第22話 守護精霊

 コーエン侯爵に連れて行かれた先は、国王観覧席裏の貴賓室の様で在った。

 どっしりとした垂れ幕の向こうからは、訓練場の響めきが聞こえて来る。


 「陛下、冒険者のハルトを連れて参りました」


 左右約10メートル正面の国王まで20メートルか、周囲の護衛や貴族を含めても全て20メートル圏内に居るので何時でも殺せるな。

 そう考えながら国王に軽く頭を下げる。


 「小僧、陛下の御前で在る。跪け!」


 怒鳴る男を見ると下位貴族の様で周囲の貴族より身なりが一段落ちるが護衛の服装ではない。


 「小僧、コーエン侯爵殿の言では呪い殺せるそうだな」


 「バルザク侯爵殿、陛下が召し出された者に対し、何を勝手な事を申しておられる」


 此奴がバルザクか・・・なら俺に害の及ばぬ様に、呪いの正体を教えて置く事にするか。


 「貴方は精霊の存在を信じますか」


 (貴方は神の存在を信じますか)って有名な台詞が頭の中をよぎる。

 国王の方をチラリと見ると面白そうな顔で、バルザク侯爵と呼ばれた男を見ている。


 〈精霊だと〉

 〈陛下の御前で舞い上がって何を申すか〉

 〈バルザク侯爵様に直答するとは無礼な〉

 〈身分を弁えろ!〉


 「陛下の御前で中々肝の据わった男だが、精霊などと婦女子の戯言を申す様では、こんな男を連れて来るコーエン侯爵殿も耄碌なされた様だな」


 「精霊をご存じない、見た事が無い様ですね」


 「ふん小僧、我を謀ればその素首を叩き落としてくれるわ」


 ウッワー、時代劇調の尊大な物言い、初めて聞いたよ。

 正面の国王陛下と俺の立つ空間には、左の高窓から明るい日差しが差し込んでいて舞台設定はバッチリ。


 「私の守護精霊様ですが、見えますか」


 そう言いながら俺の頭上空間に直径6メートル高さ4メートル程の空間の水蒸気に魔力を一気に注ぎ凍らせる。


 〈なっなな〉

 〈まさか・・・そんな〉

 〈あれは何だ〉

 〈そんな馬鹿な・・・精霊なんて〉


 国王陛下に向き直りながら、言葉を続けて説明する。


 「私の授かった氷結魔法の守護精霊様です。呪いなどの戯れ言にはお付き合い出来ませんが、私に害なす者が精霊様の怒りを受ける事は希に在ります」


 国王陛下に一礼しながらチラリとバルザク侯爵の位置を確認し胃袋を凍らせる。


 〈エッ、ウッゥゥゥ〉腹を抱え呻き声を発し、バルザク侯爵が崩れ落ちると周囲が騒然となる。


 皆の視線が倒れたバルザク侯爵に向いた隙に、俺に跪けと怒鳴った腰巾着と取り巻き三人の頭の中や肺をピンポン球程度の大きさでゆっくり凍らせる。

 頭を抱えたり胸を押さえ、次々と倒れる人を見て室内が静かになる。

 その間も俺の頭上から冷やされた水分が凍り、ダイヤモンドダストとなって降り注ぎ俺の動きに合わせて舞う。


 真夏の暑さに耐えかねて氷で冷やしていたが、クーラーの様に空気を冷やしたくて開発した秘技空間冷却魔法。

 最初は霧吹きを作り水蒸気を凍らせていたが、空気中の水分を凍らせれば良いと気づいてやってみた余技だ。

 コーエン侯爵の話を聞き、ダイヤモンドダストを氷結魔法の守護精霊に仕立てたのが成功した様だ。


 五人の男達が次々と苦しみ死んで行ったので、国王は側近に促され直ぐに退出した。

 同席していた貴族達も俺から目を逸らしそそくさと下がっていき、残されたのは俺とコーエン侯爵様に、横たわる五つの貴族の遺体だけ。


 「侯爵様、私の用は済んだ様なので下がらせて貰っても宜しいでしょうか」


 「ハルト殿、済まぬ事をした。お許しあれ」


 「侯爵様、私は冒険者です殿は不要です」


 「いやいや、精霊様の守護を受けている方を呼び捨てには出来ない」


 いかん、ちょっと遣り過ぎたかも、当分空間冷却魔法はお蔵入りにしよう。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ヘイエルの街に戻ったのは一月の終わり、ほぼ三月の行程となり金貨18枚に、魔法の腕比べは優勝と看做され金貨100枚を貰い、其れとは別に王家より金貨100枚の報償を貰った。

 侯爵様の言葉の端々から、氷結魔法の守護精霊から祝福を受けている俺に対する配慮らしい。

 早い話が恨みを買って死にたくないって事だろう。

 王家や多くの貴族が見ている前での出来事だったので、これから先守護精霊は貴族のごり押しを防いでくれるだろう。

 結果オーライって事で以後は惚けておくことにした。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ヘイエルに帰って来たのは良いが、ゴブリンの心臓もハイゴブリンの心臓も枯渇している。

 早急に補給する必要があり、先ずはゴブリンの心臓の確保の為にベースキャンプの場所に向かう。

 荒れたベースキャンプを見て日帰りに変更、周辺でゴブリン狩りをして五頭のゴブリンの心臓と魔石を手に入れその日は月夜の亭に帰る。


 考えていた持ち歩くベースキャンプを作る事にし、商業ギルドに行き木工所と腕の良い鍛冶師を紹介して貰う事にした。

 先ず鍛冶師は武器屋でなく、ウドラ親方一人の鍛冶屋〔ウドラの店〕全て注文生産の店だった。

 槍先50センチ、ショートソードと同じ片刃で柄を含めて190センチの物を注文する。

 序でにベースキャンプの防衛用の棘を相談してみる。


 大きさは当初の予定より小さくし、内径で縦横130センチ長さ230センチ程度の箱でハリネズミの様に鋼鉄の棘を生やすつもり。

 その代わり木組みの壁や天井は、厚さ10センチ程度の堅い木を使用するので、少々の野獣や魔物の攻撃には耐えられるはず。

 棘の長さは15~20センチ程度で、木箱に打ち込んで固定する方法を考えている。

 ランダムにとはいえ約15センチ間隔で棘を打ち込めば、ざっと500本以上の棘が必要になる計算だ。


 完成予想の概略図を見せると、まるで大きなヘッジホッグだと言われたのでその名を頂戴する。。

 ヘッジホッグハウス・・・ハウスってより気分的には頑丈なテントってところかな。

 次ぎに〔ヨズラン木工所〕に寄り、商業ギルドからの紹介だと告げてヘッジホッグハウスの概略図を見せて制作を依頼する。

 足下側の通常の出入り口以外に、左右と頭側と上部に非常用出入り口も付ける面倒な物だから、金貨15枚を要求された。


 注文の品が出来上がるまで、ヘイエル周辺でゴブリン狩りをして過ごす。

 ゴブリン討伐も太股や脹ら脛を軽く冷やし、動きを鈍らせて首を切り裂いたりアイスランスを射ち込んで倒す練習をする。

 お陰で足や腕の思った所を冷やして動きを鈍らせて倒す事に自信がついた。

 此れで衆人環視の中での闘いや模擬戦の時に、強敵相手でも恐れる必要が無くなる。

 模擬戦では魔法は禁止だが、誰も気づかなければ無問題。


 ヘッジホッグハウスが組み上がったと連絡を受け確認に行って大失敗・・・換気用空気穴と周辺確認用の覗き穴が無かった。

 手直しと棘を射ち込む位置を決め、ウドラ親方の所に短槍と棘を受け取りに行くと、棘の数が多すぎて半数も出来ていなかった。

 見れば一つ一つ手打ちで形を整えているので、粘土型を作って溶かした鉄を流し込んで作る方法を提案する。

 冷えたら先端のみ尖らせれば事足りるのでその方が早い筈だ。


 完成まで二週間掛かった、ウドラ親方には金貨25枚ヨズラン木工所のヨズラン親方に金貨22枚を支払ったが、その価値はある。

 マジックポーチに二度三度出し入れして感触を確かめてから街を出た。

 今日から人目につかない場所なら、何処でも野営が可能なので気楽に草原や森を彷徨える。


 ヘッジホッグハウス超快適、風雨は勿論扉を開けたら万年床の即ベッドで足下の床を上げたら非常用トイレ。

 ちょっと匂いが気になるが、換気はバッチリなので直ぐに匂いも消える、この時ほどクリーンの魔法が有り難いと思った事は無い。

 壁には折りたたみの机も付いていて食事やお茶も楽しめるので、引きこもりになりそう。


 ヘッジホッグハウスに籠もって居るとき、時々野獣や魔物が近づいて来るが簡単に脳をフリーズさせてお気楽討伐。

 この時ほどマジックポーチを買っておいて良かったと思った事はない。

 お陰で討伐の為に危険を冒さなくても、獲物が勝手にやって来るので稼ぎの心配が無くなった。


 ゴブリンの心臓は30以上集まったのでハイゴブリンの心臓を求めて遠出する事にした。

 先ずはマジックポーチ内の獲物の処分と、備蓄食料の買い出しだ。


 久々の冒険者ギルドに行くと、買い取りのおっちゃんの頬がヒクついている。

 獲物が多数有るというと今回は素直に解体場に案内してくれた。

プレイリーウルフ、ホーンドッグ、ホーンボア、グレイウルフ、バッファローと並べて行くと、腰に手をあて首を振っている。

 おまけでホーンラビット13羽にヘッジホッグ8羽も置いておく。


 査定待ちのためエールを飲みに食堂に行くと、ホランさん達金色の牙の面々が飲んでいた。


 「おう、最近姿が見えなかったがどうした」


 「侯爵様のお供で王都に行ってましたよ。荷物が無いところを見るとお財布ポーチ買ったんですか」


 「お前が身軽になっているのを見たら羨ましくてな、もう手放せないわ」


 〈そそ、暖かい飯は食えるし荷物を持たなくて良いし、楽だわー〉

 〈ハルトのお陰で稼げたから思い切ってパーティー用に皆で出し合って二つ買ったよ〉


 「所でハルトはマジックポーチを手に入れたのか?」


 「どうして」


 「去年の10月に大量に獲物を持ち込んだだろう。お前がマジックポーチ持ちだと噂になっている、気を付けろよ。あの後お前の姿が見えなくなって静かになったが、お前が帰ってきたと知れ渡ったら」


 そう言ってホランが肩を竦めた。

 まぁそうだろうな、一財産を持ち歩いているんだから狙われるよな。

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