第4話 ヨウコと二人の初めての朝
瞼越しに窓から差し込む日の光を感じて、サエナイの意識は覚醒した。
瞼を開けたサエナイは寝起きで回らない思考のせいで、目の前に広がる景色がなにか理解するのに時間がかかってしまう。
いつもならば部屋の全体が目に飛び込んでくるはずが、目の前には見慣れないふくらみがあった。
そして、体に感じる温もりと、頭上から聞こえてくる人の息遣い。
目の前の情報と昨日の出来事が結びつき、サエナイの頭は一つの答えが導き出され、開口一番に言わないようなことを叫んだ。
「胸えええええええええええええええええ!」
血圧が上がることなどお構いなしに急いで身を起こして状況を確認する。
ベッドの上にはサエナイともう一人、高身長で完璧と言ってもいいプロポーションを身に着け狐の耳に尻尾を生やした超絶美人が、寝息を立てているではないか。
サエナイは彼をゆすって無理やり起こす。
「ヨウコさん起きてください! なんでここで寝てるんですか!」
「サエナイ様……」
ヨウコは無理やり起こされたため、覚醒しきれていない目を無理やり開けて欠伸をしながらゆっくりと身を起こした。
「おはようございます……」
「おはようございます。それでどうしてここで寝てるんですか?」
挨拶されたからにはしっかりと挨拶で返し、事情を聴く。
ヨウコは目をこすりながら周囲を見渡した後、サエナイを見て首をかしげた。
サエナイもその様子に思わず首をかしげる。
「どうしてキツはここにいるのでしょう?」
「それはこっちのセリフなんですが……」
まったく覚えがない感じのヨウコにサエナイは困惑を隠せない。
寝込みを襲いに来ましたとか、人肌恋しくてとかならまだ納得できないけど理解はできるが。
しかし、本人に自覚のないというのは。
サエナイはため息をつきつつ、ベッドから降りて扉へ向かう。
「朝食を作るので、下りてきてくださいね」
そういって足早に部屋を出て階段を降り、台所へ向かった。
サエナイは台所につくなりしゃがみ込む。
「心臓に悪いよ~」
先ほどの出来事、理性を何とか保っていたのだ。
一人の男子たるサエナイには心臓に悪すぎるハプニングだった。
昨日のお風呂での一件といい、先ほどといいショック死をしてしまうのではないかと不安になる。
朝起きて目の前にいきなりお胸が目の前にあったら誰だって叫びたくなるはずだ。
とにかくヨウコを起こして自分を保つのに必死だったが、軽くはだけていて、肩から鎖骨にかけて露になっていた。
そして美顔で向けられる眠そうな顔。
それらの要素がサエナイの男心を刺激してくるのだ。
まだ二日目で、これでは本当に頭が狂ってしまいそう。
今は何と朝食を作って気を紛らわせなくては。
サエナイは朝食づくりに取り掛かるべくポットでお湯を沸かし、冷蔵庫から八枚切りの食パンが入った袋と卵にベーコンを取り出した。
朝食が出来上がり、サエナイがリビングのテーブルに並べていると、廊下の扉が開かれヨウコがリビングンに入ってきた。
ヨウコの装いは寝間着姿から着物に変わっており、朝の眠たげな顔は消えている。
彼女はサエナイの目の前までやってくると、頭を下げてきた。
「先ほどは申し訳ありませんでした。醜態をさらしてしまいました」
「い、いや、別に気にしていないので大丈夫ですよ!」
突然の謝罪に困惑しながらもフォローを入れる誠也だが、気にしていた。
脳内にこびりついていて今まさに思い出してしまい、ヨウコを直視できない。
「本当でしょうか?」
「ほんとほんと! だからあのことは忘れましょう!」
手をブンブンと振りながら必死な様子のサエナイに、ヨウコは首をかしげる。
「なぜキツから目を逸らしているのですか?」
「そ、それは、ヨウコさんが眩しくて」
我ながらいったい何を言っているんだと思ってしまう。
なんの理由にもなっていない言葉に阿保らしいとサエナイが思っていると。
「そんな、キツが美しいだなんて」
という照れた声が聞こえてきた。
サエナイがヨウコに目を向けてみると、火照った顔を両手で抑えながら体をくねくねさせる彼女が目に入る。
どうやら誤魔化せた、のだろう。
そういうことにしておく。
さっさと話題を変えるべくサエナイはヨウコにテーブルを指し示す。
「朝食ができたので食べましょう」
「はい!」
笑顔で返事をしてくるヨウコはご機嫌な様子で座ると、サエナイが用意した朝食をすぐには手を付けずに眺め始めた。
その様子が気になったサエナイ。
「どうしたんですか?」
「いえ、初めて見るものばかりで」
ヨウコの言葉になるほどとサエナイは納得した。
ヨウコは山で暮らしていたのだから、こうしてしっかり調理されたものを見るのが初めてなのだろう。
サエナイはわからないヨウコのために、一つずつ説明していく。
「この白いのはパンと言って、小麦粉というのを使ったものです。次にこの黄色いのは卵を溶いて軽く焼いたものです。後はベーコンですね簡単に言うと塩気のあるお肉だと思ってください」
「ほほ~、いただきます」
サエナイの説明で朝食に強い興味を引かれた彼女。
しっかり手を合わせたヨウコはいい色にこんがりと焼けたパンにかぶりつく、サクっという食欲をそそるいい音がサエナイの耳にも届いてきた。
数回咀嚼して口の中にあるパンを飲み込んだヨウコは、幸せそうな顔を見せる。
「美味しいです」
そういって今度はスクランブルエッグを口に運び、いい感じのとろみで口の中に卵本来の味と味付けに加えた塩気が広がる。
次にベーコンを食べては目を見開き、ゆっくりと味を堪能。
頬に手を添え、狐の尻尾を左右に振り全身で美味しいと言っているのが見て取れた。
ヨウコの様子にサエナイも思わず口を綻ばせると、自分も朝食を摂るべくパンを手に取りその上にベーコンとスクランブルエッグを乗せていく。
「サエナイ様。それは何をしているのですか?」
「こうすると美味しいんですよ」
子供に自慢するかのようにニヤリと不敵な笑みを見せるサエナイ。そんな彼の様子に気になったヨウコは、先ほど一口食べたパンの上にサエナイと同様のことをする。
完成したそれを見たヨウコは、ごくりとのどを鳴らすと、口を大きく開けてぱくりとかぶりついた。
「これは!?」
目をカッと見開くと無我夢中で食べ進み、あっという間に食べ終わってしまった。
ぺろりと口の周りを舐めると、数秒間放心状態になってしまう。
「どうしました?」
ヨウコの様子に気になったサエナイは思わず言葉を投げかける。
「美味しくてつい」
「それはよかったです」
当たり前のように食べてきたものであるからこそわからなかったが、今までこういったものを食べてこなかった人が初めて口にすると、こんな反応を示すらしい。
ヨウコが特別オーバーリアクションなだけかもしれないが。
それから数分。
サエナイも朝食を取り合わり、用意していたコーヒーに手を付ける。
するとまたしてもヨウコが気になった様子で、サエナイが飲むものに興味を示す。
「サエナイ様それは?」
「これはコーヒーです。 気になるなら飲んでみますか?」
「よろしいのですか?」
「はい。少し待っててください」
そういってサエナイは台所へ、ヨウコには冷たいお茶を用意していたのだが彼女が飲みたいと言うのなら用意してあげなければ。それに、彼女がどんな反応をするのか少し気にもなった。
先ほど沸かした際のお湯が残っていたため、すぐにコーヒーは用意することができ、それをヨウコに持っていく。
「ありがとうございます」
サエナイにお礼をお口にしながら差し出されたコーヒーを手に取り、中身を確認した彼女は固まった。
「この茶色がコーヒーなのですか?」
「うん、そうですよ」
ヨウコに渡したコーヒーはブラックだと苦みが強いため、ミルクと砂糖を少し入れて飲みやすくしておいたのだ。
ヨウコはスンスンと匂いを確かめると、おずおずといった様子で口に近づけていき一口分を飲む。
「!?」
すると目を見開いた後、体をブルッと震わせていかにも美味しくないという表情を見せた。
「お、美味しいです……」
それでもサエナイが用意してくれたものである以上、不味いとは言えないといった感じで感想を口にした。
その様子がおかしくてサエナイはついクスクスと笑ってしまう。
「無理しなくても大丈夫ですよ。物好きが飲むようなものですし」
サエナイの言葉にブンブンと首を横に振り否定するヨウコ。
「い、いえ、そ、そんなことはありません。お、美味しいですとも! それはもう全部飲んでしまいたいくらいに」
そういってプルプルと震える手でもう一度飲もうと口に含むも、飲み込めず口をフグのように膨らませたまま動けずに、目じりには涙を浮かべている。
「本当に無理しないでください」
コーヒーは大人でも飲めない人は大勢いる。
これが飲めないからと言って何もないし、栄養があるわけでもない。
「台所に行って吐き出してきてもいいですから」
そういうと、なんのプライドなのかわからないが、首を横に振って拒むヨウコ。
それからヨウコがコーヒーを口に含んだまま数分が経過して、意を決したのかようやくごくりと飲み込んだ。
「の、飲めました……」
「が、頑張りましたね」
顔中に汗と、涙を浮かべるヨウコにサエナイは苦笑すると、時計を確認した。
「おっと、もうこんな時間か」
そういって食器を片付け始める。
時刻は七時半を過ぎていて、八時には学校に行かなければいけない時間だ。
「何を急いでいるのですか?」
「これから学校に行かないといけないので」
「学校?」
聞いたことのない言葉にヨウコは首を傾げた。
「俺みたいな若い人たちが生きていくために必要なことを学ぶ場所です」
そう説明すると、ヨウコは好奇心に満ちた顔を見せる。
「キツもついていきたいです」
その言葉にサエナイは困り顔をする。
確かに人間のことをほとんど知らないヨウコからしたら学べる絶好の場所かもしれない。
ただ、ヨウコは人間じゃないのと、見た目からして明らかに高校生と言える見た目をしていないのだ。
「ん~それは難しいですね」
「そうですか。それは残念です」
明らかにしょんぼりするヨウコだった。
八時を回ったころ。
「それじゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃいませ、サエナイ様」
丁寧なお辞儀でヨウコに送り出されたサエナイは学校指定の制服に身を包み、家を出た。
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