第9話 父の怪我

 街を出て二つ目のベースキャンプ地に向かうが、少し離れてついて来る奴がいる。

 ギルマスが俺の稼ぎをバラしたせいで、昨日は市場にいても俺の様子を窺っている奴がいたので、食糧の買い出しを一回で止める事になった。

 お財布ポーチを手に入れる迄は、食糧の買い出しにも気を使って面倒だ。


 ベースキャンプに向かいながら、収納からゴブリンの心臓を取り出し一切れ口に放り込む。

 水を飲み込むも歩きながらの為に何時もと手順が違い、慌てて後から水を用意したせいで臭い!

 一切れでこの臭さ、久々に剣風の舞の糞野郎共を思い出した。


 ベースキャンプの場所まで連れて行く気は無いので、途中で道を逸れ藪の多い方向に向かい茂みに姿を隠す。

 まーガサゴソと冒険者にあるまじき音を立てて、俺の姿が消えた方向に向かっている。

 ベースキャンプの周辺の地理は熟知しているので、糞野郎共を撒くのは簡単だが見逃す気は無い。

 後ろからアイスアローを足に撃ち込み行動の自由を奪うと、仲間と思われる男達が足音荒くやってくる。


 〈逃がすなよ、たっぷり稼いだ様だからな〉

 〈楽しみだぜ〉

 〈豪遊できるぜ〉

 〈セドの奴、追いついているのか〉

 〈まさか逃がした訳じゃないよな〉


 好き勝手言いながら藪に潜む俺の前を通り過ぎて行くが、一人の男が俺に気づいて立ち止まった。


 〈兄貴! 此処に居やがるぜ。馬鹿が其れで隠れたつもりか〉

 〈なにー本当か?〉

 〈おい、なんでこんな所に居るんだ〉


 あー煩い奴等だ、次々と膝から下を凍らせる。


 〈エッ〉

 〈何ッ〉

 〈どうして?〉


 一人の男が腰の剣を抜いたので即座に両腕を凍らせ、残りの男達の腕も凍らせる。


 「暫く待ってろ、セドって奴が生きて居るか確認してくるから」


 自分の腕や足を見て呆然としている奴等を放置し、アイスアローを撃ち込んだ男の所に行く。

 なかなか根性の有る男の様で、足にアイスアローを突き立てたまま必死に逃げていたが残った足を凍らせて捕まえる。


 「よう、セドご苦労だったな。用件を聞こうか」


 「なっななな、何の事だ・・・此れはお前がやったのか、何故だ」


 「大体の事は後ろから来た奴等の話から判っているが詳しく聞きたいのさ」


 「知らない、俺は何も知らないんだ。たっ助けて」


 そういうセドの片手を凍らせ、ショートソードの峰で叩き折り本人に見せてやった。


 〈ヒッ〉と言ったきり白目を剥いて気絶したので全身を凍らせて放置する。


 セドの仲間達の所に行くと両手両足が凍り血流が滞った為に、全員瀕死の状態か既に死んでいた。

 まっ死んでしまったのなら仕方がないが、試したい事が在ったので実験する事にした。


 凍っている部分の氷を溶かせる・・・違う氷結している状態を解除出来るか試した。

 凍れと願えば凍るなら、凍った物をと思っていたが無理だった。

 やり方が悪いのか別の方法が有るのか知らないが出来なかった、後片付けが面倒なのでこのまま放置する事にした。

 見つけた奴がお宝も剣やナイフ等も持って行ってくれるだろう。


 手間取ったので急いでベースキャンプに戻ると、収納からハイゴブリンの心臓を取り出し、イカ刺しならぬハイゴブリンの心臓の刺身作りに励む。

 ゴブリンの心臓はイカ刺しの様に短冊に切っていたが、ハイゴブリンは初めてで恐いから、短冊の半分の大きさに切り分ける。

 さっき食べたゴブリンの魔力を抜く為に、バレーボール大の氷塊をどんどん撃ち出して魔力を下げる。


 ハイゴブリンの心臓の刺身を手に躊躇する、初めてゴブリンの心臓を口に放り込まれた時は無理矢理だったので飲み込んだ。

 然し自分の意志で飲み込むとなると・・・熱暴走が始まれば魔法を使って魔力を下げればいいと判っているが恐い。

 目をつむって喉の奥に落として水を飲む。


 来たーーー!!!

 ゴブリンの時よりきつい衝撃が胃を引き裂き全身が硬直する、同時に腸が煮えくり返るって言葉の様に、溶岩を飲み込んだかと錯覚するほど全身に熱が回る。


 魔法・・・氷結魔法で最大の氷を作り落とす。

 ビーチボール程の氷を連続して作りベースの下に落とす。

 落とすだけじゃ駄目だ! 氷を作ったら飛ばして、魔力を下げるスピードを上げないと焼け死ぬ!

 硬直した身体を無理矢理起こし、炎に包まれた様な灼熱の中でひたすらアイスバレットを撃ち続けた。


 硬直と痙攣に何とか耐えられる様になり、皮膚の表面がチリチリするが魔法を撃たなくても耐えられる様になると、始めに空間収納の容量アップを試した。 直径1.3メートルの氷の風船を作り入れて見ると、あっさり入った。

 直ぐに取り出し捨てると、続いて1.4メートル程度の氷の風船を入れると窮屈な感じがする。

 限界かなっと思うけど、1.4メートルを取り出し1.5メートル程の氷の風船をと思ったが入らなかった。

 然し空間収納に入れるのに、手を添えた物を収納に入れるイメージで消えてなくなるって、何て魔法だよ。


 エミナ村に行く前は1.2メートルだったので少し大きくなったが、劇的に広がった訳ではないので日々の魔力切れと練習が必要な様だ。

 次ぎに試すときは、熱暴走に耐えられるギリギリの状態で試してみる事にする。


 10日程ハイゴブリンの心臓を食っては魔力放出を繰り返し、安定すると魔力操作とアイスアローとアイスランスを撃つ、攻撃訓練を続けた。

 魔力が少なくなると故意に魔力切れを起こし、一眠りするのが日課で薬草採取やゴブリン討伐はしていない。

 何せ馬鹿連中に目を付けられていたから、空間収納を知られない為に食料の備蓄が少ししか出来なかった。

 その為今回は食糧が尽きるまで訓練に充てた。


 ハイゴブリンの心臓を食べ始めてから、また魔力も上がり始めた様でアイスアローで140本アイスランスで70本程度は撃てる様になった。

 然しそれはハイゴブリンの心臓を食べて魔力が上がっている時だけの事で、自力の魔力ではアイスアローが22本~26本と少なかった。

 アイスランスはアイスアローの半分程度だから心許ないが、遠隔魔法と名付けた心臓や脳を凍らせる方法は、大した魔力を必要としないので其処は助かっている。


 備蓄の食糧が乏しくなってきたので街に帰り、清風亭に部屋を借りると市場に行き食糧の買い出しを始めた。

 二日目に買い物をしていると名を呼ばれ、振り向くと姉のヘレナが立っていた。


 「良かった、生きていたのね」


 「何とかね、冒険者として生きて行く目処もついたし」


 そう言いながら姉を見ると少し窶れている。

 話があると言われ清風亭でお茶を飲みながらヘレナの話を聞くと、親爺が大怪我をして何時死ぬか判らない状態だと言った。

 言い淀む姉に原因を問うと、積み上げた古着の梱包が落ちてきて下敷きになったと話す。

 そういうヘレナの瞳に怯えが見える。


 「彼奴も進歩しないな。同じ手口が何度も通用すると思っているのかな」


 「あんたが大怪我をした時と、そっくりな怪我のしかたなの」


 「姉さんは何か知ってるのか」


 「何故そんな事を言うの」


 「冒険者になって一年と少々、人の生死を何度も見てきた。死に怯える奴の目と、そっくりな目をしているよ」


 暫しテーブルのお茶を見つめていたが、意を決した様に話し出した。

 親爺が怪我をした日、キリトが古着の梱包を片付けていた、姉は母と台所に居たが店の奥に用事があって少し離れた。

 その時キリトが父に、梱包の中に不備があるから来てくれと話しかけているのが聞こえた。

 自分が台所に戻り暫くすると、キリトが私達の所にきて父が荷物の下敷きになっていると知らせてきたと。


 母と二人倉庫に行くと、父が倒れていて周囲に古着の梱包が多数転がっていたそうだ。

 急いで治癒魔法師を呼んだが、多数の骨が折れ打撲の為自分の能力では回復させられないと言われたと。

 ポーションを飲ませて何とか生きているが日々衰えていく、優秀な治癒魔法師を呼ぶお金は無い。


 用事から帰って来た兄が、どうしてこんな事になったのかとキリトに聞いたら、自分は店に居たのだが用事があって親爺をさがしいてた。

 そしたら倉庫で倒れていたと兄に話したそうだ。


 「兄貴より親爺を先にしたのか」


 「どういう意味なの」


 「姉さんも薄々気がついているんだろう。さっき俺の時とそっくりな怪我と言ったぜ。奴は人を甚振るのが趣味なのさ・・・死ぬまでな」


 「そんな・・・」


 「俺が何度も死にかけた事を覚えているだろう。最初は怪我だったけど、何度もキリトに遣られたと言ったが誰も信用しなかった。彼奴の口の上手さと人当たりの良さで、誰も疑わなかった。姉さんは俺を心配してくれたが、信じてはいなかったよな」


 気まずそうな姉だが無理も無い。


 「別に姉さんを責めている訳じゃ無い、彼奴は人を信用させるのは上手いからな。だが今回は姉さんも、キリトが遣ったと思っているんだろう」


 「どうしてそんな事を」


 「さっき話したじゃないかキリトが親爺に『梱包の中に不備があるから来てくれと話しかけている』と、そしてキリトは兄のアルトに問われて『自分は店に居たのだが用事があって親爺をさがしいてた』と、話が矛盾するよな。だから姉さんは俺が死にかけた時の怪我を思い出した」


 「私恐いのよ、どうしていいか判らない」


 そう言って姉は泣き出した。

 姉が泣き止むのを待ち、理由を言わずキリトに知られる事無く兄のアルトを、この宿に連れて来る様に頼む。

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