第39話 出迎え
翌朝、御当主様は夜番についた者を残し、再び調査に出掛けた。
今度はより山の奥を調べるらしく、世話役からも何名か荷物持ちとして同行するよう命じられた。
条件は体力に自信があり、山歩きに慣れていること。
スサノオのことが気になったあたしは、その役を買って出た。
里山で鍛えた足腰は、未だ錆び付いていない。
他の世話役より役に立つと思ったのだけど、兵達に同行を拒否され願いは断たれた。
あたしが近くにいるのはそんなに嫌ですか、そうですか……。
なら最初から連れて来なければいいのにと思ったけど、それじゃスサノオを孤立させると考え直し、屋敷で洗濯や炊事をがんばることにした。
ちなみに、同行を許されたのは身長が七尺はありそうな山女と、他数名。
他はともかく、山女は種族として見れば適任だろう。
調子に乗るな、とでも言いたげな視線を向けられたのには少々むかっときたけど……。
ただそれも、出立間際にスサノオが『ぼくは クシナがよかった』と耳元でこっそり囁いてくれたので、ささくれだった気持ちはあっという間に癒えた。
屋敷に残った世話役は、家事に明け暮れていた。
スサノオ達は出立したけど、夜番を担当した者が起きるのに合わせ食事を出さなければならない。
洗濯も次々と洗っては干すものの、洗った端からおかわりが来る。
夕刻には、もはや無心で作業するような有様になっていた。
たなびく雲が、輝く橙の光を帯びその色味を強めた頃。
山に造られた棚田の畦道を通り、屋敷へ戻ってくる一団が見えた。
「帰ってきた!」
思わず声を漏らしたけど、周りは気にした様子もなく。
むしろこれからが新たな修羅場だと、悲壮感さえ漂う顔をしている。
……そうだった。
出立した者の数は、少なくない。
しかも一日山を歩いたとなれば、昨夜以上に疲労し汚れもしているだろう。
昼間以上に忙しくなるのは目に見えている。
あたしは気を引き締め、到着するまでの間にできる限りの用意をすることにした。
戻ってきた御当主様達の出迎えは、予想通り大変なものとなった。
まずは水と食事を出し、防具を外すの手伝い、体を拭くための湯を何度となく沸かす。
あたしが世話することを嫌悪していた兵達も、疲れたのか今はそんな余裕もなさそうで、されるがままになっている。
スサノオの姿が見えず気掛かりだったけど、忙殺され探しに行く余裕はなく。
一段落しようやく周りが見えるようになると、遠くからぽつんとこちらへ歩く小さな影があった。
遠目でも、その歩みは酷く遅いことが分かる。
しかも時折ふらついているのを目にし、あたしは我慢できず屋敷を飛び出した。
背後から叱責が飛んできたけど、今は
僅かな残光の中、全力で駆ける。
朧げだった影の輪郭は、見慣れたものへ。
その愛らしい顔立ちは、鮮明に。
向こうも気付いたのか、震えながら手を伸ばしてくる。
あたしは手を掴み、ぎゅっと抱き締めた。
「よく、がんばったね」
片手で頭を撫でながら、朝とは逆にあたしが耳元で囁く。
気力を振り絞り、ここまで歩いてきたのだろう。
スサノオの体から、力が抜ける。
あたしはその場でくるりと回り、もたれ掛かる形となったスサノオを背負う。
ほんと、よくがんばったね……。
疲れが抜け切らない中、昨日よりも長く歩き通しだったはずだ。
なのに苦しくても、周囲から置いて行かれても、自分の足で帰ってきた。
以前、スサノオは自分のことを弱いと口にしたけど、そんなことない。
少なくとも、ちゃんと強くなっている。
預けられた体の重さを愛おしく感じながら、あたしは目立たぬよう屋敷へ戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます