第51話 元服


 この四年でスサノオは背が伸び、少年というには違和感を覚える程になっていた。


 あたしも成長しているからまだ越されてはいないけど、時間の問題だろう。


 ただ体つきは華奢なままで、表情のあどけなさも残っている。


 以前は中性的な容姿から儚げな魅力があったけど、今は違う。


 少年ではないけど、さりとて青年と言い切れる程でもない。


 その不確かさに、妖しくえも言われぬ艶かしさを感じる。

 

 あたしは一緒にいて慣れているけど、以前にも増して初見の者には目の毒なんじゃないかな……。


 服は小袖を体の線に合わせ縫い上げた黒い細袖ほそでに、同色の丈の短い羽織を着ている。


 普段羽織を着ることはないけど、霜月しもつきの今日は特別。


 スサノオ十五歳の誕生日にして、元服げんぷくの日。


 元服することで、自立した者として扱われるらしい。


 本来は儀式を経て元服するようだけど、ここにはスサノオとあたしだけ。


 当然のように、儀式の用意などされていない。


 あたしはそれを味気なく感じ、せめて昼餉くらいは豪勢にと、スサノオが好きな物をこつこつ作り溜めていた。


 加えて、食べ物とは違い形に残る物を一つ。


 何も言わずに渡したけど、気付くかな?


 期待と不安が入り交じる中、いつもの縁側に腰掛けたスサノオが、こちらを見上げ羽織の内側をちらっと広げた。


「ありがとう 家紋を縫ってくれて」


 気付いていたんだ……。


 添えられた感謝の言葉もあり、胸がじんわりと温かくなる。


 初めて御当主様やツクヨミと会ってから、ずっと気になっていた。


 スサノオの服にだけ、家紋がないことを。


 それで新しく作られた羽織を見た際、思い付いた。


 表立って家紋を纏うのが許されないのなら、裏に縫ってしまえばいいと。


 ただ金糸や銀糸は手に入らず、白い綿糸めんしになったのが悔やまれる。


「ごめんね、せめて銀糸を用意したかったんだけど……」


 項垂うなだれるあたしに、スサノオが首を横に振る。


「これが良い それに好きだよ クシナと同じ色で」


「〜っ!」


 表情の乏しさは変わらないからこそ、言葉の威力が凄まじい。


 頬が赤くなるのを自覚し顔を背けたけど、気付かれずに済んだかな?


 いや無理か、真正面で向き合っていたし……。


 この時ばかりは、冬の冷えた空気がありがたい。


 両手で扇ぎ更に熱を引かせ、落ち着きを取り戻した頃。


 庭の外から、不意に足音が聞こえてきた。


 侍従頭を呼んだ覚えはなく、スサノオと一緒に首を傾げていると、そこには思いも寄らぬ方の姿が。


「久しいな」


「ご無沙汰しております、お兄様」

 

 現れたのは、御当主様とツクヨミだった。


 元服の祝いに来たのかと、本来ならそう思うべきなんだろうね。


 ただそれにしては、纏う空気が張り詰めている。


 酷く嫌な予感がした。


 しかもそれを裏付けるように、あたしの嫌いな雪が降り始める。


 白く、白く、はらはらと。


 親に売られた時に見たのと、同じように……。


*** お知らせ ***

いつもお読み頂き、ありがとうございます。

次週平日の投稿は火が1話、水木が2話ずつ公開し完結となります。

最後までお使い頂けましたら幸いです。

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