第5話 火車の旅


 テンマルさんを一言で表すと、胴体と後脚が荷車の大きな猫、だろうか。


 体長は二十しゃくくらい。


 柄は赤と橙の綺麗な縞模様で、短い尻尾がふりふり揺れている。


 機嫌が悪いのか毛は逆立ち、尻尾の揺れる動きも早い。


「そう怒りなさんな。嬢ちゃん、テンマルさんは馬や牛より速いだけでなく、腕っ節も強い頼りになる方なんよ」


「煽てても金は負けねえぞこんにゃろー!」


 ブンブクさんの言葉へ食い気味に返すけど、尻尾の動きが明らかにゆったりとしたものに変わっている。


 言葉以上に、体の方が感情をよく表すらしい。


 テンマルさん、可愛過ぎじゃないですか?


 そんな失礼なことを思っているのに勘付いたのか、『シャーッ!』と鳴かれあたしは慌てて荷車に乗った。


「しっかり掴まれこんにゃろー!」


 走り出す前に、ちゃんと声を掛けてくれるテンマルさん。


 可愛いだけじゃなく優しい……どうしよう、テンマルさんの愛らしさの底が見えない。


 愛らしさの対極にいるあたしは、嫉妬する気も起きずただただ感心していた……。



 荷車の上、景色が勢いよく流れる。


 ブンブクさんが言う通り、走るテンマルさんは速かった。


 遠くに見えていたはずの山並みが、瞬く間に置き去りにされていく。


 これだけ速ければ、荷車にしがみ付いていないと振り落とされそうなものだ。


 なのに実際は殆ど揺れず、むしろ秋の色に染まる野山や、真っ青な空を眺める余裕すらある。


 不思議に思っていたら、察したようにブンブクさんが教えてくれた。


「火車っちゅう妖しは、車輪が炎を纏い少しだけ浮いとってな。だから多少の地面の凹凸なんぞ気にせず走れるんよ」


 そう言われよく見ると、車輪が薄らと赤い陽炎のような物が纏わりついている。


 それでなぜ浮くのかは分からないけど、そういうものらしい。


 まあ、荷車の上で快適に過ごせるなら何でもいいか。


「それにしても、皮肉なものだなあ」


 伸び伸びと足を伸ばし、改めて思う。

 

 あのまま家に居たら、こんなゆったりした時間は味わえなかっただろう。


 それが売られることで、手に入った。


 たとえ、ほんの一時であろうとも。


「とにかく、今を満喫しよう」


 自分に言い聞かせ、荷車から身を乗り出し風を感じようとしたら、


「この先蛇行するから引っ込んでろばかにゃろー!」

 

 テンマルさんの小言が飛んできた。


 口は悪いけど、気遣ってくれているので大人しく座る。


 なおやはり口調は愛らしく、やり取りを見ていたブンブクさんは微笑ましそうにあたし達を眺めていた。




*** 参考 ***

二十尺:約六メートル

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