第21話 魔力10の実力

 お抱え魔法使いの部が終わり、いよいよ各領地に住まう領民や冒険者達の魔法披露が始まった。

 領地名と当主の名前に続き、参加者の名前と披露する魔法名に魔力が紹介されて標的射撃が始まる。

 横一列に五つの的が並び、その前に20・25・30~50mと5m間隔で7本の横線が引かれている。

 何れの線上からでも良い、3~5発の魔法を放ち標的に3発以上当てなければならない、中々面白い標的射撃だ。


 紹介が終わると各自得意のライン上に立ち、詠唱して魔法を放って腕を披露して、喝采を浴びたり失笑されたり悲喜こもごもである。

 皆名誉と金が掛かっているので、緊張しているのが丸分かりである。


 〈フルム地方、ナザール・コーエン侯爵領、ヘイエルの冒険者、ハルト、氷結魔法、魔力10〉

 と声高らかに紹介されると其処此処で失笑が漏れる。


 〈聞いたか、魔力10って〉

 〈まさか石ころでも投げつけるのかよ〉

 〈ハルト、ヘイエルの冒険者の力を見せてやれ!〉

 〈ブッフワーハッハッハッ、ヒィーハハハ、ヘイエルの実力って〉

 〈ゴブリンキラーの実力を見せろ!〉

 〈ゴブリンキラーって、アイアンのベテランか?〉


 余計な事を喚きやがって、ヘイエルから侯爵様の護衛で来た奴に違いない。


 * * * * * * *


 「コーエン侯爵、其方の推薦する男は魔力10とな」

 〈コーエン侯爵殿、陛下に対し余りにも非常識では・・・〉

 〈冒険者と謂えども、陛下の御前で魔法の腕を披露する者の魔力が、10とはな〉


 「陛下、彼の者はアーマーバッファローを討伐した剛の者です。魔法が魔力の多寡だけではないと体現する者です」


 「うむ、しかと見せて貰おうか」


 標的の前にハルトが歩みだすと、見物席や貴族席から無様な魔法を期待した嘲笑と笑いが溢れ野次が飛ぶ。


 〈もっと的の前に立たないと、当たらないぞ〉

 〈否々、手で壊すか足で蹴るんだろう〉

 〈コーエン侯爵殿も、何を考えて・・・〉


 様々な声が聞こえて来るがハルトはまったく気にせず、35mライン上に立ち歩き出した。

 次の瞬間、水平に伸ばされた腕からアイスランスが標的に向かって飛び〈ドゴーン〉〈ドゴーン〉〈ドゴーン〉〈ドゴーン〉〈ドゴーン〉と連続して轟音が響き五つの標的を撃ち抜き背後の壁に穴を開けていた。

 散歩の様に歩き、全ての標的を撃ち抜いた光景に訓練場が静まりかえる。


 〈見たか、ゴブリンキラーの実力を〉

 〈ヘイエルの冒険者を侮る間抜けが、何とか言え!〉

 〈嘘だろう!〉

 〈そんな・・・馬鹿な〉


 「コーエン侯爵、予は夢を見ているのか」


 「いえ、あれが彼の実力です。あの腕をもってして、献上したアーマーバッファローを含め一度に三頭を討伐致しました」


 「だが・・・魔力10に間違いないのか。それと今、三頭と申したが」


 「はい、陛下に献上したアーマーバッファローは、その内の一頭で御座います。彼は一人で三頭を討伐しています。見届け人の私の部下と彼を護衛した冒険者が証人です」


 そう聞かされて訓練場を見れば、ハルトは控えの椅子に座り詰まらなそうにしていて、係りの者が壊れた標的の代わりを急いで用意するところだった。


 * * * * * * *


 翌日恒例の標的射撃で優秀と認められた10人が集められて、魔法試しの最大のイベント野牛討伐が行われた。

 最優秀と認められたハルトは最後に二頭試しと呼ばれる、バッファロー二頭を同時に相手する事になっていた。

 控え室で寛いでいると早々に呼び出されたので不審に思い、呼びに来た兵士に訳を尋ねたが、上司に呼んで来い命じられただけですとの事だった。


 その上司は円形に柵を組んだ後ろの控え所にいて、陛下の命によりお前が一番手になったので心して闘えと言い、柵内に押し込められて中央に立てと言われた。


 仕方なく中央に出て周囲を見回すと、高さ3m程の柵に囲まれた円形コロシアムの様で、バッファローと人間の一騎打ちの場であった。

 悪趣味な場だと見回すと柵の後ろはバッファローの檻になっていて14~5頭のバッファローが鼻息荒く柵内の俺を睨んでいる。


 突如バッファローが暴れだしたのでよく見ると、閉じ込めた檻の外から棒の様な物で甚振っている。

 挙句に丸めた牧草に火を点けて檻の中に投げ入れて興奮させている。

 やることがえげつないと思っていると、全ての檻の中から煙が出ているではないか。

 どうも嫌な予感がする。


 嫌な予感は見事に的中して、檻の扉が開けられたのだが一つや二つでなかった。

 興奮した体長4m近いバッファローが柵内を走り回り、憎い人間に目を付ける。

 パッと見7~8頭だが、柵内には甚振った人間がいるので当然俺に向かって来る。

 見物席から大歓声が湧き上がっている。


 * * * * * * *


 「陛下、此れは・・・」


 「誰か、他の冒険者も中に入れて彼を助けよ! 其れと責任者を此処へ呼べ!」


 「陛下、良いでは御座いませんか。コーエン侯爵殿の推された、冒険者の実力を知る良い機会で御座います」


 「バルザク侯爵殿、それはどう言う意味だ!」


 「なに、魔力10などそんな法螺を陛下はいざ知らず、我々が真に受けるとお思いですか。私が奴の化けの皮を暴いて見せますよ」


 「此れは貴方の仕業ですか。陛下の御前でこの様な勝手が許されるとでもお思いですか!」


 嫌な笑いを浮かべて、コーエン侯爵を見るバルザク侯爵。

 その時場内が大歓声に包まれた。


 * * * * * * *


 檻から押し出されたバッファローは12頭、柵に沿って駆け回るものや中央に立つ俺に突撃してくるもの、喧嘩を始めるものと混沌としている。


 貴族の悪趣味に付き合わされる俺の身にもなれよ、と毒づきながら場内に出てきたバッファローを観察する。

 アーマーバッファロー程の威圧感は無いが、人間を恨み巨体で攻撃しようとしているのは間違いない。

 向かって来る一頭を見ながら、皆殺しは不味いよなぁと考えていた。

 一人一頭と聞いているし、メインイベントの俺は二頭のはずだ。

 然し突撃してくるバッファローを無視する訳にもいかないので、取り敢えず足止めをする事にした。


 突進を止めるのは面倒なので、向かって来るバッファローの足下に高さ50cm幅3mの障壁を作る。

 俺に向かって突撃している最中に、目の前に氷の障壁ができたが止まる事も躱す事も出来ずに足をとられて転倒する。

 向かって来るバッファローや柵内で暴走するバッファローを次々と転倒させ、それでも立ち上がり向かってくる奴には、お仕置きをする。

 バレーボール大のアイスバレットを、頭や横っ面に撃ち込み闘争心を叩き折る。

 こんな物は獲物でも何でもなく、殺す必要すら感じないのでお仕置きで十分だ。


 正面から向かって来て頭にアイスバレットを受け、脳震盪を起こして座り込んだり逃げ惑って空いている檻に逃げ込んだりしている。

 お仕置きされるバッファローこそ大迷惑な騒ぎになり、俺も疲れた。

 適当に魔力を抜いたアイスバレットなので、バッファローは一頭も死んでいないが、場内は砕けた氷が散乱して酷い有様だ。

 騒ぎが収まったので俺も出入り口に行き、俺を柵内に押し込んだ兵に扉を開ける様に要求した。


 * * * * * * *


 「見事な腕前だ。あの男を此処へ呼べ」


 「陛下、其れはお止め下さい」


 「何故だ。コーエン、その方が連れて来た者であろう」


 「だからこそ、お止め下さいと申しております。陛下の安全が保証出来ません」


 「それ程危険な男をこの場に連れ込んだのか! 大問題だぞコーエン殿」


 「それは貴方のせいですぞ、バルザク殿。何故あの様な事をしたのですか。彼を怒らせ、恨みを買えば死ぬ事になりますぞ」


 「どういう意味だコーエン、申せ!」


 「我が領地で彼に無体を致した者がいます。その男に彼は別れの挨拶に出向き、衆人環視の中でホールの端と端に居たにもかかわらず相手を死なせています。誰も彼が死んだ男に話しかけた所しか見ていません。彼が何かをした訳でもありません。見ていた者の話では『お前が死ぬ前に別れの挨拶に来たのさ』そう言っただけです。直後言われた相手は、苦悶の声を上げて崩れ落ちたそうです」


 コーエン侯爵の話を聞いたドブルク国王は暫し考え込んでいたが、コーエン侯爵直々に冒険者を呼んで来る様にと命じた。


 「それは宜しいのですが、陛下、彼は冒険者であり臣下でも領民でもありません。陛下の御前で、跪く事を致しませんが宜しいのですか」


 「何故だ? その方が連れて来たのだろう」


 「はい。彼は冒険者ですので、仕事内容と報酬に納得すれば雇えます。ですが主従関係ではありませんので、臣下の礼は取りません。私にも跪いた事はありませんし、強要すれば敵対する事になります。陛下のみならず、周囲の方々も彼に如何なる強要もなさらない様にお約束下さい。然もなくば、命の保証は致しかねます」


 ドブルク国王が何も言わないので一礼し、ハルトを呼びに向かった。


 * * * * * * *


 出場者の控え所で一人寛ぐハルトを迎えに来たコーエン侯爵は、バッファローを大量に解き放った経緯と、国王陛下の御前での出来事を全て伝えた。


 「それでも俺に、国王の前に立てと言われるのですか」


 「私はドブルク王国の貴族だ、国王陛下の命に逆らう訳にはいかない。しかし、君と敵対する事はしないと約束する。陛下に会って貰えないだろうか」


 コーエン侯爵はそう言って、カイトに深々と頭を下げた。

 一介の冒険者相手に、高位貴族が頭を下げているのを見て、護衛の騎士や兵士達が驚愕している。

 出場の順番を入れ替えた挙げ句、大量のバッファローを解き放って俺を殺そうとした貴族を、許す気は無い。

 国王の傍に居るその貴族に会う為に、要求に応じる事にした。

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