第10話 初めてのゲーム
昨日のアミラとの一件から一夜明けた朝。
「ふわあ」
サエナイは大きな欠伸をしながら階段を下りていき、リビングへの扉を開けると、一筋の汗を垂らした。
リビングの床には、動物の狐の姿になったヨウコと、同じく蛇の姿になったアミラが寝息を立てていたのだ。
寄ったせいで元の姿に戻ってしまったのだろう。
数秒間二匹を見つめた後、何事もなかったかのように台所へ行き朝食の支度を始めた。
数十分が経過したころ。突然ドサッという音が聞こえ、リビングを覗いてみる。
「うう~頭が痛い~」
「立てない……」
うめき声を上げながら二人が床の上を転げまわっていた。
姿は狐と蛇の特徴を一部残した人の姿に戻っている。
頭を押さえながらイモムシのように床の上を動くヨウコと、まるで生まれたての小鹿のように立ち上がろうとしては転がるアミラ。
「ふふ」
二人の様子に思わず笑いを漏らしつつ、サエナイは台所に戻ると。
「二人ともこれを飲んでください」
そう言ってお椀によそいだものをテーブルの上に置いて見せる。
「うう~」
「んな~」
力を振り絞って何とかテーブルの前にたどり着いた二人は、お椀を両手で持って中に入っているものを飲む。
「ふわ~」
「体に染み渡るな」
ほんわかした様子の二人を見て、思わず笑みがこぼれる。
誠也が用意したのはみそ汁だ。
どうやらアミラも気に入ってくれたらしい。
一口飲んでは息を漏らす二人をそのままにサエナイは、学校に行くまでの間に家事をこなす。
学校に行かなければいけない時間になり、二人の様子を見てみると、また寝てしまいそうな様子だった。
「じゃあ学校に行ってきます」
「行ってらっしゃいませ~」
力ない手でリビングから手を振るヨウコに見送られ、サエナイは学校へ向かった。
:
「ヨウコさんに合わせて」
「僕ももう一度お目にかかりたい」
学校に到着するなり突然、優奈とゲンにそんなことをお願いされた。
珍しく優奈は授業が始まる前に学校に来ていて少し驚いた。
「どうして会いたいんだ?」
「あんなに美人な人と同棲してるなんて信じらえないし、いろいろと話を聞いてみた」
「僕も似たようなものだ」
まあ確かに二人が気になるのも無理はないかもしれない。
突然学校にやってきた高身長美人。しかもその人がサエナイの知り合いだと来た。
「本人に聞いてみないと」
ヨウコ自身が拒否すれば勿論二人を合わせる気はないが、内心ではヨウコはOKを出しそうな気もする。
いろいろと騒がしいことになりそうなだが、一応確認してみるか。
そう考えたサエナイは頷いて見せる。
「聞いてみる。大丈夫なら放課後連絡して家に来ていいから」
:
放課後になり家に帰ったサエナイはヨウコに聞いてみると。
「キツは構いませんが」
あっさり承諾を得た。
「本当にいいんですか?」
余りにもあっさり過ぎて不安になる。
仮にもヨウコは神様で、狐で、いろいろ気を付けなければいけないものがある気がするのだが。
「キツは構いませんよ? それに、サエナイ様にキツの正体を知ってもらっている以上、二人増えても大して問題ではありません」
「え~」
神様なのに本当にそれでいいのか。
話が広まって大変なことにならないか心配な部分はあるが、そこは後で優奈とゲンに話せば問題はないだろうか。
とりあえずサエナイは携帯を取り出して二人に連絡を入れた。
連絡を入れてから三十分ほどが経過したころ。
ピンポーン。というチャイムが鳴り響き、誠也は玄関の扉を開けて出迎える。
「は~い」
「きたよ~」
「お邪魔します」
優奈とゲンがそこには立っていた。
二人を仲に招き入れ、靴を脱いだ二人は洗面所に直行して手洗いとうがいをする。
二人は何度かサエナイの家に来ているため迷うことはない。
「あ、はいこれ、お菓子ね~」
「僕も持って来たよ」
なんだかゲンは緊張しているのか、普通の喋り方になっている気がした。
二人からお菓子の入った袋を受け取り、リビングへ案内する。
と、サエナイは優奈が背中に背負っているリュックに目が行く。
「それは何が入ってるの?」
「ゲーム機を持ってきた」
優奈の返答に思わず苦笑いが出る。恐らくヨウコに是非ともやって欲しいのだろう。
サエナイ家にはゲーム機は一つもない。サエナイ自身がゲームをやらないのが一番の理由だ。
扉の前に到着し、サエナイはリビングへの扉を開けて二人を招き入れた。
リビングに足を踏み入れた二人は、テーブルの前に座るヨウコを目にしてぴたりと動きを止め、じっと見つめる。
固まるのも無理はないだろう。なぜなら今のヨウコの姿は学校で会った人間のままの姿ではなく、人間の姿に加えて大きな狐の耳と尻尾を生やした姿だったのだから。
「ね、ねえ、なんか耳と尻尾が生えてるんだけど」
「あれはコスプレというやつでは?」
「それにしてはリアルすぎない? 違和感ないし」
「確かに。コスプレにしては尻尾の動きが自然すぎる」
困惑する二人のためにサエナイが改めて紹介する。
「こちら、お狐山の神様の狐ヨウコさんです」
紹介されたヨウコはゲンと優奈の前に立って奇麗な所作でお辞儀をする。
「初めまして、ご紹介にあずかります。狐ヨウコと申します。キツの将来の旦那様と仲良くしていただきありがとうございます」
「……」
サエナイはだんだん否定するのが面倒くさく感じてきてしまっていた。
「「よ、よろしくお願いします……」」
二人は呆気にとられながらも挨拶をするが、開いた口は塞がらない。
優奈が震えて指を差すと。
「そちらの尻尾を触ってみてもよろしいでしょうか?」
「!?」
「な!? 何を言ってるんだ君は! 神様の尻尾を触れようなどと!」
「構いませんが」
「え!?」
「やった~」
ヨウコからのお許しをお得た優奈は両手を上げて喜びを表現すると、遠慮を知らないのか躊躇うことなくヨウコのふさふさな狐の尻尾に抱き着いた。
「もふもふで癒されるな~」
とろけ顔を見せる優奈が羨ましかったのか。
「ぼ、ぼ、僕も撫でてよろしいですか??」
「ダメに決まってんだろ」
優奈は女子だから許したが、ゲンには触らせると何かしら問題が置きそうなので、ヨウコが言う前にサエナイが拒否。
「そうだぞ~ゲンはきもいから何をしでかすかわかったもんじゃないよ」
「ぐぬぬ、何もいやらしいことをするつもりはないが、確かに僕が触ってしまえば同人誌のワンシーンのような風景になりかねない」
意外と自制心のきく男だ。
「どうじんし? とは何でしょう?」
「ヨウコさんは知る必要はありませんよ。知ってはいけません。その領域には絶対に行かせません」
首を傾げるヨウコに、サエナイは待ったをかける。
流石に人間の世界を知らないヨウコさんにいきなり、斜め上を行くような知識を植え付けるわけにはいかない。
四人が会話をしていると。
「おい人間。我を置いて楽しむな」
そんな声がソファーのほうから聞こえて、視線を向けてみれば。
ソファーに寝転ぶ白い髪に白い肌が特徴的なアミラが口を尖らせていた。
「どうして帰ってないんですか」
「なに。我は暇なのでヨウコの様子を見てやっているんだ。あと居心地がいい」
絶対最後が本音だろうな。そう思っていると、何も知らない二人が興味を持たないはずがなく。
「サエナイ君。そちらの方は?」
「もう一人美人さんがいますな~」
「え~っと。こちらは蛇アミラさんです。以上」
「おい!」
雑な紹介をされたアミラは思わずソファーから立ち上がる。
「神に向かってその態度はなんだ! ヨウコはしっかり紹介しておきながら!」
「え? 神様?」
「もう一人神様?」
唖然とする二人。そして雑な紹介をしたサエナイに代わってアミラが口を開く。
「我は大蛇山を納める神。蛇ラミアである」
「神様が、二人?」
「え? ここってアニメの世界?」
困惑する二人の気持ちはよくわかる。ヨウコだけで凄いことなのに、まさかもう一人の髪様が当たり前のようにいるのだから。
「ふふん」
二人の反応に満足そうな顔を見せるアミラに、サエナイは苦笑いが浮かぶ。
自己紹介が住んだタイミングで、優奈が持ってきたものを取り出し始めた。
ゲームと共に生きている人だ。話すよりも一緒にゲームをしたくてしょうがないのだろう。
「それは何でしょうか?」
ヨウコが問うと、優奈は白く四角い物体を取り出して見せる。
「ゲームをやりましょう!」
「ゲーム?」
優奈はリビングのテレビとゲーム機をコードでつないでテレビの画面を点けてゲーム機の電源を入れると、テレビ画面にゲームの映像が映し出される。
「これがゲームですか」
「面白そうだな」
興味津々なヨウコとアミラをよそに優奈はコントローラーで画面を切り替えると、一つのソフトをお起動した。
「うわ~」
「はは」
そのソフトを見てゲンは嫌そうな顔を、サエナイは苦笑いを浮かべた。
優奈が起動したソフトはプレイヤー同士で戦う大乱闘格闘アクションゲーム。
それに対してゲンとサエナイが微妙な顔をしたのは、そのゲームは優奈が一番得意とするゲームだったからだ。
優奈はこのゲームでヨウコに自身の凄さを見せつけようと考えているのだろう。
「ゲーマーあるあるだな~」
思わず素の言葉が出るゲン。
「どうぞ」
そんなゲンの言葉など聞こえていないだろう優奈は、ヨウコとアミラにコントローラーを手渡した。
「これは……」
「なんだ?」
手渡された二人は初めて見るゲームのコントローラーを手に持つとボタンを押してみたり眺めてみたり。
「これはですね」
そうして優奈は二人の神様にゲームのやり方を丁寧に教えていく。
その様子をサエナイとゲンは眺める。
優奈はゲームのことになると精気を取り戻したように生き生きしていて、普段の気だるげな態度はない。
だからこそ。これから優奈に振り回される神様二人が可哀そうでならない。
一時間ほどじっくり練習したヨウコとアミラはだいぶゲームに慣れたようで、ぎこちなさは無くなっていた。
「では勝負と行きましょう!」
「サエナイ様、見ていてください」
「我の強さを見せつけてやろう」
三人はそれぞれ気に入ったキャラクターを選択し、ゲームが始めった。
このゲームは戦って画面外に弾き出せば勝ちという単純なルールだが、キャラクターにはそれぞれ特徴があったりと奥が深いゲームだ。
ヨウコとアミラはゲームにある程度慣れただけであって、ゲームの奥深さまでは理解できていない。
これは完全に優奈の勝ちは決まっているも同然。
サエナイも優奈とこのゲームをやったことはあるが、一度も勝てたためしがない。
酷い時は一ダメージも与えられずに負けたこともあるので、優奈がこのゲームにどれだけ本気なのかは身をもって知っている。
そして、ヨウコとアミラもその洗礼を受けるわけで。
「なに!?」
「そんな!?」
二人の神様の狼狽が漏れると同時に、キャラクター二体が、優奈が操作するキャラクターに吹き飛ばされ試合が決着した。
「わっはっは。どうしますか? リベンジしますか?」
神様二人を挑発する優奈。
「神様に調子乗るとか罰当たりもいい所だよな」
ゲンが素で愚痴を漏らしてしまう。
確かに人間の世界を知らない神様に対してこれはあまりにもあれだが、闘志の光をやどした神様がそこにはいた。
「お願いします」
「次は勝つぞ」
「ふふん」
二回戦目。
優奈はプロ顔負けのキャラクター操作で、二人に攻めにかかる。
「く」
「ぬ」
画面にかじりつく神様二人に対して容赦はなく。
「これで終わり!」
自身たっぷりの言葉を吐いて攻撃を放った時。
「え?」
優奈から間の抜けた声が漏れた。
それもそのはず。
ヨウコの操作するキャラクターへ完璧に決まったと思った一撃が、完璧なタイミングで防がれたのだから。
と思えばカウンターを受けて、優奈が操作していたキャラクターが場外にはじき出されてしまった。
「もう一度」
「やるか?」
唖然とする優奈に、二人の神様が問いかけた。
今度は二対一でやっていたのを一対一で勝負してみる。
アミラ対優奈。
優奈はコンボ技ではめるべく、積極的に攻めに行くも奇麗に防がれ避けられてしまい。
アミラは一瞬の隙を見逃すことなく完璧な操作で、コンボ技を決めて見せる。
その様は完全にプロゲーマー。
アミラに負けてしまった優奈は次にヨウコと対戦してみるが。
「なに!?」
思わずそんな叫びが出てしまうほど手も足も出ない負けっぷりを披露してしまった。
「……」
「……」
ゲンとサエナイは何も口を開けたまま唖然としていることしかできなかった。
二人は調子に乗る優奈に対して、悔しさをあらわにした神様を想像していたのだが、それが真逆になっている。
最初の優奈は消え去り、必死に操作する珍しい姿がそこにはあった。
それからというもの。
優奈は何度も挑戦したが、負け続け。
「えっぐ、ひっく、うう……」
「やりすぎましたね」
「楽しくてついな」
泣きべそをかく優奈と、申し訳なさそうな顔をする神様二人の絵があった。
サエナイとゲンも途中から優奈が可哀そうに思えていたが、優奈に勝てたことがない二人からすると少しすっきりもしていた。
「それにしても神様がここまでやるとは、流石は神様といったところだね」
感心するゲンだが。神様だから凄いというよりも、ヨウコとアミラが少しおかしいだけな気もする。
「うえええええええええええええええええええええええ!」
優奈は泣き叫びんながら家を飛び出して行ってしまった。
「申し訳ありませんサエナイ様。ご友人に酷いことをしてしまいました」
「いえいえ。大丈夫ですよ」
これで少しは優奈のゲームに関して自信過剰なところが変わるだろうか。
そう思っていたら。
後日。
優奈はサエナイ家のリビングで、ヨウコに対して頭を下げていた。
「私を弟子にしてください」
「はい?」
「……」
困惑するヨウコと唖然とするサエナイはそうしたらいいのか分からず、見つめ合うしかなかった。
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