第86話 異端審問官

086 異端審問官


男の館が兵士たちに包囲される。

しかし、今日は門番すらいなかった。

さては、逃げられたのか!

兵士たちは、元貴族館の敷地にずかずかと侵入する。

そして、扉を押し開ける。

エントランスに人影はない。

やはり!さすがに部隊の移動は、目立つので、情報をキャッチされたのか。

「探せ!」

命令が飛ぶ。

彼らの痕跡を捜索しなければならないからだ。

だが、エントランスから上に伸びる階段の踊り場に男が現れる。

「無礼者め、ここが貴族、ルセール・ド・ツク・ゾーレオパルディアの屋敷と知っての狼藉か!」

目標の貴族が現れたのである。

「逃げていない?」

「逃げるとは、なんだ貴様、私がなぜ逃げねばならない」

「お前には、異端の疑いがかかっている。異端審問官ゴーダ・ハマーク様が直々にお見えになっている」


「そいつは貴族ではないだろう、何を偉そうにしている」

神聖騎士が真っ赤な顔になった。異端審問官とはまさに泣く子も黙る恐怖の対象である。

目をつけられたら、火炙り決定という、必殺技を持っているのだ。


「それより、貴様ら貴族の屋敷に不法に踏み込み追って、手打ちにしてくれる、そこに直れ」

「威勢がいいのは、結構だが、貴様はもう逃れられん」


「そうかな、俺もお前に教えておいてやる、この屋敷に踏み込んだものはとな」


「貴様が異端者か!」その時でっぷりと腹が出て、眼鏡をかけた、デウス教団の司祭の格好をした男が入ってきた。


「異端者かとは、すでに決まっているような口ぶりだな、このデブガエル」

「何をほざいている、儂はデウス教団異端審問官ゴーダ・ハマークである、控えよ」


「アーマベルガー教団ではないのか」

「減らず口を聞いていられるのも今のうちだけだ、とらえよ」

数人が階段を駆け上がる。

腕をとろうとするが、逆に、手首をつかまれ、関節を極められると、すいっと、階下に投げ落とされ悶絶する。

二人三人と同じような悲劇に見舞われる。確実に手首を折っているところがこの男の凶悪なところである。


「もっとかからんか」

「はい」ざざっと数十人が襲い掛かる。

「下がれ!下郎!」裂帛の気合の入った声が、兵士をピタリと止めた。


「まあ、せっかく来たのだデブ天使デブガエル・ハマークよ、貴様の異端審問とやらに付き合ってやろう。」

「手枷をかけろ」すぐに木の枠の手枷が男の両手にはめられる。


男は素直に、手枷をはめられてやる。

「レベル30程度では、この手枷は砕けんぞ」と兵士。

「そうかい」男はにやりと笑った。


「では、即席だがここで審問を行う。ルセール・ド・ツク・ゾーレオパルディアよ、貴様には、邪な魔術を使った嫌疑がかけられておる。相違ないか」

「邪な魔術とはなんだ」

「近衛の隊長が不審な死に方をした、貴様が何らかの魔法を使ったのであろう」

「何らかの魔法とはなんだ」

「血を噴出させて殺す魔術のことだ」

「お前は、その魔術を知っているのか?」

「白状しろ」

「証拠もないのに裁くつもりか」

「お前は自分が潔白であるというのか?」

「勿論だ、貴様のように薄汚れてはいないぞ、デブガエルよ」

「そうか、ならば、あれを持てい」デブガエルはいやらしい笑顔を浮かべ、何かを持ってくるように命令する。


数名の兵士たちが慎重に持って入ってくる。

それは、鍋だった。

しかも、中の水分は沸騰した後なのか、もうもうと湯気を立てている。

「これは、聖水を沸騰させたものである、貴様が嘘を言っていれば、この聖水は熱いはずだ。嘘がなければ、聖水は熱くないのだ」

どう見ても、沸騰直後の水は誰でも熱いはずだが、天使デブガエルはそういった。

そう、かつて日本でも試されたという盟神探湯(くがたち)である。

これほどの熱湯で熱くないなどと、無罪の人間はいたのか?と考えそうなものである。

「お前が無罪なら、熱くないはずだ、さあ、手を入れてみろ」

「少し、聞きたい、この熱湯は、悪い奴には誰でも熱いのか」

「そうだ、貴様のような悪人には、熱傷を負わせるだろう」デブガエルは勝ち誇ったように、眼鏡をクイとあげた。


「さあ、腕を漬けよ」それは男に言っているのではなく、両側を挟む兵士に命令しているのである。

枷をはめられた腕が、ぐいぐいと引っ張られていく。

「やめろ!熱いに決まってるだろ、やめろ!」男は叫ぶが勿論止めてくれるはずもなかった。


「ぐお~」真っ赤に染まる両腕。

異端審問官は、満足の笑みを浮かべた。



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