第12話 突然のボランティアと新たな神様
梅雨真っ盛りの六月の、ある晴れた日。
「はい、皆さんゴミ袋とトングと軍手は行き渡りましたか?」
そう声をかける二十代半ばの女性教師。そして、一学年の生徒全員が山の入り口に集まっていた。
教師は動きやすい服装。生徒は学校指定のジャージ姿。
女性教師の話に耳を傾けながらも生徒たちは皆、やる気がなさそうにしている。
サエナイはゲンと優奈と三人で固まって先生の話を聞いていた。
「蒸し暑いし怠いし帰っていい?」
もう一日、出かけたその帰りのような雰囲気を醸し出している優奈が、帰りたいと駄々をこねる。
「まだ始まってもいないぞ」
優奈の態度にため息交じり口を開くのはゲン。
二人のやり取りに軽く笑いが漏れるサエナイ。
彼らは今、四つの山の一つ。魚山のふもとに来ていた。
いつもなら授業がある平日の今日は、その時間を利用してボランティア活動をすることとなったのだ。
どうやら最近、山に不法投棄が目立ち始め、役所だけではどうにもならないという話を聞いた教頭先生が、生徒たちにボランティア活動をさせようという話を持ち掛けこうなったとか。
役所がどうにもできないことを生徒にやらせてどうするのかとツッコミを入れたいところだが。
役所自体、不法投棄された家電などの大きなゴミは処理しているらしく、食べ物のゴミといった一般家庭などでよく出るちょっとしたゴミの拾いをお願いしたいとのこと。
まあ、流石に大きなゴミは生徒たちの手ではどうすることもできない。
この町は四つの山の自然を守るために力を入れており、是非とも若い子たちにも山の自然に触れる機会があればいいと考えていたようだ。
「給料出せ~金をよこせ~ボランティアとかいうただ働きをさせるな~むぐ!?」
「ばか!」
それなりの声で文句を垂れる優奈の口をゲンが咄嗟に塞ぐ。
皆もちろん分かっていることだが、流石に本音を聞こえる声量で言うのはよくない。
やることを説明している女性教師以外にも数人の教師が同伴している。
流石にその誰かに聞かれればお説教されかねない。
サエナイは周囲を見渡すと、まだ入り口付近だというのにすでにお菓子のゴミなどが少し目に入った。
山は草木が生い茂っているため、ゴミを素知らぬ顔で捨てるには絶好の場所と言ってもいい。
サエナイ自身、自信をもって自分はいい人間だとは言えないが、流石にゴミの一つや二つすら持ち帰ったり公共のゴミ箱に捨てることすらできない愚かな人間ではない。
そして、普段は家の家事をやっている身としては何かと汚れている様子は見ていられないのだ。
「この山にもいるよね?」
サエナイは独り言を零しながら山の山頂へと続く階段の上へ視線を向けた。
お狐山にはヨウコ。大蛇山にはアミラがいるということは、このお魚山にも守り神がいるのだろう。
いったいどんな神様なのだろうかという興味がサエナイの中にあった。
「ぷは~、ねね、サエナイ」
「ん?」
ゲンの塞いでいた口を無理やりどけた優奈が好奇心に満ちた顔をこちらに向けてくる。
「ここにも神様いるのかな?」
「どうだろうな」
どうやら優奈も気になっているらしい。ヨウコとアミラという存在を知れば気になるのも普通だろう。
「ふむ。どのような神様なのだろうね」
ゲンも気になっているようだ。
「では皆さん、お願いしま~す!」
「「は~い」」
先生の号令に対して返事をした生徒たちが一斉に友人同士で固まり雑談を交えながら、ゴミ拾いに取り掛かった。
「俺たちもやるか」
「怠~い」
「やりますかね」
サエナイ達三人もゴミ拾いに取り掛かった。
山は少し前はよくちょっとした登山や運動をする人たちが利用していたのだがそれも減り、最近耳にするのは若い集団が山に登っては騒いでいるという話だ。
階段付近などに転がっているゴミはおそらく、そういった集団の心無い行為によるものなのだろう。
トングでペットボトルやお菓子のゴミをなどを広い、トングで取れない小さなゴミは軍手をはめた手で掴んではゴミ袋に入れていく。
地味な作業ではあるが、一学年の生徒全員でゴミ拾いを行っているため、かなりの速度でゴミは減っていた。
「もう疲れた~」
「もう少しやらないか」
「体力ないな」
「面倒くさい~」
優奈が早くも音を上げ始めた。
ゲームばかりやって体を動かしていないのがあだとなっているようだ。
「お⁉」
優奈が何かを発見したらしく興奮気味な声を上げた。
「どうしたんだい?」
ゲンがトングをカチカチと鳴らしながら尋ねると、しゃがみこんでごそごそやっていた優奈がゲンに向かって何を見せた。
「見てみて! ナナフシ! デカくない⁉ デカいよね!」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ⁉」
女の子らしからぬ、小学生の男の子みたいな反応をしながら木の枝のように見えるナナフシをゲンの顔に近づけ、それを見た虫嫌いなゲンは山中に響き渡りそうな大きな叫び声をあげた。
「虫虫虫虫! キモイキモイキモイキモイ!」
取り乱して手をバタバタさせ、手に持っていたトングとゴミ袋を放り投げて、階段を駆け上って逃げて行ってしまった。
「お~い、山頂には行くなって言われてるだろー!」
声をかけるも聞こえていないのだろう。
「虫キモーい!!」
と叫びながら止まる気配はない。
「優奈、あいつが虫嫌いだって知ってるだろ?」
「口うるさいからたまにはね」
反省する気のない優奈に苦笑しつつ、サエナイはゲンが放り投げたゴミ袋とトングを手に取ると、ゲンを追いかけるために階段を上り始める。
「え~、追いかけるの~?」
「優奈も行くよ」
「えええええ~……もう、わかりました行けばいいんでしょ行けば~」
面倒くさそうにしながらも階段を上り始めた優奈だが。
「優奈。そのナナフシは置いて行けよ」
「やだやだ~この子はもう私のもの~」
子供のように駄々をこねる優奈にため息を漏らしながらも、これで今度は行かないといわれても面倒だと思い、サエナイはそれ以上何も言わなかった。
「行くぞナナフシ一号!」
「まじか」
優奈は大きな声とともにナナフシを頭の上に乗せると、階段を上っていく。
流石に虫を頭の上に乗せるのは予想できず、サエナイは驚きを隠せない。
生まれる性別を間違えているような気がするのは勘違いだろうか。
「ねねサエナイ」
「ん?」
「お魚山って、どうしてその名前が付いたんだろうね~」
サエナイは優奈の問いに、どこかで聞いた話を思い出し、それを口ずさむ。
「確かこの山では昔、川魚が豊富に獲れただとか、神様の姿が魚だったからだとかそんな感じだったと思う」
「会えるかな?」
「どうだろう。ヨウコさんたちが例外な気がするけど」
わざわざ人前に姿を現す神様なんて聞いたことがないが。
会えるのなら会ってみたいという気持ちはあるけど。
そんなことを考えながら階段を上っていくと、どうやら山頂に着いたようで階段は終わりを告げた。
「初めて来たけどすごいね~。どうナナフシ一号よく見るかい?」
大人しく頭の上に乗っていたナナフシに話しかける優奈に苦笑しつつ目の前の景色を見る。
周囲は木々に覆われている中、そこには大きな池がシンボルのようにそこにはあった。
直径やく六百メートルくらいの池。
水の池の底が見えるほど澄んでおり、人口のゴミが一つもない。
「ここだけゴミがないね~」
「確かに」
優奈の疑問の声にサエナイも気が付く。
山頂は全くと言いほどゴミが見当たらないのだ。
まるで誰かが掃除して維持しているのではないかと思えるほど。
ぐるりと周囲を見渡していると、しゃがみこんでいるゲンを発見した。
「ゲン!」
サエナイはゲンのもとへ駆け寄ると肩に触れて呼ぶ。
「お、おう、サエナイ」
「大丈夫か?」
「虫は嫌いなんだ」
「うん」
人間、嫌いなものや苦手なもの、不得意なものはどうにも克服しずらい生き物だ。
男だからと言っても、虫が苦手な人は多い。
と。
「くらえ! 私の日ごろの恨み! ナナフシミサーイル!」
少し離れたところからそんな声がしたかと思うと、優奈がゲンに向かってナナフシを投げ飛ばし、ナナフシはゲンの頭に着弾した。
「きゅ~……」
ゲンは撃沈。
「おい優奈。いくら何でもやりすぎ」
「ゴメンナサイ」
「反省する気ないでしょ?」
「大丈夫。ゲンは起きたころには記憶なくなってるから」
「大問題だよ!」
サエナイは悪ふざけが過ぎる優奈を叱っていると。
「なんか聞こえない?」
「話をそらさない」
「そらしてないって」
「嘘を……」
と、優奈が誤魔化そうとしているのだと思っていたが、サエナイの耳にも何かが聞こえ、言葉を止めた。
最初は動物の鳴き声か、ゲンが何か言っているのかと思ったが、ゲンは気を失っているため何も言えるはずがない。
「歌?」
サエナイはそう口にした。
そう認識したとたん。その歌ははっきりと聞こえ出す。
「ひ~とよ人の子迷子の子~、迷い込むは天の都~、わた~し~が導こう~、歌が~お前をいざなうだろう~、だが待て待て少し待て~、都に行くのは命を落としてか~ら~だ~」
よくわからない歌が一通り響いたかと思えばまた静まり返った。
「何だったんだ?」
歌の後には特にこれと言って何かが起きることはなく、思わず首を傾げた。
とりあえずこのまま山頂の池にいれば先生に怒られかねないため、ゲンを起こして優奈と階段を下ろうと思って優奈を見た。
「優奈!?」
隣を見てみれば、先ほどまで立っていたはずの優奈が地面に倒れこんでいたのだ。
「おい、おいしっかりしろ!」
「……」
優奈を肩を揺さぶるが反応はなく様子を見てみると、どうやらまるで寝ているような状態。
「ん、ん~……」
どうやら本当に寝ているらしい。
先ほどのよくわからない歌を聴いて寝てしまったのだろうか。
だかなぜサエナイは何もないのだろうかと思考を巡らせ。
「ん~、こうして人間を見てみると貧弱そうな体をしているわね~」
「!?」
突然、聞きなれない声が近くで響き、サエナイは声も出せず目を見開き体を震わせた。
声がした池のほうへ目を向けてみると、池からひょっこりと女性の顔がこちらを興味深そうに観察している。
「今の人間はみんな弱そうだわ。刀を握っていた人間たちがいた時代のほうが逞しい男が多かったわ」
そう言いうと、女性は池から体を出して池のふちに腰を落ち着けるとサエナイに顔を近づけてきた。
「こんな干物みたいな人間の子供のどこがいいのか分からないわ。ヨウコの趣味も変わってるわ」
サエナイは女性の姿をまじまじと見た。
優しそうな雰囲気がある表情が特徴的な整った綺麗な顔立ちに、波打つような青い髪は立ち上がれば太もも辺りまで来そうなほど長く、水のように透き通るような肌。細身ながらも出ているところは出ていて、引き締まっている。
そして何より目を引くのは、彼女の下半身が魚のような尾ヒレの形状をしていることだ。
サエナイは女性から目が離せないながらも口を開き声を絞り出す。
「あなたは、神様、なんですか?」
この問いは問いというよりも確認に近い。
何故なら彼女は先ほど、ヨウコという名前を口にしていたのだ。
それに、こんな人の理想を体現したような容姿を持った女性が人間のはずがない。
サエナイの言葉に女性は目を細め口元を綻ばせる。
「ふふ、そう、そうよ、私は神様。人が崇め奉り、人が決してたどり着けない領域にいる存在」
彼女は続けて。
「私の名前は人魚ヒメ。貴方は特別にヒメと呼ぶことを許してあげるわ」
「そ、それはどうも」
彼女の雰囲気に軽く飲まれ、言葉が上手く返せない。
「ところで、ヨウコとはどこで出会ってったの?」
「え? それは、ヨウコさんが、うちに来て」
「そう、そう、よくないわ、ええ、よくないわね。神が自分から一人の人間のもとへ行くなんて、ふふ」
ヒメはおかしそうに、それでいて哀れなものを見るよう目をして独り言のようにしゃべる。
「じゃあ、これ以上あなたが悲しい思いをしないように、私が楽にしてあげるわ」
そう言ってヒメが手を伸ばしてくる。
「あ……」
咄嗟に身を引こうとするが、なぜか体は動かない。
動けぬまま、サエナイの頬にヒメの手が触れ。
「知らなくていいことは知らないままでいるべきだわ」
ヒメは怪しい笑みを浮かべ。
「!?」
ヒメはサエナイの頬から手を離すと、今いた場所から遠のいた。
そしてその直後、サエナイの目の前で水しぶきが上がる。
「やっぱりこうなるのね。あんたはいつもそう。キツのものを奪おうとする。面白がって。それが一番気に入らない。今すぐにでも殺してあげるから、そこを動くな魚女」
水しぶきが収まった後。ヒメを睨みつけるヨウコが、水面の上に立っていた。
「ヨウコさん!?」
サエナイは驚きの声を上げ、ヒメは表情を歪ませる。
「ふふ、貴方だってそうでしょ? ヨウコ。私が持っていないものを当たり前のように手にして。だから私もあなたが気に入らないわ」
ヒメの言葉にヨウコは鼻で笑う。
「だから何度も言っているでしょ? 人魚として生まれた自分を恨めと」
ヒメは顔を俯けると、両手で頭をガリガリと搔きむしる。
「むかつくむかつくむかつくわ! 母に恵まれておきながらその態度がむかつくわ! 今ここで消えてほしいわ! わが下部たち!」
怒鳴りながら池の水をヨウコへ向かって飛ばすと、ただの水だったはずのそれが鋭利な牙を持った魚へ形を変えて、ヨウコへ飛び掛かる。
「ヨウコさん!」
危険を感じたサエナイはヨウコへ声をかける。すると彼女はこちらに微笑み返すと、飛んでくる水の魚に向かって手を向けると。
ぴたりと、空中で静止した。重力などないかのように。
そしてヨウコが手を握ると、水の魚は空気中に霧散した。
「く! むかつくわ! むかつく!」
ヒメが怒りに染まって一心不乱に水をヨウコへ向かって飛ばすも、それらは全て見えない力の前で消されていく。
ヨウコはヒメの攻撃を防ぎながら。水面の上をまるで当たり前のように歩み、ヒメとの距離をゆっくりと、確実に詰めていく。
そして、ヒメとの距離はわずか二十センチほどにまで縮まり。
「ひ⁉」
ヨウコの睨みに怯えたヒメは攻撃することすら忘れ、ただ震えるのみ。
ヨウコは拳を振り上げて。
「サエナイ様に手ぇ出したらぁ、こうなるのよお!」
振り下ろされた拳は凄まじい音とともに水しぶきを上げてそれが収まると、頭にたんこぶができたヒメが、水面に浮かんで気を失っていた。
「ヨウコさん」
ヨウコは振り返ると走ってサエナイのもとまでやってきた。
「サエナイ様。ご無事でしたか?」
「俺は何ともないです」
サエナイの体中をぺたぺたと触って無事を確認し終えたヨウコはほうと胸をなでおろした。
「どうしてわかったんですか?」
そう、ヨウコには特に今日はボランティアで山に行くとは伝えていなかったのだ。
「サエナイ様の気配は常に感じておりますので。サエナイ様の気配がここに来たのを感じたので、嫌な予感を感じてはせ参じたというわけです」
なるほど、流石は神様といったところだろう。
ヨウコはサエナイの横で倒れこんでいるゲンと優奈に目を向けた。
「そちらのお二人は、優奈様はヒメに眠らされたようですが、ゲン様のほうは気を失っているように見えますが?」
「あはは」
ゲンが虫のせいで気を失ったという事実は隠しておくことにした。
ヨウコがもしうっかり口を滑らせてしまったら、ゲンは立ち直れなくなってしまうだろうし。
「では、お二人はキツが運びましょう」
そう言うと、ゲンと優奈は見えない力で宙に浮き、ふわふわとサエナイとヨウコと共に階段を下ろされていった。
ヨウコが持っている力はかなり便利なようだ。
それからボランティア活動が終わる間際。
「んな!? あれ? 私、池にいたはずなんだけど」
「あ~、僕は悪夢を見たような気がするが、気のせいだったのだろうか?」
目を覚ました二人が周囲を見渡して混乱しているなか。サエナイは少し離れたところでヨウコと話していた。
「今日はありがとうございました」
「気にしないでください。サエナイ様の嫁たるもの、これくらい出来なくてどうします!」
いや、普通のお嫁さんがあんな凄いことは出来なくてもいいのだが。
サエナイは苦笑すると、山頂のほうへ目を向けた。
「あのヒメさんは、ヨウコさんのことが嫌いなんですか?」
「神同士、みんな一概に仲がいいとは言えません。人間同士でそりが合わないように、神も同様なのです」
さして気にした風もなく口にするが。
「あ!?」
ヨウコが突然、大声を出してサエナイは思わず驚く。
「どうしました?」
「家の鍵を閉め忘れてしまいました! キツは今すぐ帰宅させていただきます!」
「え、あ、はい」
確かに鍵を閉め忘れたことは問題ではあるが、家には対して盗まれるようなものはないし慌てなくてもいいのだが。
ボンッと人の姿から狐の姿になり軽やかにかけていった。
サエナイのことを守ってくれたりと忙しい神様だ。
「それでは皆さん集合してくださ~い!」
教師からの号令がかかり、サエナイはほかの生徒たちどうよう教師の下へ向かった。
あと少しで梅雨も明け、夏が始まる。
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