第87話 盟神探湯(くがたち)

087 盟神探湯(くがたち)


鍋は非常に大きなもので、今は抜かれているが、4本の丸太を刺し、8人で其れを持つようになっている。まあ、神輿のような持ち方だと思ってくれればよい。

そして神輿の代わりに、熱湯風呂のような鍋がデ~ンと置かれているような感じである。

さっき迄、たかれていたのか、蒸気の上り方は相当なものである。


嘘をついていなければ、火傷しないなどといわれているが、本当にそんなことが起こるのかはわからない。おそらく、それは嘘であろう。

絶対に火傷して、そして、有罪判決からの火炙りコンボが発生するような仕組みなのだ。

そう、これは謀略なのだ。


容疑者はたとえ無実であろうとも、それを抹殺するための装置なのだった。


「熱湯が入っているんだから、熱いに決まってるだろう、やめろ馬鹿野郎」

男は逆らうが、兵士たちはそれを取り押さえ、鍋に押しやっていく。


「罪なくば、火傷することはない」と天使デブガエルがにやりとしている。

「本当なんだろうな」

「そうだ」

「じゃあ、お前が先に試せ」と男は言う。


「私に、罪なぞあろうはずがない」とデブガエル。

「やって見せろ、カエル野郎」

「この無礼な偽貴族の腕を漬けろ!」


枷をはめられた腕が、ぐいぐいと引っ張られていく。

「やめろ!熱いに決まってるだろ、やめろ!」男は叫ぶが勿論止めてくれるはずもなかった。


「ぐお~」真っ赤に染まる両腕。

異端審問官は、満足の笑みを浮かべた。


熱湯なので当然熱い、大やけどである。

「え!熱くないぞ」

男は素っ頓狂な声を出す。

心頭滅却すれば火もまた涼し、なのか?

男は、何事もなく、腕を上げた。両手からは、ものすごい蒸気が立っている。

本来ならば、火傷で動かすことも難しくなるはずだったが、男はなんともなさそうに動かす。


「見たか、私は無罪である」男は湯気を立てながら言い放った。


「馬鹿な!そんなことは・・・」カエル男が、驚いている。

可哀そうな被害者はすべて、火傷を負って、ギャアギャアと喚いてきたのである。

こんなことが起こるのか?本当に奇跡が起こったのか?ハマークは一瞬思考の彼方へ行ってしまう。


「もう一度、やり直せ!」

「神を2度も試そうなどと思い上がりも甚だしいわ!」今度は男が咆哮する。

枷がはじけ飛んだ。もともと、そのようなもので止めることができるようなではないのだ。

「お前の罪深さを試してやる」男は、右腕をつかんでいた兵士の頭をつかんだ。

それは、いままでの男の力とは明らかに違っていた。鋼鉄のような指が兜にへこみを作り、逃げ出すことなど不可能だった。

「さあ、貴様に罪はないか」万力のような剛力が兵士の頭を鍋に突っ込む。

ギャアと言おうとしたが、熱湯が喉を焼き尽くす。


顔に大やけどを負った兵士はその場に倒れこむ。

「どうやら、なんらかの罪があったようだな」


その場が凍り付く。

反対側の兵士も捕まっていた。男の力はそれほど強いのだ。

2人目の犠牲者も同じように大やけどを負って倒れる。

「こいつも、罪があるのだ。異端審問官どの、私は2人も異端どもに罰を代わりに与えてやりましたぞ、ほめてくだされ、さあ」異様な雰囲気の笑顔で嗤う男。


その二人は神聖騎士団の兵士であり、異端であるはずがなかった。


「私の勘がまだ、異端者がいるといっている」男は周囲を見回す。

実に奇怪なことだが、この場では、盟神探湯(くがたち)を乗り切ったこの男こそが、罪のない人間として存在していた。


「討ち取れ!」異端審問官が命令する。

「黙れ!背教者め!私は、神の奇跡により、無実であることを証明されているのだ!」

神聖騎士団だけに、この発言が大きく団員達を動揺させる。


一瞬の動きすら追うことができずに、異端審問官が男に吊り上げられる。

「!」男の手がゴーダ・ハマークの首に食い込んで宙に吊り上げたのだ。

「さあ、一番怪しいのは貴様だ。しっかりと潔白を証明して見せよ!」バタバタと足を動かして男を蹴るが、そんなもので男はびくともしない。


「やめろ!やめてくれ!」何とかしゃべることができるようなった異端審問官。

「大丈夫だ、神は見ている、貴様は奇跡を起こすだけでよい」

「熱湯なんだぞ、熱いに決まっているではないか」

「そんなことはない、聖水を煮たものである、罪のないものには、熱さは感じられんはずだ、確かお前が言っていたのではないのか」

「嘘に決まっている!これは近くの井戸の水だ」

「大丈夫だ、私が聖水にしてやったのだ、奇跡を見たろう」

「嫌だ嫌だ、助けてくれ、教団で貴様を聖人に推薦してやろう」


「ありがとう、私は、薄汚いデブガエルを消毒し、世界に救いを与える聖人ということにしておいてくれ」


「gyaa~~~~~」魂消る絶叫がホールに木霊する。

何人かの兵士はその光景と声により嘔吐した。


全員が絶望を感じ、男の手で心臓をつかまれたような恐怖で顔を引きつらせていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る