご褒美まで貰ったお前しか居ない。今日の話が伝われば、どのみち侯爵殿はお前に依頼してくる筈だ」
「嵌めたな」
「何をだ」
両手を広げて、さも心外だと言わんばかりの顔で笑っている。
「彼奴らじゃドラゴンどころかアーマーバッファローも倒せない。然し此れと言って見栄えの良い冒険者が居ない。王都の魔法比べで名を売った俺を差し出せば、侯爵様の面子も守られギルマスも顔も立つ。騒ぎに乗じて真紅の牙を潰して俺が断れない様に仕向けただろう」
「おいおい、それじゃ俺が真紅の牙をお前に嗾けた様に聞こえるぞ」
「それは無いだろう。地下牢の馬鹿が調子に乗って人を揶揄ったせいだ。だが其れを利用しただろう」
肩を竦めて肯定しやがった。
「残念だったな。この街に義理はないし、ギルマスの思い通りに動く気もない。他をあたってくれ」
それだけ言って下に降り、エールを飲む為に食堂に向かった。
「ギルマスと何の話だったの」
「どっかの領地にドラゴンが出たってよ」
「討伐依頼なの」
「馬鹿言っちゃいけない。見た事も無いドラゴン討伐なんて、お伽噺に付き合う気は無いよ。アーマーバッファローだって、調べて勝ち目が有ると思ったから受けたんだ。名を売る為に命を賭ける気は無いね」
そんな話をした後、月夜の亭に戻って寝てしまった。
気持ちよく朝食を取っていると、執事のヘイルがホールに入って来るのが見えた。
女将に軽く会釈して食堂へと真っ直ぐやって来るのを見て、一気に朝食が不味くなるが逃げ出すのも業腹だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます