第2話ヨウコの正体

「……」

「……」

 夕方六時。いつもよりも早めの夕飯。

 リビングでサエナイが作ったカレーを食べる二人。

 ヨウコは美味しそうにご飯に夢中になっているが、サエナイは気まずい状態だった。

 思わず引き留めてご飯に誘ってしまったが、先ほど結婚を断ったにもかかわらずこうしているのは自分でも何をやっているんだと思ってしまう。

 しかも引き留めた理由は罪悪感からだ。そんな断って罪悪感を覚えるくらいなら受け入れてしまえと言いたくなるところだが、やはり過程を飛ばしていきなり結婚は受け入れられない。

 ちらとヨウコのことを見てみれば、花嫁衣裳から着物姿に変わり頬を赤らめてカレーにご執心の様子。

 一瞬で身に着けている服を変えられるとは羨ましい。

 こうしてヨウコを見てみると、改めて奇麗で美人だと思う。それに、出ているところは出ていて、モフモフな尻尾と耳を生やしている。

 本当に人ではないらしい。

こんな奇麗な人に結婚を申し込まれれば他の男どもは即座に受け入れていただろう。

 だがしかし、衝動に任せて受け入れてしまえば後でなにか痛い目に会ったりしてしまうのではないだろうか。

 それに、彼女が妖狐であること以外なにも知らないのだ。

 ヨウコがどんな人なのかは、昔助けたことがあり自分と結婚したがっているということだけ。

 もしかしたら彼女は詐欺師の可能性だってあるのだから。

 そこまで考えて本当に何故、引き留めてしまったんだろうと思う。

 このまま黙っているのも気まずいので何か話しかけなければ。

「あの~」

 と、ヨウコはカレーを食べる手を止めてピクピクと自慢の狐耳を動かすと面倒くさそうな顔をして、

「はあ、来たわね」

 愚痴をこぼした。

「何が来たんですか?」

 ヨウコの様子が気になって尋ねると。

 バリンッ。

「のわ!?」

 突然、リビングの窓ガラスが割れ、何やら物体が入ってきた。

 ヨウコは気にも留めずスプーンを動かしているのに対し、一人だけ驚いているサエナイなは、リビングに入ってきたものを見て唖然とした。

 一匹の狐がそこにいたのだ。見た目は可愛らしいのだが、様子から高齢の狐だろうか。体は痩せていた。

 その狐はヨウコの姿を見て目を見開いたように見えた。

「ヨウコ様!」

 何となく予想はできていたが、やはりこの狐も喋るらしい。声からしてオスの高齢。

「ヨウコ様! こちらにいらっしゃいましたか!」

「今食べてるから待って」

「ですが」

「まって」

「は、はい」

 ヨウコは狐を黙らせると、スプーンをもくもくと動かしてカレーを食べていく。

「あ、あの~。食べ終わりましたか?」

「まだ食べてる」

「はい……」

 静寂がリビングを包み込むなか、ヨウコは気に留めずカレーを食べていき。

 サエナイはカレーを食べることを忘れ、呆然と狐とヨウコを見守っていた。

 それから数分。

「ご馳走様でした」

 手を合わせたヨウコを見て、もう喋ってもいいだろうと狐が口を開く。

「ヨウコ様。山を離れてどうしてこちらにいるのですか?」

「キツはこの方に嫁ぐことに決めたの」

 そこでサエナイを見た狐はまるでキュウリを見て驚く猫のように跳ねた。

「こ、この人間にですか!? なりませんよ!」

「もう決めたの」

 至極落ち着いた調子で言うヨウコを見て、狐はサエナイの顔を見てあからさまな威嚇をして見せる。

「お前、人間の分際でヨウコ様にどのような言葉で惑わした!」

「い、いや俺は何もしてないですけど」

「嘘をつくな! たかだか人間の子供がヨウコ様と関わること自体おこがましい」

「そんなこと言われても」

 惑わす何も、急にやってきて求婚を迫ってきてどちらかというと、惑わされているのはこちらの気がするのだが。

 命を救われたからという理由らしいが、サエナイ自身身に覚えがないのだ。

「ヨウコ様がいったい誰なのか分かったうえでそのような態度をとっているのか!」

「さあ」

 彼女に関してはまったく知らない。

 サエナイの様子から知らないことを察したのか狐は言う。

「この町のすぐそこにある山の一つ。お前たちの言うお狐山の守り神こそ、このヨウコ様なのだ」

 何となく山の話は聞いたことがあった。

 サエナイが暮らす囲町(かこいまち)を囲うようにある四つの山。

 お狐山、大蛇山、魚山、鹿山の四つはそれぞれ守り神がいるとされている山で、町の中では有名は話だ。

 毎年の夏には、四つの山の守り神を祭る夏祭りが行われるほど。

 そして狐は先ほどヨウコがお狐山の守り神といったか。

「ん?」

 狐の言ったことを耳にして数秒後。サエナイの全身から汗が溢れ始める。

 ヨウコが守り神だと。

 確かにヨウコは狐の耳に尻尾を生やした姿をしていて人間ではなく、狐の姿に変身するところも、何もないところから金を出現させたり、服を一瞬で着替えるといった不思議なものを目の当たりにした。

 ヨウコは自分で妖狐だと明かしてもいて。

 サエナイは恐る恐るヨウコに目を向け。

「それは本当ですか?」

 確認の言葉を投げかけると、ヨウコはサエナイの様子を不思議がりながら、

「そうですよ?」

 その言葉を耳にして、サエナイは焦った。

 神様。神様が目の前にいる。そんな神様の求婚を断った自分は罰当たりなことをしてしまったのではないか。

 自分はとんでもない状況に置かれている。

 何も知らなかったとは言え、神様に対して失礼な態度をとってしまったのではないか。

 焦っているサエナイをしり目に、狐がヨウコに話を進めていく。

「山に帰りましょう」

「いや」

「ヨウコ様には山を守るという大事なお役目があるのですから」

「あんな退屈なところに居続けるのはこりごり。キツはこの方に嫁ぎ楽しく過ごすの」

「そこらへんにいる人間の一人ではありませんか」

「命の恩人です」

「例えそうであったとしてもヨウコ様のような存在が人間に関わるのは許されません」

「誰が許さないの?」

「それは、他の者たちです」

「お前たちの主はキツよ? キツの決めごとに指図するの?」

「そ、それは~……お三方が許さないかと」

「あの三人はそれぞれの山を守っているだけで関係ないと思うのだけど」

「く……」

 ヨウコと狐の言い争いはヨウコが優勢のようで、狐は何も言えなくなってしまった。

 ヨウコはどうしても帰りたくないらしい。

 どうにか連れ戻したい様子の狐はサエナイを見て、

「おい人間。ヨウコ様との婚約を破棄しろ!」

 すがるような勢いで言葉を投げてきた。

「あの、結婚はお断りしました」

「なに? それは本当か!」

「は、はい」

 それについては最初にきっちり断っているのだ。

 サエナイの言葉を聞くや不敵な笑みを浮かべて、勢いを取り戻した狐はヨウコを見る。

「ヨウコ様。どうやら結婚はできないようですね。そうなればここにいる理由もないのでは?」

「帰ろうとしたら引き留められました~」

「何をやっているんだバカ人間!」

「ごめんなさい……」

 言い返すことはでずバカと言われても仕方ない。数時間前の自分の頭を叩いてやりたい気分だ。

 ほかに手がなくなった狐。

「こうなったら」

「わ!?」

 狐はポンと狐の耳と尻尾を生やした状態で老人の姿に化けると、サエナイの首をホールドして、こめかみにまるで拳銃を突き付けるかのように人差し指を突き付けた。

「強硬手段です! 帰らなければ、この人間の頭を吹き飛ばしますよ!」

「え、えええ!? ちょっと待ってくださいよ!」

「ええい、うるさいぞ人間!」

 いきなり人質にされ、困惑をあらわにする。しかも頭を吹き飛ばされるかもしれないなどたまったものではない。

 帰ってもらおう。そうすれば自分の頭は無事で済む。

 サエナイは口を開こうとしたところで、

「ぐは!」

 そんな苦しいそうな声とともに、老人狐が後ろの壁に引き寄せられるように叩きつけられた。

「おいぼれの分際で生意気なことするじゃない」

 どうやら老人狐が壁に押し付けられているのはヨウコが何かをしたからのようだ。

 ヨウコはゆっくり立ち上がると、老人狐に近づいて睨みを利かせ、

「次に同じことやったらあんたの首へし折ってやるから覚悟しなさい」

「は、はい……」

「ということで、皆にも伝えておいてね」

「なあああああああああ!」

 老人狐は割られた窓から外に投げ出され、遠くに飛ばされていった。

 そのあと窓ガラスは魔法のごとく奇麗に直され何事もなかったかのように元通りになった。

 ヨウコは呆然としているサエナイの目の前に行くと、

「というわけで、この家の御厄介になってもよろしいでしょうか?」

「え」

「花嫁修業の一環ということで」

「いや、あの」

「今は結婚しなくてもいいので、これからキツのことを知ってもらいそれから決めてください」

「その」

「いいですよね?」

「だ、だから」

「ね?」

「う」

「ね?」

「……」

「ね?」

「は、はい……」

 今日、起こりすぎた嵐のような出来事によりオーバーヒートしてしまった思考回路で、強く迫られ、これ以上断れば本当に罰が当ってしまうのではという恐怖によって思わず承諾してしまった。

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