第85話 不穏な空気

085 不穏な空気


次々と冒険者と召喚者たちが帰ってくる。

彼らの攻略は着々と進んでいる。

しかし、その冒険の報告をするためギルドに戻ってきたとき、ありえないような事件が発生していた。

近衛隊の隊長が、怪死していたのである。

ギルド内にはまだ血の匂いが漂っている。


「これは一体!」

勇者チームの勇者が近衛隊の兵士に聞く。

「あの、似非貴族のルセールの悪逆な魔法です。隊長が殺されました」

「こんな死に方をするような、恐ろしい魔法があるのですか」

全身から血を噴出して死ぬなどとは、正気の沙汰ではない。


「きっと、悪魔の魔法に違いないのです」

「ルセール・ド・ツクを倒してください」


しかし、その言葉が激烈な反応を産んだ。

「閣下を倒すとは何事だ!貴様!」一斉に、彼らド・ツクの親衛隊が刀に手をかける。

そう、彼らはド・ツクの親衛隊だと教え込まれている。彼の為に死ぬ、そのために生きているのだ。

今までは、普通にうまくやってきた冒険者が初めて見せる、普通でない反応だった。

「勇者様方、もしや我が主人を愚弄なさろうなどといたしますまいな」彼らは、相当に手練れである。

「そうです、我等は、閣下の命令であなた方の先導を行ってきたのですよ」


「事情を聞かせていただけませんか」と勇者。

「我らは、その必要を感じませんし、主人が決めることです。しかし、これだけは肝に銘じていただきたい。主人に手を出すということは、私たちを一人残さず倒してからになるということを」

「それでは、早く閣下に情報を提供しなければなりません」

30名の親衛隊やユーゲントたちが一斉に帰り支度をする。


「これでは、明日からの先導は期待できそうもありません」

「勇者様、悪魔は駆逐しなければなりません」と王国の近衛隊員。

「悪魔ならということでしょう、まずは証拠がないと、我々はそう簡単に動きませんよ」

勇者チームの戦士がいう。

勇者は考える、彼らなら、自分たちで倒すことはできる。

そして、その主人は今日初めて、30階層突破を達成した、一人前の冒険者となったのである。常識で行けば簡単に討ち取れるはずなのだが・・・。


しかし、その中で5人の同級生たちが死んだという。まあ、あまり良い人間というわけではなかった。どちらかというとその反対側にいるような人間なのだ。

それでも、この世界では簡単に死ぬという事実が、意外に衝撃だった。


そういえば、一緒に召喚されたおっさんはすでに死んだという。

そのおっさんの手切れ金をふんだくったと死んだ5人のうち一人が言っていた。

因果応報か?勇者は比較的普通の考えだった。


もっと、演習に力を入れなくては、簡単に殺されるではないか?

勇者は一抹の不安を感じた。この世界の真相はもっと弱肉教職なのであることを。


勇者が簡単には、力を貸さないと分かった近衛隊は、次善の策を練っていた。

隊長の死を早馬で王都に知らせる。

そして、その死に方は、異常なものであった。

悪魔的な魔術が使われた可能性がある。

そして、それを主導するのは、ルセール・ド・ツクという隣国の貴族の鍛冶屋である。

それは、自分たちの近衛隊、および神聖騎士団の応援を画策する内容であった。


そして、それは見事成功し、王国近衛隊1個大隊(約500)が王都を進発する。

同じくして、教団の異端審問官と神聖騎士団の中隊(約150)が進発を開始する。

戦力としては、すでに小規模紛争クラスの騒ぎになっていた。

迷宮都市までは、約1週間の時間がかかる距離である。


その後1週間は何事もなく過ぎていった。

そして、その日、ついに部隊が到着する。

直ちに部隊は展開を開始し、貴族屋敷は蟻のはいでる隙間もないように包囲される。

勿論、比喩的表現なので、現実には蟻は逃げることができる隙間はある。


彼らのシミュレーションでは、対貴族用に異端審問官を当てる。

異端審問官にとって、国の領域など関係ない、デウス=アーマベルガーを信奉しないものを火炙りにするだけである。

そして反抗する場合は、騎士団と近衛隊が攻撃殲滅するという作戦が考えられていた。

さすがに、強いといっても、これだけの数で押せば簡単に抹殺することは可能だと踏んでいた。しかし、彼らの考えていた敵は、男の親衛隊のみであった。

何か大きな計算間違いの上にたった作戦なのであった。


召喚者たちは、その事件にかかわることなく、迷宮攻略を続けていた。

彼らは、魔王を倒すために召喚されたのだ。

そして、未だ魔王は存在していない。

自称魔王は存在したことがあるかもしれないが、それはあくまで自称に過ぎない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る