第26話 平穏


 メイが来てくれてから、五日目。


 侍従頭の縫合が巧みかつ、塗られた軟膏が良く効いたのか、あたしの左腕はなんとか動かせるようになった。


 これは鬼としての生命力の強さ、というのもあるらしい。


 そう言われると、里にいた頃は大抵の傷が放っておけば治った気がする。

 

 例え、里で行き交う者がぎょっとするような傷だったとしても……。


 どうやらあたしは、逞しい方へと成長したらしい。


 あるいはたまに土間で見掛ける、黒光りする虫のように、しぶとく。


 ちなみに、女としてそれはどうか? という問いは受け付けないからね??



 あたしが一応働けるようになったことで、メイは屋敷へ戻って行った。


 メイがいる間、スサノオはあたしが出会った頃のように縁側で大人しくしていた。


 ただ、変わったこともあって。


 一つ目は、スサノオの食べる量が以前より増えたことだ。

 

 血を採った後だから、それは嬉しい変化だった。


 血肉を増やすには食うことだと、あたしは身を以て知っているからね。


 そして二つ目が、スサノオとあたしの過ごし方。


「うんしょ、うんしょっ!」


 無患子むくろじを浸けた水と汚れた服を桶に入れ、素足で踏む。


 夏ほど汗や脂も出ないので、汚れは簡単に落ちた。


 数枚ずつ丁寧に踏み洗いし、終わったものをスサノオに渡す。


「お願いね」


「んっ」


 一言応え、スサノオがぎゅっと絞ってから物干しに掛ける。


 物干しは少し高い位置にあり、踏み台を使い一生懸命手を伸ばす姿が微笑ましい。


 これが二つ目の変化。


 あたしの腕が前程に力が入らないのを見て、スサノオが家事を手伝うようになった。


 呼び方はともかく、それはまずいと断ったのだけど、ここで必殺の上目遣いおねだり。


 正直、ばれたら侍従頭に何をされるか分かったものじゃない。


 でも瞬きすらせず見詰めてくる黒い瞳に、あえなく陥落。

 

 結局、言葉に甘え頼ることにした。


 まあ、助かるのも事実だしね。


 洗濯を全て干し終え、抜けるような青空のもと、縁側で茶を啜る。


 茶請けは落ち葉と共に焼いた芋。


 熱々の芋を半分に割ると、甘い香りと一緒に白い湯気が立ち上る。


 芋を両手で持ったスサノオは、猫舌なのか栗鼠りすのように小刻みに齧っては嚥下していた。


 相変わらず表情の変化は乏しいけど、雰囲気が少し柔らかくなった気がする。


 口の端に付いた芋の欠片を取ってあげながら、あたしはこの穏やかな時がずっと続けばいいのにと、そう願わずにいられなかった。

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