第24話 変わる関係


 名前を伝え合い、互いの距離が縮まったように感じた、その日の午後。


 あたしは予想外のことに頭を抱えていた。


「どうしてもだめですか? 様付けは」


「いや」


 決して大きい声じゃないけど、きっぱりと拒絶するその口振り。


「じゃあせめて、丁寧な言葉遣いは……」


「いや!」

 

 思わず天を仰ぐ、あたし。


 ほんと、どうしてこうなったのだろう。


 この遣り取り、既に幾度となく繰り広げられている。


 何もおかしなことは求めていないはずだ。


 名前を知ったからには、様付けで呼ぶ。


 そして御当主様ではないにしても、丁寧な言葉遣いを心掛ける。


 しかし、そのどちらもスサノオ様……いや、スサノオは気に入らないようだった。


 特に言葉遣いは、あたしの意識が戻った直後の素に近い感じが良いらしい。


 全く、世話役としての立場も考えて欲しいのだけど……。


 子供か! と心の中で叫び、実際子供でしょ? と冷静なあたしが突っ込みを入れてくる。


 そんな柄にもないことをやっている間に、折れた。


 言葉の他に、上目遣いで真っ直ぐな瞳を向けられたのがまずかった。


 その愛らしさといったら……気が触れることはなかったけど、抱きしめたくなる衝動を堪えるのに結構な意志の力を必要とした。


 これは、いたいけな少年時特有のものだろうか。

 

 成長し、仮にそっちの方面で磨きが掛かるとしたら……。


 青都の大通りをスサノオが歩いた時の状況を想像し、怖くなった。


 あっという間にさらわれるか、スサノオを巡り血みどろの争いが起こる気がする。


 しかも老若男女、種族問わずで。


 御当主様とは違った意味でスサノオ、恐ろしい子…………。

 

 なおスサノオの要望に応えるにあたり、周りに誰も居ない時だけ、という条件は飲んでもらった。


 無礼な言葉を指摘され、あの侍従頭に斬られては敵わない。


 もっとも、何かしらで監視されていたら無意味な気もするのだけど。


 まあ、仕える相手の布団で寝たり、今更無礼の一つや二つ増えても大丈夫……大丈夫だよね? 大丈夫だといいなあ……。


 以前のスサノオを真似るように、縁側から遠く外を見詰める。


 今日は秋晴れで、雲一つない青空が広がっていた。


 あたしの憂いも同じように晴れてくれたらいいのだけど、そうはさせぬとでも言うように、茜色の着物に群青色の髪をした小さな影が縁側に立っていた。

 

 その髪は額と肩の辺りで綺麗に切り揃えられており、身の丈は三尺程。


 誰だろう、と疑問に思ったのも束の間。


「わらしは座敷童ざしきわらしのメイなのです! ありがたく思いやがって欲しいのです!!」


 勝手に自己紹介を始めた座敷童の口調に、あたしの憂いはより深くなるのだった……。

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