第9話 二人目の神

 お狐山。サエナイが暮らす町を囲うように四つの山の一つ。その四つの山にはそれぞれ神様がいると言い伝えられており、お狐山は狐ヨウコの住まう山だった。

 そんなお狐山の山中で、可愛らしい狐たちは頭を悩ませていた。

「いったいどうしたらいいのでしょう」

「ヨウコ様を同行できる人はいませんからな」

「しかし、ヨウコ様を祭る側の人間のお嫁になるなど……」

「だがヨウコ様は我儘なお方だ。何を言っても聞く耳を持ってはくれないでしょう」

「いっそ人間をどうにかしてしまおうか」

「何をバカなことを! そんなことをすればヨウコ様に消されてしまう!」

「そもそも、人間に手を出すなどあってはならないことだぞ」

 狐たちは獣の姿をしていながら器用に後ろ足で立っては、前足で腕組みをして悩んでいると。

 突然、風が草木を揺らしたかと思うと、狐たちの前に一人の人影が姿を現した。

「使い達。ヨウコの気配がしないが、いったいどこにいるのだ?」

「「!?」」

「あ、貴方様は!?」

 その人物の姿を見た狐たちは、慌てた様子で姿勢を低くし頭を垂れる。

 人影といったが、上半身は人の姿、下半身は蛇の身体をしていた。肌は白っぽく、下半身の蛇の皮膚は奇麗な白。それに合わせるように髪も白い。目は赤く見入ってしまいそうなほど美しい。

 狐の一匹が頭を下げたままその者の名前を呼ぶ。

「アミラ様」

 名前を呼ばれたアミラは肩に届く程度の長さの髪を手櫛しながら口を開く。

「顔を上げてよろしい。で、ヨウコはどこにいるのだ?」

 アミラの言葉に、顔を上げた狐たちは顔を見合わせて頷きあうと、気まずそうに口を開く。

「こちらにお越しいただき大変申し訳ないのですが……ヨウコ様はただいまご不在でして」

 狐の言葉にアミラは首を傾げる。

「不在? 我たちの居場所は山だけだろう。それなのに不在とは一体どういうことだ?」

 どう言えばいいのか困りつつ、狐の一匹が正直に口にする。

「実は……人間の家におりまして……」

「人間の家だと?」

 アミラは可笑しそうにクスクスと笑って見せる。

「我たちは山から出ることなどないのだから、人間との関りができることなどないはずだが」

「わたくし共も詳しいことは……」

 それを聞いたアミラは唇の端をつり上げた。

「面白い。ヨウコがわざわざ山から出て行くほどの人間ということか」

 

       :


「さて。ヨウコがいる家はどこか」

 そう独り言を零しながら歩くアミラは、完璧な人の姿に化けて街中を歩いていた。

 しかし、少し気になることが。

「あの人凄くない?」

「やばいな」

 などと周囲を歩く人の視線とその人たちから時々、感嘆の声が聞こえてきていた。

 完璧に人の姿に慣れているはず。

 それなのだが、周囲から見られる。

 最初は不自然な部分があるのだろうかと心配していたが、自分の姿を見て可笑しなところがなく、一つの結論に至った。

 それは、自身の美貌に周囲の人間たちの心が奪われているからなのだと。

 そうに違いない。

 まあ無理もない。自分は神で、人間をはるかに凌駕する美貌を持っているのだから。我の容姿をその眼に焼き付けるがいい。そして崇めてもいいのだぞ。

 アミラ自信満々な笑みを浮かべ、優雅な足取りで目的地へ向かう。

 それから数十分。

 周囲の視線を感じながらも、ヨウコが住まう家の前にたどり着いた。

「確か、これを押せば人が出てくるのだったな」

 そう言って人差し指でインターホンのボタンを押す。ベルの音が鳴り響く。

「出てこないな」

 数十秒待っても出てくる気配はない。

 試しにもう一度押してみる。

 だが、それでも誰かが出てくる気配はない。

 さらにもう一回。

 さらにもう一回。

「ぐぬぬ。この我が直々に出向いてやったというのに、なぜ出てこないのだ! 出てこい!

 ヨウコめ、いつの間に生意気になったのだ!」

 それから何度も何度も繰り返しインターホンを押し続けるが一切の応答はなく。

「で、出てこい……」

 肩を上下させ、呼吸を荒げていたアミラは俯くと、玄関の階段に腰を掛けてうずくまった。

「出てきて……」


         :


「今日の夜ご飯は何にするのですか?」

「コロッケにしようと思います」

「キツもお手伝いいたします!」

「はい。お願いします」

 やる気満々のヨウコに笑みで返すサエナイ。

 サエナイとヨウコの手には、食材が入ったスーパーの買い物袋が下げてあった。

 二人は今。学校帰りにスーパーにより買い物を済ませた帰り途中だ。

 学校の帰り中なのに、どうしてヨウコが一緒にいるのかというと。

 ヨウコはお弁当を届けたあの日以来。度々学校にこっそり来るようになってしまったのだ。学校に行くたびにサエナイの目の前に現れては困らせる。その繰り返し。

 家で大人しく待っていてほしいのだが、ヨウコ自身、家事を終わらせた後が暇で耐えられないらしい。

 とはいえ学校に毎回、忍び込まれていては心臓が持たないのだ。

 最近のサエナイは、ヨウコが学校に来ていないか気が気でない状態で、授業に集中できていない。

 先生にバレてしまうのではないかとビクビクする日々。

 そんなサエナイの気持ちなど知る由もないヨウコは、学校で会うたびに屈託のない笑みを向けてくるのだから、怒るに怒れずサエナイの頭を悩ませている。

 心を鬼にして厳しくすればいいだけの話なのでが、これはサエナイの不甲斐なさが招いてしまっているとしか言いようがない。

 どうしたものかと、頭の中で悩みながらヨウコと帰路について数十分。

 家のすぐそばまでやって来たとき。ヨウコがなぜか立ち止まった。

「どうしたんですか?」

 サエナイが問うと、ヨウコが「ん~」と唸る。

「何やら同族の気配を感じます」

「え? それって」

 サエナイはヨウコが家に来たばかりのころを思い出した。

 あの時、狐の一匹がヨウコを連れ帰ろうと家に乗り込んできたことを。

 またあのようなことに巻き込まれるのは勘弁なのだが。

 そう思いながら自宅に向かって歩いていく。

 自宅が肉眼ではっきりと捉えることができる距離まで来たとき、何やら玄関の前にうずくまる人影が目に入り、ヨウコと共に向かう。

 そこには何やら白髪の女の人が玄関前の階段でうずくまっていた。

 サエナイはまったく見覚えのない人物に「だれ?」と首を傾げる。

 と、サエナイとは逆の反応を見せたヨウコが口を開く。

「アミラ? アミラじゃない!」

「ん?」

 ヨウコに呼ばれたその人は、うずめていた顔を持ち上げた。

 アミラと呼ばれた彼女の顔を見たサエナイは目を見開く。

 その理由は単純。

 ヨウコに負けない、思わず見とれてしまいそうになるほどの美しさだったからだ。

 白く奇麗な方に届くほどの長さの髪。それに合わせるように肌も白っぽく、まるで汚れを知らないかのよう。

 アミラの顔を見たヨウコは目を見開く。

「アミラ貴方、もしかして泣いてるの?」

「ち、違う! 泣いてなどいない! 我が泣くような神に見えるか!?」

 ヨウコに指摘されたアミラは、目じりに浮かんでいた涙を服の袖でゴシゴシと擦り服と勢い良く立ち上がった。

「そんなことより! 我がわざわざ来てやったというのに何度その態度は!」

「誰もそんなこと頼んでないわよ」

 必死に自分が泣いていたことを誤魔化すようにヨウコを指さし声を荒げるアミラと、そんな彼女に半目をつくるヨウコ。

 二人のやり取りを見ながら、サエナイはおずおずと口を開く。

「あの~、ヨウコさん。そちらの方は?」

 サエナイが問うと、ヨウコはサエナイに体を向けてアミラに向かって手を添えて答える。

「こちらは蛇アミラ。大蛇山の主です。キツの同類とでも言いましょうか」

「同類ってことは、神様?」

「ふん」

 先ほどの動揺ぶりはどこへやら。目を伏せ腕を組んで仁王立ちして見せる。

「いかにも。我は四つの山の一つ。大蛇山を統べるアミラ。この街の住人が崇める神の一人だ!」

「おお~」

 どう反応していいか分からず、サエナイはとりあえず拍手をしてみる。

 ヨウコという存在を知ってしまったため、今更二人目が出てきてもあまり驚きはしなかった。

「ん?」

 サエナイ首を傾げた。やり取りで全然目を向けていなかったのだが、アミラの服装に違和感があったのだ。

 違和感と言っても別にどこかの民族衣装のような特徴があるものではなく。逆に見覚えがありすぎる。

 それにはヨウコも思うところがあるらしく、アミラの服装を指さす。

「アミラ、その服は」

「人間たちを観察し、不審がられぬよう多くの人間が身に着けていたものを選んでみた。これで誰も我が神とは気が付くまい」

 自信たっぷりに言って見せるアミラだが、サエナイとヨウコは頬に汗を垂らした。

「サエナイ様。アミラのあの服は……」

「うちの高校の制服ですね……」

 そう。アミラが自信満々に身に着けていた服は、サエナイが通っている高校の女子用の制服だったのだ。

 サエナイ達が家に戻ってきたのは夕方。その少し前にアミラが家に来たのだとすれば、ちょうど下校中の学生が多い時間帯だろう。

 多くの学生が歩いている姿を見て、人が一番身に着けている服と勘違いしたといったところか。

 だが、背丈はヨウコと同じくらいで高身長。それだけならまだ身長が高い学生ということで妥協できるがのだが。それ以上に人間の域を超えた大きなお胸が、制服をぎちぎちと苦しめており、無理やり着てる感が凄いのだ。

 神様が相手なため口に出して言えないが、正直、大人向けの本などに出てきそうな見た目で、目のやり場に困る。

 何かを察したのか、アミラがサエナイを睨みつける。

「貴様、いま我を侮辱したか?」

「何も言ってませんよ?」

 目を逸らすサエナイは、慌てて話を振る。

「ここで立ち話も何ですし、家に入りましょう!」

 そう言ってサエナイは急いで家の鍵を取り出すと、玄関を開けて促す。

「さあどうぞ」

「まあよい。邪魔する」

「サエナイ様のお邪魔だけはしないでよ、アミラ」


    :


「どうぞ」

 サエナイはリビングでテーブルの前に座るアミラにお茶を出す。

 矯めつ眇めつガラスのコップとそれに入ったお茶を眺めたアミラは一口いただき。頷いてコップをテーブルの上に置く。

「悪くない」

 そんなアミラに対してヨウコはさっさと本題に入る。

「ここには何の用で来たの?」

 アミラはヨウコとサエナイの顔をじっと見つめると、口を開く。

「狐たちにヨウコを連れ戻すよう言われたのだ」

「!」

 その言葉聞いたヨウコはアミラから少し距離をとり身構えた。

 しかし、警戒するヨウコに対してアミラは寛いだ様子で手をひらひらとさせて。

「落ち着け。別に我はヨウコを連れ戻しに来たわけではない。ただ様子を見に来ただけだ」

「何のために?」

 訝しい表情のヨウコ。アミラはふっと笑みを見せると、ヨウコの隣にいるサエナイを見た。

「ヨウコが山を出ていくほどの人間がどのような奴か気になっただけだ」

 その言葉を聞いたヨウコはアミラが何もしてこないと分かったのか、警戒を解いて姿勢を楽にした。

「ほ~ん。で、キツが惚れたサエナイ様はアミラにはどう見えたの? やっぱりカッコよく見えた?」

 何か期待しているのか。ヨウコはいつの間にか出した狐の耳と尻尾をピコピコと動かしながらアミラに問う。

 その問いに、アミラはため息を漏らした。

「期待外れだった」

 ム。アミラのサエナイへの感想に、ヨウコは明らかに不機嫌な表情を浮かべる。

「見てみればただの人間ではないか。何か特別な力があるわけでもなし。瘦せたみすぼらしい体に頼りなさげな顔。いったいどこがいいのか理解できん」

「はは」

 サエナイは苦笑いを浮かべるしかなかった。面と向かってここまでハッキリと言われるとどんな顔をしていいか分からない。

 まあ言われた本人は対して気にしていないので何ともないのだが。サエナイの横にいるヨウコは顔をゆでたタコのように真っ赤にして怒りをあらわにしていた。

「聞いたのはキツなのであれですが、それでもサエナイ様の侮辱は許せない!」

「我は事実を口にしたまでだが」

「サエナイ様のいいところはいっぱいあるわ!」

「例えば?」

 アミラは言ってみろと足を組んで、手をくいくいと合図する。

「サエナイ様はこの家に一人で住み、家事をこなせる!」

「ほう」

「頭がいい!」

「ほう」

「料理ができる!」

「それで?」

「ん~……は! 優しい!」

 先ほどからヨウコの言っていることを隣で聞いているサエナイは、ちょっとした気恥ずかしさと苦笑いを浮かべていた。

 一生懸命にいいところを探して言ってくれるところは正直、嬉しいのだが。

 実際、ヨウコが先ほどから言っていることは一般的というか何というか。最後のはもうなにも出てこなくて絞り出した王道の回答。

 ヨウコ自身、人間の世界の常識を知っているわけではないので仕方ないのだけど。

 家事は幼いころから手伝っていたので、両親が出張しても難なくこなせている。

 頭がいいというのは、ヨウコが人間の文字など覚えるうえで、自分が知っている限りのことを教えたに過ぎない。

 料理は確かに、高校生の時点でしっかりやっている人はあまり多くないだろうから、これはあまり間違えてもいないのか。

 最後の優しいは、あんちょく。

「ん~、他には?」

「……」

 アミラの追加要求に、ヨウコは黙ってしまう。

 お茶を一口。喉を潤したアミラは息を吐く。

「我が求めていた回答はなかったな。やはり大した人間ではないということだな」

 吐き捨てるアミラ。

 プルプルと肩を震わせて俯くヨウコの様子に、サエナイは少し心配になる。

「ヨウコさん?」

「……だもん」

「ん?」

 アミラが聞き返すと、ヨウコは俯いていた顔をあげた。その眼には涙が滲んでいて、興奮しきった様子で。

「サエナイ様は大した人間だもん!」

 まるで幼い少女が必死に訴えるかのような様子で声を荒げる。

「突然押しかけたキツの我儘を聞いてくれて、ここに住まわせてくれて。婚姻を断ったにも関わらず、花嫁修業の手伝いまでしてくれて。優しくて。本当は川で溺れて死んでたかもしれないキツを命がけで助けてくれた。立派な人だもん!」

 溢れる涙を袖で拭くヨウコ。

「ヨウコさん……」

 ここまで必死に自分のことを言ってくれるヨウコは初めて見た。

 サエナイはアミラを見る。ここまで感情的になってまでサエナイのことを良く言ってくれる姿を見て、何か反応はあるはず。

「あばばばばばばばばば」

 アミラは激しく全身を震わせていた。

「アミラさん!?」

 ただ事ではない反応にサエナイは思わず声を上げる。

「どどどどどどどどどどどどd」

 壊れた玩具か何かのような反応を見せながらアミラは立ち上がると、足がしびれたのかおぼつかない歩き方でヨウコに近づく。

「どどどど、どうして泣く!? 泣くな! 泣かないでくれ! あ、あああああ、まさかヨウコが泣くとは思っていなかったんだ! 今まで涙を見せたことがないお前が泣くなんて、え、ええ~と。どどどうしよう、どうしよう! 頼む泣き止んでくれ! すまない! すみません! 言いすぎました! 我が悪かった!」

 初めて見るヨウコの泣き姿に、動揺が溢れ出しておかしくなってしまったようだ。

 両手をわななかせて焦るアミラ。

「はは」

 その様子にサエナイは思わず口から笑いが漏れる。

 どうやらアミラは根がいい人のようだ。ここまで人の泣く姿に動揺を見せる人はなかなかいない。

 挙句の果てには、アミラまで焦りすぎてどうしたらいいのか分からず、涙を浮かべている有様だ。

「おい人間! どうにかしろ!」

「え~」

 突然、アミラからのSOSにサエナイも困ってしまう。

 泣いている女性にどう接したらいいのか分からない。

 とりあえず頭を撫でてみる。

「大丈夫ですよ~」

 すると垂れ下がっていた尻尾が元気を取り戻し左右に揺れる。

 後は何といえばいいのか。

「アミラさんも誤ってることですし」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 アミラを見てみれば、首から離れてしまうのではないかというほど頭を激しく下げている。

 サエナイはヨウコの頭を優しくなでながらふと時計を見ると、六時を過ぎていることに気が付く。

「そろそろ夜ご飯の準備でもしますか。ヨウコさんは手伝ってくれますか?」

「手伝います!」

 ばっと顔を上げて目に涙を浮かべたまま顔を向けてきた。

 どうやらこれで収まったらしい。

 サエナイはヨウコを連れて台所へ向かい、コロッケを作りに取り掛かった。

 ヨウコには比較的簡単な作業をお願いし、分担して調理して聞く。

 その間アミラは、ヨウコの機嫌を伺うように覗き込んでは、ヨウコと目が合いそうになると隠れるを繰り返していた。

 そうこうしているうちにコロッケが完成し、千切りキャベツの上にコロッケが盛られた大皿に、みそ汁入ったとお椀と白米が盛られたお茶碗をテーブルに並べ、今日は一人多い三人で食卓を囲む。

「「いただきます」」

「いただきます」

 三人で手を合わせ、それぞれコロッケに箸をつけていく。

 アミラも箸を器用に使いこなしてコロッケを一つ掴むと、ぱくりと一口頬張る。

「!?」

 初めて食べるコロッケに目を見開くと、無言で口の中へ運んでいき、ペロリとコロッケ一つを食べ終わった。

「人間。いや、サエナイといったか」

「はい」

「先ほどは済まなかった」

 気恥ずかしそうに謝るアミラに、サエナイは笑みを浮かべる。

「大丈夫ですよ。さあ、どんどん食べてください!」

「うむ」

 みそ汁をお一口。白米を一口。アミラは夢中で箸を進めていく。

「キツはまだ許してない」

「う。で、では、謝罪のしるしにこれを」

 アミラは申し訳なさそうな顔をしながら、何もないところからスイカほどの大きさをした、ヒョウタンのような形の木で出来た容器を取り出しテーブルの上に置いて見せる。

「これは?」

 サエナイは見たことないそれに首を傾げると、ヨウコが少し興奮気味に応える。

「酒です」

「酒!?」

 言われてみれば確かに、お酒特有の独特なアルコールの匂いがふんわり漂ってくる。

 ヨウコは立ち上がるとそそくさと台所へ向かい、コップを三つ持って戻ってきた。

「さあ、サエナイ様も飲みましょう!」

「わかっているなヨウコ! さぞこの料理とも相性がいいだろう!」

 飲む気満々の二人に対して、サエナイはブンブンと両手を振る。

「いやいやいや! 俺は未成年で酒は飲めませんよ!」

「ダメですか?」

 身長が高いせいで無理やりな上目使いをしてくるヨウコだが、流石にこれは駄目だ。

「無理ですよ」

「そうですか、それは残念です。仕方ないのでアミラと飲むことにします」

「そうしてください」

 危うく未成年飲酒をしてしまうところだった。

 安堵の息を漏らすサエナイの隣で、ヨウコとアミラの二人がコップに酒を注いで乾杯する。

「上手い!」

「久しぶりの酒は体に染み渡るわ~」

 それから三十分程が経過した。

「うえ~い!」

「ふー!」

 サエナイは、頬に汗を垂らす。

 完全に二人が悪酔いしていた。

「うんうんうん。酒はいいよな」

「ゲフ、飲みすぎた~。でもまだ飲む~」

 酒をコップに注いでは一気に飲み干していく二人。

 恐ろしい。親も酒はたしなむ程度だったため、ここまで飲む人は初めて見たサエナイ。

「よっこらしょ」

 アミラがおもむろに立ち上がると、ふらつく足取りでサエナイの隣まで来てドスンと座りこむ。

 気が付けば、アミラの下半身は人間の足ではなく蛇のそれに変わっていた。

 頭をくらくらと揺らしながら口を開く。

「おいサエナイ!」

「はい……」

「おめえはよ! ヨウコのどこに惚れてんだよ~」

「いえ、別に惚れてるわけじゃ……」

 アミラの口から漂ってくる酒臭さに耐えつつ答えると、アミラは「はー!?」と大声を出す。

「こんな良い女だぞ! ガーッと行けよ!」

「え~……」

「オレじつは、ヨウコさんのこと見るたびに体がうずうずして、むらむらしてしょうがなかったんだ~。だから今夜は寝かさないぜ!」

 アミラが声を変えてサエナイのでたらめな演技を披露して見せる。

 すると、先ほどからサエナイの隣で酒を飲んでいたヨウコが、アミラの演技に反応してサエナイに寄りかかってくる。

「あ~ん。サエナイ様のエッチ~、獣の心を隠していたのですね~。でもそんなサエナイ様も素敵! 今夜と言わず学校など休んで一日使って愛し合いましょう!」

 サエナイを挟んでヨウコとアミラが寄った顔で両手を握り合って見つめ合う。

「あ~ヨウコさん」

「サエナイ様~」

「「ぎゃははははははははははははははは!」」

「……」

 サエナイは二人の勢いについていけず何も言えない。

 そんな茶番を挟んで一時間後。

 ヨウコとアミラはサエナイの前に並んで立っていた。

 二人は顔を真っ赤にしながら、体育祭の選手宣誓のように腕をまっすぐに上げて。

「キツは宣言します!」

「我も宣言します!」

「キツは必ず! サエナイ様のお嫁になります!」

「我は必ず! いい伴侶を捕まえます!」

 そして二人同時に床に倒れた。

 時刻は八時を過ぎたころ。

「ようやく寝てくれた~」

 疲れでため息をつきながら立ち上がると、後片付けをして。二階から布団を下ろしてくると、床で眠る二人にかけてあげ。

 リビングの灯りを消した。

 一人自室に戻ったサエナイは、そのままベッドに倒れ込んだ。

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