第14話 夏休み、水着を求めて

 七月二十八日。

 セミが元気のいい合唱を奏でている。セミは一週間しか生きないという話を聞いたことがあると思うが、実は一か月以上生きるらしい。と、こんな話は置いて。

夏の雲一つない青空は人の心を自然と晴れやかにしてくれる。

 なんて都合のいい解釈はない。

 夏休みに入ったサエナイの家は今。

「酒は上手いな!」

「こんな昼間からお酒が飲めるなんて最高ね!」

「ちょっと師匠~まだ私との対戦は終わってませんよ~」

 クーラーの聞いたリビングで午前中からお酒を飲んでテンションが高いアミラとヨウコ。

 そしてヨウコにゲームを挑みに来た優奈たち三人で騒がしくなっていた。

 ゲンがここにいないのは、夏休みには必ず両親の実家に帰るという恒例行事のようなものがあるらしく、彼は家族と北海道へ行っているのだ。

 一見晴れやかだろと思うだろうが、それはクーラーが効いているからで。

 ヨウコは朝の蒸し暑さに廊下でうつ伏せになって体を冷やしていたし。

 アミラは死にそうな顔をしながら酒の入った容器を担いで家にやってきた。

 最近は山奥でも夏の暑さは酷いらしく、非難しに来たらしい。

 優奈に関しては家にいると親がうるさいのからという理由だった。

 せっかくの夏休みだというのに、家でだらだらしていては親に注意されてもおかしくはない。

 サエナイは家に両親がいないため家事などをやらなければいけないのだ。そのため朝からしっかり起きているが、もし親がいたならグウタラな生活を送っていたかもしれない。

 少し前まではここまで賑やかではなかったため、違和感はあるがこれはこれでいいものだ。

 そんなことを思って騒がしい光景を見ていると。

「サエナイ~暇~」

 何かを求めるような表情と声音で話しかけてきた優奈。

「そう言われても何もないぞ」

「なんか面白いことして~」

「俺に何かを期待するな」

 そう言うと、口を尖らせて足をばたつかせる。

 先ほどまでヨウコとゲームをしていたはずだが、ヨウコは酒を飲んで酔いが回ってきたのかゲームのコントローラーを手放して体をふらふらさせていた。

 ここまで酔ってしまってはゲームをプレイすることは出来ないだろう。

 優奈が暇と騒ぐのも無理はない。

 サエナイと優奈は高校生で未成年だ。お酒を飲める年齢ではないため、二人の神様の仲間入りは出来ない。

「夏休みだから夏休みっぽいことでもすればいいんじゃないか?」

「え~面倒くさい」

「……」

 じゃあもう知らんと言ってやりたい気持ちを抑えて何かないかと考えていると。

 優奈はお酒を美味しそうに飲むアミラとヨウコの姿をじっと見つめ「夏、海、水着、エロイ」などとブツブツ呟くと。

「海に行こう!」

 大きな声でそう宣言した。

「夏休みっぽいことは面倒くさいんじゃなかったのか?」

 サエナイが指摘すると、優奈は勢いよく神様に向かって指を指して。

「神様の水着姿が見たい!」

 と叫んで見せた。

 なんとも欲望に忠実なことで。男性より女性のほうがそういったことの欲が強いと聞くが、そうかもしれない。

「……」

 サエナイも横目でちらりとヨウコを見た。

 確かに彼女はスタイル抜群だ。水着姿はきっと似合うに違いない。

「あ! サエナイがヨウコさんのことエロイ目で見てる~」

「み、見てない!」

 優奈に指摘され思わず否定して見せるが、酔っていても優奈の言葉を聞き逃す神様ではない。

「サエナイ様がキツを⁉」

「人間のくせにヨウコの胸でも見てたんだろ~」

「違いますよ!」

 アミラからも茶々を入れられ恥ずかしさを覚えながらも必死に否定するが、ヨウコは酔いで赤い顔のままスっと立ち上がると近づいてくる。

「な、何ですか?」

 目の前まで来たヨウコに警戒しつつ問うと。突然腕も回してきたかと思うとお姫様抱っこをされてしまった。

 余りに突然のことでサエナイは抵抗できず体を強張らせる。

「ちょちょちょちょちょ、何やってるんですかヨウコさん!?」

「今がチャンスです! サエナイ様がキツをエロイ目で見ている間に愛を育んでまいります!」

「行ってこ~い!」

「え? うそ、私ふざけて言っただけなのにこの展開は予想外なんだけど。え? マジで?

 マジで育んじゃうの?」

 この展開を面白がるアミラと困惑する優奈を差し置いて、ヨウコはサエナイを抱えたまま二階へ向かうべく歩き出す。

「ちょっと誰か止めて! ヨウコさんに水ぶっかけて! まずい! このままじゃ本当に連れてかれる!」

「あ、ああ、ちょ、ちょっとまってて!」

「あはははは!」

 珍しく慌てる優奈とその光景を見て大笑いするアミラ。

 午前中から本当に騒がしいことになった。


         :


 愛を育まれそうになった日の翌日。サエナイはショッピングモールにやってきていた。

 やはり夏休みのせいかいつもの何倍もの人で賑わいを見せている。

 そしてサエナイは注目を集めていた。

 いや、厳密には注目を集めているのはサエナイではなく、隣にいる美女な二人の神様なのだが。

「ほほう。これがショッピングモールというやつですか?」

「人間が大勢いるな」

 一人は着物の姿の美しい女性たるヨウコ。

 もう一人は、いつになったら服装を正してくれるのか。パツパツの制服に身を包んだ痴女感前回のアミラ。

 周囲の様子など気にした感じのない二人に対して一人、サエナイの後ろに身を潜めて震える少女。

「ひえ~、ひ、人が、人が多すぎる。帰りたい……」

 ぼさぼさの長い髪でだらしなさを醸し出してしまっている、ユウキと同級生の優奈鬱美。

 神様の水着姿が見たいといった張本人なので付いて来させたが、まるで生まれたばかりの小鹿のように体を震わせている。

 普段から学校以外では家に引きこもっている陰キャな優奈にとって、ここは地獄なのかもしれない。

 優奈も水着を持っていないため、結局のところ来ざるを得なかったのだが。

 四人はショッピングモールへ足を踏み入れた。

「おお、すごい人の数ですね」

 ヨウコが感嘆の声を上げるが、確かにすごい数だ。

 下手をすればはぐれてしまいそうなほどに。特に優奈ははぐれてしまったどうなるか分かったものではない。

 まあ、優奈はピッタリくっ付いているのではぐれることはないと思うが。

 今日の目的は水着を購入することだが、せっかく来たのだ。いろいろなお店を見ながらゆっくりしてもいいかもしれない。

 サエナイを先頭に四人は寄り道をしながら目的地の場所へ向かっていく。

「サエナイ様。これは何でしょう?」

 そう言ってヨウコが興味を示したのはカラフルな入浴剤。

 入浴剤は石鹸を取り扱っているお店のようだ。

「見てみますか?」

「よろしいのですか?」

「かまいませんよ」

 サエナイの言葉に目を輝かせると、店内に足を踏み入れいろいろなものに目を通していく。

 サエナイ自身、こういったお店には立ち寄ったことがないため、しっかり見てみると多種多様な入浴剤や石鹸が置いてある。

 カラフルなだけではなく、匂いもいろんな種類があるようだ。

 蜂蜜の匂いがする石鹸なんてものもある。

 ラメが入った入浴剤もあるようで、まるでミラーボールのようにキラキラと光っている。

 楽しそうに商品を手に取るヨウコは何とも微笑ましい。

 それに比べて優奈は先ほどから後ろに張り付いて来るだけ。アミラも特に興味がないのか商品を見るわけでもなくヨウコの様子を眺めている。

「アミラさんはこういうのには興味ないんですか?」

「得体のしれない物に興味はそそられん」

 ヨウコは興味を示しているので、てっきりアミラもそうなのかと思ったが違うらしい。

 十分に堪能をしたのか、ヨウコが戻ってきたので次の場所へ移る。

 衣服を見たり、家具家電を見たり、ゲームセンターに行ったりと、寄り道を繰り返しながらも目的の場所まであと少し。

 と、ヨウコが足を止めた。

「サエナイ様。これは水着ではないのですか?」

「⁉」

 ヨウコが示したものを見てサエナイは目を見開く。

 彼女が立ち止まった場所は女性ものの下着が売られているランジェリーショップだった。

「そ、それは水着じゃなくて下着です」

 目をそらしながらサエナイが答えるとヨウコは首を傾げた?

「下着ですか。こんなにも豪華な装飾が施されているのですね。付けてみてもよろしでしょうか?」

「え? ゆ、優奈行ってきて」

「は~い」

 流石にこれ以上はサエナイにとっては毒なので優奈に任せることにした。

「サエナイ様はどうなさったのですか?」

「男はこういうものに弱いんですよ。試着ならお店の奥に試着室があるのでそこでしましょう」

 少しは調子を取り戻した優奈が、ヨウコを連れてランジェリーショップの奥へ進んでいく。

「お前は来ないのか?」

 アミラに問われるもサエナイは顔をそらして手をひらひらさせる。

「男には踏み込んではいけない領域があるんです」

「絶対領域というやつか? 人間でもあれを視認できるものがいるのか」

「いえ、多分アミラさんが思ってるそれは全く別物だと思います」

 話がかみ合っていないことは何となくわかる。

 アミラも店内に入っていき、サエナイは一人で待つことにした。

 何やら店の奥から「でか!」「柔らか!」などと優奈の大声が聞こえてきた気がしたが勘違いだろう。

 それから三十分が経過ころ、ようやく三人が戻ってきた。見てみるとヨウコの手には紙袋が挙げられていて、サエナイは頬に汗を垂らす。

「ヨウコさん。お金はどうしたんですか?」

 そう、ヨウコにはお金は持たせていないので持っていないはずだが、もしかして優奈がお金を出したのか。いや、優奈が人のためにお金を使っているところは見たことがない。

 それどころか優奈は人に金を集るような人間だ。

 するとヨウコは懐から万札の束を出して見せた。

「前にサエナイ様にプレゼントしようとした金があったと思いますが」

 言われてヨウコが家に来たばかりに何もないところか大量の金の塊を出して見せたのを思い出した。

「サエナイ様が学校へ通われている間に少し調べまして、金を現金に換えてきました」

 サエナイは苦笑いを浮かべることしかできない。

 ヨウコはお狐山の代々守られてきた財産を勝手に現金に換えてしまったということだ。

 まあ山の主が自分の財産をどうしようか勝手だろうが、お付きの狐たちがそのことを耳にしたなら気絶ものだろう。


 そんなこんなでようやく水着が売られている場所にやってきた。

 夏用品が陳列されており、少し場所を移せば男性ものの水着が置かれたエリアと、女性ものの水着が置かれたエリアがある。

 サエナイは三人と別れて自分の水着を選び始めた。

 と言っても男性ものの水着は色が異なるだけで形は基本同じだ。

 そのため特に迷うようなことはない。サエナイ自身、水着にこだわりはないのでとりあえず誰に見られても恥ずかしくない無難なものを選ぶつもりでいた。

 とりあえず汚れても特に目立つことのない黒の水着でいいだろうか。

 サイズが合う黒の半ズボン型の水着を選び、さっさと会計を済ませると、一応女性三人の様子を確認しておこう。

 まだ長引きそうなら近くで適当に商品を眺めて待つか。

 そう思いサエナイは女性ものの水着が置かれたエリアまでやってきて一度足を止める。

 変に意識するほうが怪しく見えてしまうのは分かっているが、足を踏み入れるのはやはり気が引けてしまう。

 やはりやめておこうか。そう思ったところで。

「サエナイ~」

 優奈がこちらを呼びながら近づいてきた。

「どうした?」

 何事かと思い問うと、優奈は突然腕を引っ張ってくる。

「なになになに⁉」

 強制的に奥へ連れてかれたサエナイは焦りを隠せない。

「ちょっと見てほしいのがあるんだけど」

 そう言って連れ来られたのは試着室の前。周囲を見渡してみれば運がいいのか他に女性客は見当たらない。

 安堵の息を吐きながらサエナイは優奈を見た。

「で、ここに連れてきたのは?」

「これを見よ!」

 優奈がそう言ったのを合図に、目の前の試着室のカーテンが開かれた。

「⁉」

 突然のことに顔を反らすことができず、サエナイは試着室から現れたヨウコを凝視してしまう。

 いつもの着物ではなく初めて見る水着姿。

 上は白色を基調とし、花の柄が入ったビキニ。下は同じ柄のパレオで、高身長でスタイルのいいヨウコの大人っぽさを最大限に引き出している。

 そして髪も水着に合わせるためか、三つ編みでまとめ上げていて雰囲気がかなり違う。

「……」

 何も言えず黙っているサエナイの様子に、ヨウコは少し自信なさげな表情になる。

「どうでしょうか? 似合ってますか?」

「サエナイの様子からして、綺麗すぎて言葉を失っているんですよ」

「それならいいのですが」

「よし! それでいきましょう! 海に行ったらサエナイだけじゃなく周囲の人皆を虜にしてしまいましょう!」

 サエナイが放心状態になっている間にヨウコと優奈の間で話が進み、どうやら水着は決まったようだ。

「我の水着も見てくれ!」

 突然、隣の試着室からアミラの声が響いてきた。

 姿が見えないと思えば、どうやら彼女も水着を試着していたらしい。

 アミラは勢いよくカーテンを開くと、モデルのごとくポーズを決めて見せる。

「……」

「……」

「……」

 そんなアミラに三人は言葉を失った。

 いや、別におかしな水着を着ているわけではない。漫画などにおふざけで登場する紐しかない水着などではなく、ちゃんとした水着なのだ。

 黒色のモノキニと呼ばれる後ろから見るとビキニ、前から見るとワンピースに見える水着なのだが、アミラのグラマーすぎる体系のせいか、そこはかとなくいけない物を見ているような、そんな気持ちさせられてしまう。

 皆の無反応にアミラは怪訝そうな顔をする。

「なんだ。我にも何か感想をよこせ」

 サエナイとヨウコが黙っている中、優奈が代表して口を開く。

「アミラさんの水着選びは難航しそうです」

 そう言ってカーテンを閉めた。

 結局、アミラの水着を選ぶのに一時間以上の時間を有してしまったが、選び終え目的は達成された。

 次はいよいよ海へ。

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