第4話 模擬戦

 然し相変わらず面倒な貨幣単位だ、十進法だからまだ何とかなる。

 此の世界は日本人からすれば、似て異なるから面倒だ。

 鉄貨一枚100ダーラで、あんパン並みの大きさの固いパンが一つ買えるが、100ダーラ以下の通貨が無いちょっと不便な貨幣体系。


 鉄貨一枚 100ダーラ

 銅貨一枚 1,000ダーラ

 銀貨一枚 10,000ダーラ

 金貨一枚 100,000ダーラ


 一週間は6日で、一月は30日

 一年12ヶ月の360日で少し大きな赤い月、魔法使いがいて魔物が住む世界。

 姉さんは真紅の瞳に濃い緑の髪、まんまラノベの世界だよ。

 両親と他の兄弟も濃淡はあれど似た様な瞳と髪の色、俺だけ黒い瞳に黒い髪ときた。

 竜人族の先祖返りだと言われてもなぁ。


 そんな事を考えながら精算カウンターで200,000ダーラをギルドに預け、136,600ダーラを銀貨13枚と銅貨鉄貨で受け取る。


 貰う物さえ貰ったらこんな所に用は無い、と思っていたら精算カウンターの奥から声が掛かる。


 「坊主、パーティーに入ってなければ不便だろう。新しいパーティーを紹介するぞ」


 〔剣風の舞〕を俺に紹介した屑が、笑顔で言ってくる。


 「糞野郎が! 己の紹介した〔剣風の舞〕で、奴隷同然の扱いを受けていたのにへらへら笑って見ていた屑が! 己の紹介など受けねえよ。奴等が言ってたぞ、一杯飲ませて握らせれば、お前の様な奴隷なんぞ幾らでも紹介してくれるってな。二度と俺に声を掛けるな!」


 カウンター周辺が静かになり、糞野郎が真っ赤な顔で俺を睨んでいる。

 俺の声が聞こえたのか、奥の食堂からどっと笑い声が上がった。


 「坊主、お前のパーティー仲間達はどうした」


 振り返ると筋骨隆々の髭もじゃが立っていた。


 「知らねえよ。俺を奴隷扱いして散々威張り散らしていたが、夜営中オークに襲われたら即行で逃げたね。剣も荷物も持たず、我先に逃げ出してそれっきりさ。どっかでくたばってんじゃないのかな」


 うっすらと笑って頷くと、チラリと真っ赤な顔の男を見て食堂の方に歩いて行く。

 あの巨体で殆ど足音も立てず気配も感じられ無かった。

 半年少々草原で暮らし、気配には敏感になったと思っていたが、声を掛けられるまで気づかなかった。


 冒険者ギルドを出て市場に向かう。

 良い匂いの串焼き屋で焼き肉の串を買い、隣の屋台でスープを買って腹拵えだ。

 美味い! 久し振りにまともな食事だ。


 腹拵えを済ませてから冒険者御用達の店に行き、ショートソードを物色するが気に入らない。

 両刃で持ち手が握りこぶし二つも無い。

 日本刀が欲しいのだが無いのは判っている、どうも両刃のショートソードはしっくりこない。

 欲しい剣を作ろうとすれば、最低でも金貨2枚は必要と聞き諦め、フード付きのマントを買う。。

 市場に戻り塩や香辛料に固形スープの素、バゲットに似たパン等食糧を買い込み街を出る事にした。


 キャンプ地に戻る途中で考え、仕事のメインを薬草採取からゴブリン討伐にする事にした。

 約三月でゴブリンの魔石が約150以上、半数を売って162,000ダーラ。

 薬草は三月で174,600ダーラ、魔石はもう半分残っているので倍近い差がある。

 ゴブリン狩りの合間に、薬草採取した方が実入りが良くなるだろう。


 ゴブリン討伐をメインに遣ろうと思ったが、ゴブリンが湯水の如く湧いて出る訳でも無い。

 今までどおり薬草採取をしながら、出くわすゴブリンを倒す事になった。

 夏が近づいた頃には、殆どキャンプ地周辺にゴブリンの姿を見掛けなくなった。


 生活魔法のウォーターがカップ四杯分は出せる様になった、フレイムもテニスボール程度なら出来る。

 明らかに魔力が増えているのが判るし、試しにカップの水を凍れと念じると凍らせる事も出来た。

 ただ、二杯も凍らせると魔力切れなのか疲れてしまった。


 通常の状態で魔力が増えているなら、計画を実行に移す事にした。

 ゴブリンの心臓を食べ、痛みが耐えられる様になったところで氷の玉を造り、空間収納に収める事が出来るかの試しだ。

 アニメやラノベでは其処に袋が有るとイメージし、袋の口に放り込むとあったな。


 体内で食った心臓の魔力が渦巻き腹から痛みが全身に走るが、耐えて氷の玉をイメージした袋に放り込む。

 三度も試したところで痛みに耐えかね、魔力放出の為に魔法を使い体内の魔力量を減らし、再び挑戦する。

 氷結魔法が使えるのに、同じ魔力量で空間収納が使えない訳がない。

 そう信じ毎日ゴブリンの心臓を食っては練習したが出来ない。


 十日を過ぎても出来る見込みが無い、俺は何か見落としているのでは無いかと考える。

 氷結魔法が使える様になったのは、ゴブリンの心臓を食わされ耐えがたい苦痛と焼ける様な身体の火照りの最中だ。

 死なない為に凍れと必死に念じた結果出来た。

 ならゴブリンの心臓を食って、最大の苦痛と焼け付く様な火照りの中で空間収納を試すべきだろう。


 全身を貫く痛みと燃え上がる様な臭い吐息の中で、氷塊をイメージした袋に投げ込む。

 入れ! 入れ!! 三度目に氷の玉が消えた!

 然し嬉しさよりも苦痛に耐えかね、魔力を抜く為にバレーボール大の氷を連続して作り体内の魔力を抜く事に必死だ。

 少し落ち着いた所で氷の玉を造り、再び入れ! と念じながらイメージの袋に入れる。

 何度やっても氷の玉は消えない、だが一つは空間収納に収まった筈だ。


 翌日も同じ条件で氷の玉を入れて見ると、するりと消えた。

 直ぐに氷の玉を造り、空間収納に入れる事五回まで出来たがそれで終わった。

 昨日と今日二日で、氷の玉が六個空間収納に収まったが、どうなっているのか確かめる必要が在る。

 翌日は苦痛の中、氷の玉を取り出す事をイメージし取り出す事に成功。

 全ての玉は溶けた様子もなく、目の前の地面に頃がっている。

 直ぐ取り出した玉を収納に入れ、又取り出す。

 一週間も続けると、ゴブリンの魔力が切れても収納を使える様になった。

 容量はバレーボール大程度の氷の玉五個とバッグに背負子だから、そこそこ使えるだろう。

 埋めていた銀貨20枚,銅貨30枚,鉄貨20枚、232,000ダーラを掘り出し革袋に入れる。

 以前革袋に入れていた38,900ダーラと、買い物した残りが10万ダーラほど残っている。

 ざっと37万ダーラ有るが、銅貨38枚鉄貨29枚を別の革袋に入れ銀貨は全て収納に仕舞う。


 然し自力の魔力で空間収納は使える様になったが、氷結魔法が使えないのはどうしてだと考えた良く判らない。

 考えられる事は、空間収納は収納空間自体が使える様になった時点で、完成しているからだろうと思われる。

 出し入れには殆ど魔力を消費していないのだろう。


 それに引き換え氷結魔法・・・氷魔法は使う度に魔力を必要とする為、ゴブリンの魔力が切れた状態では使えないって事だと思う。

 カップ二杯の水を凍らせる魔力じゃ、アイスアロー一つ作れないのがその証明だ。

 これも魔力量が増えれば解決すると思われるので、今後もゴブリンの心臓を食い続ける事になる。


 街へ戻るのに、背負子に薬草とゴブリンの魔石やキャンプ用品を括り付けて行く。

 少しだが俺が空間収納が使えると判れば、又俺を利用しようとする奴を呼び寄せてしまう。

 細心の注意を払って行動しなければ命取りだ。

 こうなるとダミーとして、お財布ポーチと呼ばれるマジックポーチを手に入れる事を考えねばならない。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 久々の冒険者ギルドだ、買い取り依頼をしているとあの男が睨んできたが無視する。

 今回は薬草代金が138,300ダーラ、ゴブリンの魔石が105個で210,000ダーラになった。

 ゴブリンの代金は全て預け、薬草の代金だけを受け取りギルドから出ようとした時、食堂の方で騒動が持ち上がった。


 口論からどちらも引けなくなり、一触即発の状態になっている。

 冒険者登録した時に聞いた、冒険者同士の争いは双方同意の上なら訓練場で方を付けると聞いている。

 周囲の冒険者達が囃し立て、引くに引けない双方が同意して模擬戦が行われる様だ。


 〈おい、模擬戦だぞ〉

 〈おー誰と誰だ〉

 〈グリドとエラントだ、どちらもブロンズだから面白い勝負になるな〉

 〈万年ブロンズ同士の勝負か〉

 〈掛け率は?〉


 これは後学の為にも見学しておく必要がある。

 ブロンズ同士の争いでも、力量を知る為に見逃す訳にはいかない。

 自己流の鍛錬が、対人戦でどの程度通用するのか有る程度の目安がつくはずだ。

 お祭り騒ぎの冒険者達の後ろから訓練場に行くと、テニスコート程の広場があり周囲を板塀で囲っている。

 一部塀が高い場所に的が有るので弓の練習も出来る様だ。

 見物の冒険者達は、板塀の後ろの通路から塀に凭れて勝敗の予想に忙しい。 揉め事の当事者とギルドの職員が訓練場に入り、二人が訓練用の木剣を選んでいる。

 夫々の得物を手に職員の前に立つと、何事か注意を受けた後10メートル程離れる。

 丸っきりボクシングの試合前の様だが、違うのはレフリーのギルド職員が腰に剣を吊っている事だ。


 始めの合図と共に双方が近づき、お互いの隙を狙って打ち込むが腰が引けている。

 外野席からみる模擬戦は、へっぴり腰の叩き合いって感じで余り参考に為らない。

 万年ブロンズでこの程度なら、街の警備兵の方が訓練している分だけ対人戦では強いと思われる。


 この程度の実力同士の戦いを見る必要はないと判断し、訓練場から戻ると買い取りカウンターで薬草の買い取りを依頼している者がいた。

 相変わらず糞野郎が睨んでいる、丁度良いので〔剣風の舞〕に放り込んでくれた礼をしていこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る