第11話 互いの意識と不思議体験
「今日も雨ですね……」
「梅雨ですしね」
六月に入り、毎年当たり前のようにやって来る梅雨の時期だ。
窓の外に目を向けてみれば、晴れることを忘れたかのように空は曇り泣き続けている。
晴れていれば昼間の時間は部屋の照明を点けなくても過ごせるほどには明るいのだが、今は薄暗く照明を点けた方がいいぐらいには暗い。
「あの、師匠……」
窓の外を眺めていたサエナイとヨウコはもう一人の声に引っ張られ、声のする方へ目を向ける。
そこには数日前、ゲームで神様にボコボコにされた優奈がコントローラーを握ってヨウコにジト目を向けていた。
「テレビから目を外したまま私をボコボコにするのはやめてもらっていいですか?」
テレビに目を向けてみると、ヨウコの操作していたキャラクターが優奈の操作していたキャラクターが画面外に吹き飛ばされ、画面に大きくKOの文字が表示されていた。
今日は土曜日で休日。
いつもならサエナイとヨウコの二人だけしかいないはずだったのだが、あの日以来、優奈は学校が終わった放課後や休日にサエナイ家を訪ねてはヨウコにゲームを挑んでは勝てずにいた。
一階のリビングにて午前中から家に来てはずっとヨウコに挑んでいるのだが、ヨウコが画面から目を外しながら優奈をボコボコにするという神プレイを披露して見てしまい、優奈に絶望を植え付けるには十分なようで、優奈は床に寝転がって大きなため息をつく。
「もう勝てる気がしな~い」
「諦めたら?」
サエナイに言われた優奈は口を尖らせる。
「ヨウコさんに勝てたら誰にも負けないじゃん」
「そうかもしれないけど……」
神プレイを見せる神様に勝つことが出来れば、プロゲーマーにも負けることはないだろう。しかし、あの日以来ほぼ毎日挑んでも容赦なく負けている状態で惜しいところまですら持っていけるとは思えない。
流石にこれは諦めざるを得ないと思うが。
優奈は寝転がったままヨウコを見る。
「どうやって画面を見ないでプレイしてたんですか? やっぱり何か神様的な力を使ったんですか?」
優奈の質問を聞いてサエナイもヨウコに目を向けた。
画面から目を逸らした状況でゲームをプレイできるのはどう考えてもそう言った不可思議な力を使ったように思えるが、というかそうとしか思えない。
優奈はヨウコが不思議な力を使えることは知らないが、狐耳と尻尾を生やして神様と言っているのだからそういう力があるのではないかと思っているのだろう。
するとヨウコは「いえ」と否定し言葉を続ける。
「目を逸らすまで見ていた画面の情報からキャラクターがどの位置にいるのかを覚え、ボタンを押したときのキャラクターの行動や音声からどこにいるのかどんな動きをしているのか、どの距離を移動しているのかを予測して操作していました」
「え? 神じゃん……」
「神ですよ?」
「はは……」
絶句する優奈に首を傾げるヨウコ。乾いた笑いが口から漏れてしまうサエナイ。
力も使わずに神プレイができる神様にどう立ち向かえばいいというのか。
優奈はコントローラーをテーブルの上に放り投げ、降参を示すように両手を上げてぶらぶらさせた。
「もう無理、今日はや~めた」
「今日はやめるんだ……」
別の日にまたトライするつもりなのだろうか。ゲームに対する執念の凄さにサエナイは頬に汗を垂らした。
「ヨウコさ~ん。尻尾モフらせて~」
優奈はそう言いながら隣に座るヨウコの尻尾にめがけて飛びつき頬ずりし始める。
「あ~気持ちいい~。ヨウコさ~ん、私の家に来ませんか~」
「お断りします」
「うわ~ん。神様が冷たいよ~」
覇気のない声で嘆きながらも尻尾から顔を話す気がない優奈は、サエナイに目だけを向ける。
「いいよねサエナイは。こんなに美人な神様がいてさ~。サエナイはこんなに美人さんがいて何とも思わないわけ?」
「何を思うの?」
「発情しないの?」
「な!?」
優奈の放った言葉に思わず声を裏返らせ、思わずヨウコと目が合ってしまうがすぐに逸らす。
「するわけないじゃん!」
「え~? ほんとに? 怪しいな~」
「怪しむな。そこは大人しく聞き入れてくれ」
「ヨウコさんはどう思います~?」
「何がでしょう?」
「サエナイがヨウコさんに興奮してたらって話ですよ~」
「余計なことを聞くんじゃない」
サエナイの言葉を聞き入れる様子のない優奈はヨウコの返答を待っていた。
ヨウコは視線を逸らして考えている素振りを見せると、少し恥ずかしそうな顔をして見せると。
「キツのことを考えてサエナイ様がそう思ってくださるのであれば、キツは受け入れます」
最後のほうは恥ずかしかったのか消え入りそうな声になっていたが、しっかり二人の耳には届いていて。
「ひゅ~」
「……」
盛り上がる優奈に対して、サエナイは恥ずかしくて何も言えなかった。
自分に対して好意を抱いていることは彼女が初めて来たときから彼女自身が言っているため分かってはいるが、それでも神様であり女性なのだ。
そんな人が思春期の男子を前にしてそんなことを軽々しく口にしていいものではないと思うのだが。
と、優奈はおもむろに立ち上がると、自分が持ってきた荷物をまとめて。
「会二人の時間をお邪魔するわけにはいかないので今日のところはおいとましま~す」
そう言って雨が降る中、優奈は自分の傘を差してサエナイ家から出て行ってしまった。
「……」
「……」
取り残された二人の間に少し気まずい空気が流れてしまう。
優奈が余計なことを聞かなければこうはならなったに違いない。そして当の本人は帰ってしまった。
気まずい空気をどうにかしなければ。
「と、とりあえず。時間的にお昼ご飯でも用意しますか?」
「キツも少し小腹がすきましたのでそうしましょう」
そうしてサエナイはヨウコにお手伝いをお願いして、二人で今日はチャーハンを作っているのだが。
「……」
「……」
気まずい。非常に気まずい。
何か変わるかと思っていたが、空気が変わることはなく。フライパンの上で焼ける食材と、隣でヨウコが握る包丁が食材を切る音が台所に響きわたるだけ。
気まずい空気に漂うチャーハンの美味しそうな香りがリビングに充満する。
テーブルの前に座った二人はチャーハンが盛られたお皿と対面して。
「いただきます」
「いただきます」
手を合わせてスプーンを片手に食べ始める。
「……」
「……」
チャーハンは美味しい。でも空気が気まずいまま。
ふとヨウコの様子を伺ってみると、チャーハンが美味しいのかとても美味しそうな表情をしながら食べている。
「!?」
思わず目が合ってしまったヨウコは肩を震わせると、頬を赤くして落ち着かない様子で目をキョロキョロさせては俯く。
可愛い。
「テレビでも付けますか?」
サエナイが提案すると、コクコクと頷くヨウコ。
リモコンを手に取りテレビを点けてみると、ちょうどお昼のドラマが放送されており見る感じでは恋愛ドラマといったものだろうか。
特に見たいものがあるわけではないのでとりあえずはドラマを見てみることにする。
会社で働く一人の男性と女性が織りなすラブコメのようで、演じている俳優と女優は最近テレビで活躍し始めた二人で、男子は新時代のイケメン。女性は三千年に一度の美人と言われているらしい。
クラスの女子がそう言って話していたのを思い出した。
何となくチャーハンを口に運びながらテレビに目を向けていると、主人公とヒロインが二人きりで会社で残業をしているかと思えば、なんだか二人の包む空気が変わり、何故か主人公がヒロインにキスしたではないか。
「ぶ!?」
サエナイは思わず口の中のチャーハンが口からこぼれそうになる。何とか耐えたので良かったが、ヨウコとの少し気まずい空気の中でこんなイチャコラしたシーンを見せられてはたまったものではない。
サエナイは恐る恐るヨウコの様子を確認すると、彼女は口元を手で押さえ頬を赤くしてテレビ画面をじっと見ているかと思えば、ヨウコもこちらの反応が気になるのか、時折り目だけをこちらに向けて来る。
こっちを見ない欲しい。何とも言えないのだ。ここでテレビのチャンネルを変えてしまってもいいが、それをするとまるで自分がドラマのキスシーンを意識してしまっていると言っているようなものだ。
それにヨウコはドラマの続きを見たいかもしれない。
ヨウコに尋ねるべきかどうか迷うが、ここでも聞いてしまえば自分が意識しまっていると言っていることになる。
そんなことを気にしながらなんとか昼食を摂り終わったサエナイとヨウコは、食器を片付けて洗い物をすると、各々の時間を過ごし始める。
サエナイはとりあえず自室に逃げ込んだ。
「はあ」
気まずい空気が耐えられない。
会話が何もないことがこれだけ苦痛だとは思いもしなかった。
このままではよくないだろう。落ち着かない心を落ち着かせるためにも一度、仮眠を取った方がいいのかもしれない。
「寝よう」
サエナイはベッドに身を委ねた。
ヨウコはテレビの付いていないリビングでおもむろに自分の尻尾を撫でていた。
食事中に見ていたドラマは食事が終わると同時に見るのをやめたのだ。
続きは気にはなるが、またあのキスシーンのようなものを見てしまったら恥ずかしさでどうにかなってしまいそうな気がする。
サエナイは自室に行ってしまったが、彼はあのシーンを見てどう思ったのだろうか。
ヨウコはじっと天井を見つめる。
見つめる天井の位置からその上にはサエナイの部屋の位置だ。
「……」
おもむろに立ち上がると、物音を立てないようにリビングから廊下、階段を上り、たどり着いたのはサエナイの部屋の前。
ゆっくりドアノブを捻り、静かに扉を開けて中の様子を確認してみると、ベッドの上でうつ伏せ姿のサエナイが目に入る。
そのまま忍び足で部屋に入ると、勉強机の椅子に腰を下ろしてサエナイの顔を覗き込む。
その顔は間抜けで口からよだれを垂らしている。よだれを垂らしている様子からして、だいぶ深い眠りに入っているようだ。
少しいたずらしたい気持ちが沸くが、そこは少しの我慢。余計なことをして大好きな人の眠りを妨げることはしたくない。
「無防備にもほどがありますよ。キツが襲い掛かったらどうするつもりですか?」
思わずそんなことが口から零れ出す。サエナイが聞いていないと分かってしまったから、口に出しても大丈夫だと思ったのだろう。
その口が止まることはなく。
「キツは神様なので、許されなないことはわかっています……」
神たる存在が、一人の人間に固執することは許されない。
アミラはなにも言わなかったが、ほかの者が現状を知ればきっと何かしらしてくるだろう。
でも好きになってしまったのだから仕方ない。
本当であれば、神の領域に到達することなく死んでいたはずなのに、この命をサエナイに救われた。それがヨウコの心に大きな変化を与えてしまった。
まるで人間の娘のように、人に恋をしてしまったのだ。
今も無防備に寝ているサエナイにいじりたい気持ちがあるが、サエナイとの間に溝を作りたくはない。
ヨウコはサエナイの顔を満足するまで拝んだ後、部屋を後にした。
:
「ふわあ……」
思わず大きなあくびをしながらリビングにやってきたサエナイ。
ベッドに身を預けてから気が付けば位置時間が経過していた。
窓の外を見ていると、相変わらず雨が降り続いている。
こうも晴れる気配がないと、買い物には行きたくないが、そうもいかない。
ヨウコはリビングのテーブルをはさんでゲームをしていた。
時折ゆれる尻尾が可愛らしい。
「ヨウコさん。買い物に行きますけどどうしますか?」
「お供いたします!」
そうして二人はそれぞれ傘を指してスーパーに向かって歩道を歩いていく。
やはり雨のせいか歩行者よりも車通りのほうが多い。
高い湿度と少し冷える空気が、肌で感じる。
三月や四月の雨は花粉を落してくれるので有り難いが、梅雨の雨は有難みを感じない。
唯一雨で喜ぶのは植物くらいだろう。
そんなことを思いながら道を歩いていると、ふと自分たちの前を歩く人に目が行った。
別に見慣れない格好をしているわけではなく、単純に相合傘をしているだけだ。
恋仲なら一度くらいはやったことはあるだろう、くらいのもの。
「……」
サエナイは隣を歩くヨウコに目を向けた。
彼女のトレードマークともいえる狐の耳と尻尾は消えており、ただの美人な長身の女性になっている。
そんなヨウコも前を歩くカップルの姿をじっと見つめていた。
やはり気になるのだろうか。
ヨウコはサエナイのことを好いている。好いている人とああいうことは神様でもやりたいと思うのだろうか。
とそんなことを考えていると、車道をはさんだ向かいの歩道でもカップルが相合傘をしている姿が目に入る。も近くで二組のカップルが、それも相合傘をしている姿を目にするのは珍しい。
「あれ?」
思わずサエナイの口からそんな声が漏れてしまう。
それも無理はない。
何故なら三組目のカップルが目に入ったかと思えば、そのカップルも相合傘をしているではないか。
「何がどうなってるんだ?」
少しおかしい。サエナイとヨウコが向かっているのはどこにでもあるスーパーで、今二人が歩いているのは縁結びの何かがあるような場所ではないのだ。
違和感を覚えつつも歩みを進めていると。
「のわ⁉」
突然の突風がサエナイに襲い掛かると、サエナイが指していた傘が強風によりコウモリ傘にされ壊れてしまった。
「大丈夫ですか?」
「なんで風が」
ヨウコの心配そうな顔に大丈夫と返して、とりあえず壊れてしまった傘を怪我がしないように畳む。
ヨウコを見ていると、彼女が指している傘は無事で何ともない。
まるでサエナイの傘だけが強風に襲われたかのようだ。
何が起きているのかよくわからず困惑していると。
「彼女の仕業か。まあ、今日だけはご厚意に感謝しておくわ」
ヨウコが独り言のように何かを呟いた。
「どうしたんですか?」
ヨウコの様子が気になって声をかけてみると、彼女は何事もないように笑みを向けてきた。
「なんでもありませんよ? サエナイ様。濡れてしまいますのでキツの傘で相合傘をしましょう」
「すみません」
「お気になさらないでください」
断ってもよかったのだが、雨は容赦なく降り続いているため傘を指さなければ全身がずぶ濡れになってしまう。
流石にそれは避けたいので、ヨウコの提案に甘えることにした。
ヨウコが傘を指してサエナイがヨウコに身を寄せる形になる。
「もう少し身を寄せてくださいな」
「いや、その」
断る暇なくヨウコに腕を引っ張られべったりと体が触れ、サエナイは体を震わせた。
着物を身に着けているとはいえ感じるヨウコの体温。
ヨウコの様子を見ていると、彼女はとても満足そうな顔をしていて諦めるしかなさそうだ。
「……」
ヨウコとの相合傘を耐えながら何とかスーパーに来たはいいのだが、目の前に広がる光景にサエナイは言葉を失っていた。
いつもなら地元で暮らす主婦やお年寄りで賑わう店内のはずなのだが、自分たちと同じように買い物に来ていた客のほとんどがカップルばかりになっていたのである。
「今日の夜ご飯はどうする?」
「君を食べちゃいたいよ~」
「も~いつもそればっかり~」
などとピンク色に染まりそうな甘い会話を繰り広げるバカップルしかいないではないか。
サエナイは助けを求めるようにヨウコを見ると、彼女は目の前の光景に無反応に無表情で、サエナイ自身が可笑しいのではないかとさえ思ってしまう。
「と、とりあえず買い物でもしましょうか?」
「そうですね。あの女、露骨すぎなのよ……」
「はい?」
「何でもありませんよ。ささ、今日の夕食は何になさいますか?」
またしてもヨウコが何かを言ったように聞こえたが、また誤魔化されてしまったか。それともまたサエナイの気のせいか。
とりあえず買い物を済ませてピンク色に染まったスーパーを脱出したい。
バカップルたちの間を縫うように店内を歩きながら何を作るのかを考える。
魚料理もいいが今日はガッツり食べたい気分だ。
ヨウコに何が食べたいのかを聞くのもありだが、彼女は人間が作る料理を今まで食べたことが無い。
そのため、なるべくヨウコが家に来てから一度も作ったことがない料理にしたい。
野菜コーナーから生肉コーナーに来たとき。
「ひき肉が安いな~」
サエナイはそんなことを口から零しながらお肉を見た。
豚ひき肉が安売りされていたのだ。
せっかく安く買えるのだ。ひき肉を使った料理にしてみようか。
ひき肉を使った料理を頭の中で考えていた時。サエナイの隣にやって来たカップルの会話が耳に入って来る。
「ひき肉が安いよ? どうするダーリン?」
「僕はハニーのお肉が食べたいな~」
「お・ば・か」
よくわからない会話に思わず頬に汗を垂らすサエナイ。それに対してこれと言って反応を示さないヨウコ。
彼女のお肉が食べたいとはどういう意味なのか。言葉の内容を素直に受け取るなら酷いことを言っているように聞こえるのは気のせいだろうか。
彼女のお肉が食べたいということは彼女にお肉が付いているということで、それはもう喧嘩に発展しそうなものだが、もうそこの辺りは考えないことにしよう。
サエナイは自分の中でそう結論付けて、聞き流しながら買い物を再開した。
沢山作れてご飯も進む餃子にしよう。
「ヨウコさん、今日は餃子にしましょう」
「餃子とは何ですか?」
「生地でお肉と野菜を包んで焼いたものですよ」
「それは楽しみです!」
目をキラキラさせるヨウコを見て思わず笑みが零れてしまう。
と、目を輝かせていたヨウコは耳をピクピクと動かすと。
「サエナイ様、申し訳ありませんが少し野暮用を思い出しまして、離れてもよろしいですか?」
「はい、別にかまいませんが」
突然の用事とは一体何だろうか。気になるが買い物を済ませなければならないため、目だけで彼女を見送る。
「あ、傘忘れてる」
サエナイは自分の手元にある壊れた傘とヨウコが使っていた傘に目を落とした。
:
「……」
サエナイの元を離れたヨウコはスーパーを後にし、雨の中を傘をささずに歩く。
しかし彼女の体は一切濡れておらず、ヨウコに向かって降り注ぐ雨は彼女に当たる直前で弾かれていた。
ヨウコは力の一部を行使して体を囲うようにバリアのようなものを張っているのだ。
彼女は来た道を少し戻り、曲がり角を曲がって人気がないことを確認すると。
「なんのようなの?」
誰もいない場所で、誰かに話しかけるように口を開いた。
数秒の静寂。
「ふふ。面白そうなのが目に入ったから思わず、ね?」
そんなふんわりした声音が周囲に響きわたったかと思うと、地面を濡らしていた雨水が集まり一つの集合体を形成したかと思うと、グラマーな水色の長い髪を持つ女性が姿を現した。
その光景にヨウコは驚く様子もなく半目を作る。
「周囲の人間はすべてあなたの仕業でしょ? 余計なことしないでくれる? キツとサエナイ様の邪魔をしないで」
ヨウコの言葉を聞いた女性は目を丸くすると口元を抑えて笑って見せる。
「ふふふ、まさか人間にご執心とは驚いたわ」
面白おかしそうに口元を吊り上げる女性に、ヨウコはと明記を漏らす。
「キツにちょっかいを出してくるなんてお姫様の気まぐれというやつ?」
「私の名前がヒメだからってそう呼ぶのはやめてほしいわ~」
頬を膨らませて抗議の声を上げるヒメ。
「あなた魚なのだから池で大人しくしてればいいじゃない」
ヒメの要望などを気に求めないヨウコはさらに言葉を続けると、可愛らしく頬を膨らませていたヒメの表情が一変し、殺気に満ちた表情をヨウコへ向けた。
「私を愚弄するの? たとえヨウコでも殺しちゃうわよ? あ、それともあの人間をどうにかしてあげようか⁉ ぐ⁉」
挑発じみたことを口にしたとたんヒメは目に見えない力によって地面に叩きつけられ苦しい声を漏らす。
もがこうとしても身動きのできないヒメは、ゆっくり近づいてくるヨウコを見ていることしかできない。
だがヒメは余裕を崩すまいと口を開く。
「相変わらずの神通力ね。貴方のお母さまに似てずるい」
ヨウコはヒメの目の前まで来ると、しゃがみこんでヒメに顔を近づけ。
「人魚として生まれた自分の運命を呪うのね。サエナイ様に手を出したら、山ごと吹き飛ばすから」
総脅しを口にしながらヨウコは立ち上がり、ヒメに背中を向ける。
「ふふ、ヨウコのお母さまに現状を話したらどうなるかしらね」
「……」
ヨウコは毛を逆立たせると、拳に力を込めてヒメに振り向きながら殴りこむ。
「今すぐ死にたいようね!」
地面に仰向けの状態のヒメに拳がヒットするも手ごたえはなく、ヒメの体は数百の水の魚となって空気中に散らばった。
そしてどこからかヒメの声が響いてくる。
「まあ面白そうだから言わないでおいてあげるわ。次の機会に私にあの人間を紹介してほしいな。ふふ」
その声を最後にヒメは姿を現すことも声を発することもなくなり、ヨウコ一人だけになる。
「ふん。分身を飛ばしてくるなんてほんといけ好かない女神。紹介するわけないでしょ。どうせ力で誘惑するくせに」
ヨウコはヒメの住む山を睨みつけると、サエナイの元へ戻るべく方向転換。
「は~あ。後でサエナイ様に甘えようかしら」
そんなことを口から漏らし、長い髪を手櫛しながらその場を後にした。
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