第72話 刀法不敗流剣術の弟子

072 刀法不敗流剣術の弟子


その男は、かつて剣法を学んでいたが、決して出来が悪かったわけではない。

それどころか、その師すら超える剣技を繰り出すことに成功する。

だが、免許(免状ともいう)はもらえなかったのである。

免許とは、その流派の師匠をすることができるというお墨付きである。

〇〇流免許皆伝とは、〇〇流の先生になれるという意味であり、皆伝とは、すべての業を授けたよということだ。

つまり、この人に〇〇流を習えば○○流のすべての業を学べるよということである。


男は、それらの○○流と呼ばれる剣術のかなりの部分を習得していたことがあったのである。

日乃本にあったといわれる剣術のかなりの部分である。

その開祖、高弟たちと交流があったのである。記憶ははっきりしないが。


だが、男のやることは、常に殺しであった。

戦国の世、剣により終わらせるのだという考えが、開祖たちには強くあったのである。

護るための剣、生きるための剣、人を生かすための剣。究極的には、それらを剣術の中に求めているのであった。(護法の剣、救世の剣、活人剣などの精神的思想である)


男には残念なことにそのような要素が欠落していた。

技を教えれば、より効率的に相手を殺すように磨きをかけるのであった。

だからこそ、師匠たちは、彼には免許を与えることはしなかった。

殺人剣を広げたいわけではなかったからだ。

自分の剣法が殺人剣と思われたくなかったのである。

だが、そんなところとは別に、奥義と呼ばれる技を次々とコピーして自らのものとしていったのである。

ゆえに、かなりの流派の奥義を使うことができるのである。

それをさらに、改良して、効率的に死体を生産するための技に生まれ変わらせていく。

それが男の剣法だった。

幸いにも、記憶の混乱で、うまくつながることはなかったのであったが、ここへきてついに、それは連結されていくことになってきた。

この世界にとってはとなるということだ。


そして、いまその殺人剣の弟子が大量に生産されようとしているその瞬間が今ここにある。

「うむ、いま儂は弟子たちをこうも大量に持つことになるとはな」と男はご満悦だ。

いままで、弟子志願者はいなかったのである。

皆、高名な師匠たちの弟子になったからである。


「よかろう、皆弟子入りを認めよう、儂の修行は厳しいぞ」と男。

「はい、先生!」アル以外は、皆膝を折った。

「うむ、しかし刀がないな」

「大丈夫ですよ、ご主人様」そこに花のような笑顔でおんなが現れる。

男は知らないことだが、女たちは常に、男をある方法(あらゆる方法)で監視しているのだ。

ゆえに、一挙手一投足まで見ているのである。


「袋竹刀をご用意しました、練習はこれで行うのがよいでしょう」

別の女たちが、弟子たちに袋竹刀を渡してゆく。


女は男の頭の中の分解された記憶のほとんどをつなげることが可能だった。

ゆえに、剣術の修行には、これが必要であることがわかっていたのである。


「御主人様のおつくりになる刀は、生徒が免状を得たときに、差し上げれば、弟子たちもそれを励みにするのではないでしょうか」

「おお、それは良い」

「ありがとうございます、奥様」弟子たちは唱和する。

「ふふふ」とご満悦の女。


「少し軽すぎないか」

「大丈夫です、振るだけの練習はこちらの木刀を使うとよいでしょう、そちらは対人戦闘の訓練用です」

「なるほど」

「さすがは、御主人様です」

「ありがとうございます、師父様、師母様」

「まあ、私たち夫婦ですって」

「まあ、いいんじゃないか」

「うれしい」わざとらしく抱きつく女だった。


「皆のもの、良くきくのなの私が師娘しじょうなの」と玉1号。

師娘は、師の娘という意味であり、間違いである。

「皆さま父をよろしくお願いします」と玉2号。

とこちらも、娘に成りすますことにしたのだろうか。


「まずは、木刀の素振りで腕力を鍛えるぞ」と男。

「はい!」

全員が木刀を一斉に振り始める。


「よし、次は、この套路とうろだ」

剣法の修行に本当に套路があったのだろうか?

皆が一斉に剣を振るのを見て、一瞬何かと勘違いしているのだ。

套路(とうろ)とは、中国剣法などによく出てくる、連撃の型である。

連撃の型に、変化を加えて、バリエーションを付加するのである。


「居合からの一刀両断剣、そして、一閃突き」

「一の太刀、浮舟、切り下げ、燕返し」

男の演武は続く。

免状を持っていないがゆえに、好き勝手な動きをしても問題ないのである。


こういうところも免状を与えられなかった所以ゆえんである。

だからといって、この男が弱いということはない。逆に誰よりも強いのでなおたちが悪いのである。


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