第3話 無言の離郷


 あたしを引き取りに来るのは、翌日だと言う。


 これには、さすがに驚いた。


 里は近くの都からも遠く離れており、呼んで直ぐ来れるような場所じゃない。


 つまり父親は、ずっと前からあたしを売ると決めていたことになる。


 前日になって言ったのは、大方おおかたあたしに逃げる時を与えないためだろう。


 そこまで考えが及ぶと、なんだか笑えてきた。


 売られる先が、気にならい程に……。


 

 翌朝、荷車に乗って現れたのは丸い耳と目に大きなお腹をした、茶色い壮年の妖狸ようりだった。


 妖しの中でも商売を得意とする種族で、都に立派な屋敷を持つ者も多いらしい。


 妖狸は父親と幾つか言葉の遣り取りをし、小さな袋を手渡した。


 恐らく、あれがあたしの値段。


 大きさからして、大した額ではないだろう。


 けどこんな辺鄙へんぴな里で暮らす家族……だった者には、ありがたいはずだ。


 そうでも思わないと、気持ちが片付かない。


 何の意味も価値もなく売られるくらいなら、山でひっそり土に還ってもよかったのだから。


 引き戸の閉まる音が、後ろから聞こえる。


 それ以外に、聞こえるおとは無い。


 妖狸に促され、荷車へ向かう。


 俯きながら歩く、その時。


 ふと、白く小さな物が視界に入り込んだ。


 見上げると、季節外れの雪が降っている。


 手のひらで受ければ、直ぐに溶けた。


 雪は、溶けて色を無くせる。


 白であることから逃れられない、あたしと違って……。


 やっぱり、雪は嫌いだ。

 

 ただ、今は少しだけ感謝してもいい。


 周囲を霞ませる雪が、思い出も霞ませてくれたから。

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