第8話 ゴブリンキラー
ショートソードで頸動脈を斬ると、首からの血飛沫で俺まで血塗れになって気持ち悪い。
「よう、手子摺っている様だから手伝ってやるよ」
「ハルトさん! すいません、助かります」
結局俺が7頭倒し、ゲルト達ウルフの群れが4頭倒したところで、残りが逃げて行った。
二人程怪我をしている様だが、命に別状なさそうなので良かった。
「有り難う御座います。もう駄目かと思いました」
「礼はいいから早く魔石を取り出しな。俺が倒したのは貰って良いかな」
「当然です。それはハルトさんの物ですから」
魔石を取り出してゲルト達の方を見ると、怪我をしているのは何かとマウントを取りたがるマウンテンゴリラと、もう一人だった。
青い顔をしたマウンテンゴリラが、俺の倒したハイゴブリンを見ている。
このハイゴブリンの心臓も欲しいが、俺の秘密を知られたくないので諦める。
血飛沫を浴びて気持ちが悪いので、クリーンを使い綺麗にしてからゲルトと情報交換だ。
予定の二週間には少し早いが、怪我人が出た事で引き上げたいとゲルトが言うので俺も引き上げる事にする。
翌朝村で待ち合わせる事を約束してベースキャンプに戻ったが、ハイオークとの近接戦闘も考えていたとおりの戦術が使えたので良かった。
此れで対人戦でも内緒で魔法を使って相手より優位にたてるし、複数人での野獣や魔物討伐でも俺の魔法が知られる事なく闘える。
他人に知られても良いのはアイスアローやアイスランスだけで、体内の一部だけを凍らせたり冷やしたり出来る事は隠しておくに限る。
翌日エミナ村でゲルト達が塒にしている厩で落ち合い、村長の家に報告に出向く。
怪我をしていた二人はポーションを飲んだのか、軽傷といった感じで動きに支障は無い様だった。
村長への報告はゲルトが行ったが、数の報告でちょっとした問題が起きた。
〔ウルフの群れ〕は、ゴブリンを183頭にハイゴブリンを6頭の189頭を倒したと報告し、魔石を取り出して見せる。
ゴブリン189頭×2,000ダーラで378,000ダーラ
ハイゴブリン6頭×12,000ダーラで72,000ダーラ
合計450,000だとすると一人頭75,000ダーラに+依頼料か、やっぱり冒険者って稼ぎ悪いよな。
出されたゴブリンの魔石を見ながらぼんやり考えていると、ゲルトから声が掛かった。
「ハルトさん、すいませんが討伐証明になるので魔石を見せて貰えませんか」
「えっ、俺は依頼で無く勝手に来たのに出すの?」
どの程度ゴブリンの数が減ったのか知りたいので、見せて貰えないかと村長に頼まれて渋々出す。
皆に背を向け、背負子の中から取り出した様に見せかけて収納から取り出す。
ゴブリンの魔石は1cm程の玉なのだが、300近い数なのでちょっとした量になる。
一包みの魔石とハイゴブリンの魔石15個を見せると全員から声が漏れる。
〈嘘だろう〉
〈えっ、一人でだよな〉
〈まさか・・・〉
〈ゴブリン殺しの達人かよ〉
「こんなに沢山のゴブリンを何処で」
「村の東側だな」
慌てた村長が、もう少し村に居てゴブリン討伐を続けてくれと言い出した。
ゲルトが怪我人が二人出たので、これ以上やると怪我人が増えるか死人が出かねないので、一度ヨールの街に戻ると言って揉めている。
「村長さん心配ないですよ。直ぐに次の冒険者達が押し寄せて来ますよ」
「どうしてだね、冒険者ギルドに依頼してもなかなか来てくれないのに」
「俺達合わせて500近いゴブリンを討伐しています。村の周辺から1~2時間離れた周辺で狩っているんですよ。村の近くには余り居なかったが、獲物が沢山いて稼げるのが知られたらどうなると思います。冒険者を受け入れる準備をしていた方が良いですよ」
「あんたは、こんなに稼げるのにヨールに帰るのかね」
「俺は元々来るつもりは無かったんだが、少し興味が湧いたから来ただけだよ。見てのとおり冒険者になってやっと一年、今も訓練中なんだ」
〈呆れた、あの腕で訓練中って〉
〈俺達とは、何かが根本的に違うな〉
〈俺ももう少し修行しようかなー〉
* * * * * * *
帰りの道中はマウンテンゴリラも静かになり、気分良くゲルト達と話しながら街に戻り冒険者ギルドに直行する。
夕方で買い取りカウンターは混み合っていたが、ゲルト達が依頼完了報告をしている。
村長から貰ったサイン入りの依頼書と、ゴブリンの魔石の包みを差し出し査定待ちの為に後ろに回る。
続いて俺も、ゴブリンの魔石だと言って包みを差し出すと怪訝な顔をされた。
ゲルトが彼はギルマスに頼まれて俺達と同行したが、依頼では無いのだと説明している。
「では此れは同じ村で討伐したゴブリンの魔石ですか」
「そうだが、俺と彼等は村の東西に分かれて討伐していたからな」
ちょっと待ってて下さいと言って、買い取りの職員が奥に下がる。
暫くするとギルマスがやって来た。
「お前達ご苦労だった。魔石の数が多すぎるだろう、こんなに居たのか」
「俺は村の東側を担当したんだ。村の周辺では余り見掛けなかったが、1、2時間離れた場所には結構いたな」
「俺達はハルトの反対側、村の西側を回ったのですが、同じ様に1、2時間離れるとゴブリンが多くいました」
俺達の話を、買い取りに並ぶ冒険者達が興味津々で聞いている。
ギルマスが買い取りの職員に数はどれ位だと尋ね、ウルフの群れがゴブリン183頭とハイゴブリン6頭ですと答える。
此れがハルトさんの査定ですと、差し出された用紙を受け取り唸っている。
「お前ってゴブリンに滅法強い、ゴブリンキラーって感じだな。薬草採取とゴブリン討伐だけで、こんなに稼ぐ奴は初めてだな。お前は依頼を受けなかったから依頼料を受け取れないが、これじゃ必要無いな」
「ようギルマス、其奴はそんなに稼いだのか?」
「そうだな、実質9日の間に200頭以上のゴブリンを討伐して400,000ダーラ以上稼いだな」
俺の顔を見ながらニヤリと笑って、尋ねた冒険者に教えている。
其れを聞いていた周囲の者達から響めきが起きる。
断りもなく俺を利用して、冒険者達をエミナ村に送り込むつもりの様だ。
〈おい聞いたか、エミナ村で稼げそうだぞ〉
〈俺達も行ってみるか〉
〈でも彼奴は、血風の二人を手玉に取った奴だぞ〉
〈それでも所詮はアイアンだろう。アイアンの奴があんなに稼げるんだぜ〉
〈おい、俺達も行くか〉
周囲で勝手に騒ぎ出したのを見て、ギルマスが笑っている。
「ギルマス、勝手に人を利用しないでくれよ」
「悪かったな。依頼を掲示板に貼りだしても誰も行かないので、利用させて貰ったよ」
「では利用料を払って貰おうかな。お財布ポーチって何処で売っていて、幾らくらいするのか教えてくれよ」
「ほう、お財布ポーチが欲しいのか。まあお前の稼ぎなら一年もせずに買えるだろうな。お財布ポーチは魔道具店で買えるぞ、金貨30枚3,000,000ダーラだな」
そう言って腰をポンポンと叩く。
ギルマスの腰に、横長のウエストポーチがベルトから下がっている。
見たところ横が20cm位で縦10cm程度かな、綺麗な刺繍が施されている。
「容量はどれ位なんだ」
「縦横高さ2mと言われているな、俺はそれ程入れた事はないので正確かどうかは知らないがな」
礼を言って精算カウンターに行き用紙を差し出す。
ゴブリンの魔石、267×2,000ダーラ=564,000ダーラ
ハイゴブリンの魔石、15×12,000ダーラ=180,000ダーラ
合計744,000ダーラなので700,000ダーラをギルドに預けて、44,000ダーラだけを受け取って食堂に向かう。
エールと焼き肉を挟んだパンをトレーに乗せてゲルト達のテーブルに行くと、周囲を冒険者達が取り囲みエミナ村の情報を聞き出している。
「俺達は村の西側で、村から一時間少々離れた所で討伐していたが、結構な数がいたな」
「で、どれ位狩ったんだ。まだ居そうだったか」
「あー範囲を広げれば未だ未だ居るだろうな、さして探さずに見つけられたからな」
ゲルト達の会話を聞きながらエールを飲み、肉を挟んだパンに齧りつく。
「よう、兄さんはウルフの群れとは別に狩っていて、9日間で200頭以上狩ったんだよな」
「んー未だ未だ居るな。それと、倒したゴブリンの死骸を食らいに獣が相当集まって来てたから、腕さえ良ければゴブリン以外でも稼げると思うな」
「兄さんは野獣や魔物は狩らないのか」
「無茶を言うなよ、俺は一人だぞ。群れで来る奴を相手に出来ないさ。それに、倒したところで運搬手段が無いからな。ゴブリンで満足しているよ」
〈野獣相手ならそれなりの装備がいるな〉
〈ゴブリンとハイゴブリンかー〉
「兄さんはエミナ村の東側で狩ってたんだろう。あそこは森になっているし、奥に行けば結構深い森になるけどどうだった」
「俺は村の出入り口から東に行ったが、精々一時間から二時間くらいの所までしか行かなかったよ」
〈なら、森の奥にもっと獲物が居そうだな〉
〈森の奥に行くなら装備がなぁ〉
〈でも村を拠点にしても、あれだけ稼げるんだぞ〉
皆夫々取らぬゴブリンの魔石勘定に忙しそうなので、食事を済ませるとゲルト達と別れて清風亭に向かう。
明日は一日使って食料の買い出しを済ませたら、二つ目のベースキャンプに行ってハイゴブリンの心臓を試す事にする。
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