第56話 娘
056 娘
死んだ娘は、偽物だった。
それは、おそらく年恰好が似ている子供が死んだ時を狙ってすり替えられたのであろう。
それには、死体がいる。協力者も要る。
エリックの記憶画像には、一人の女が映っていることが多かった。
メイドである。
長い時間を共有することにより、あるいは真実を知ることにより、メイドはエリーズに共感を持っていくことになったのではないか。
しかし、その事件(事件にはなっていない)は十年も前に起こったことである。
メイド、死体のでどころを探すことは不可能に近いのではないか?
奏の情報集能力をもってしても、それは不可能だった。
そもそも、そのような有象無象の事象など山ほど起こっているのである。
捜査は難航し、迷宮入りは確実かと思われた。
だが、手がかりは予想外のところから訪れる。
「なんだと!デスロックに教皇様が!」アルが叫んだ。
その男は、自分の師匠が教皇であったことに注意を払っていなかった。
そして、アルは教皇の親衛隊であった。
「いや、てっきりわかってるのかと」
「わかるわけないだろう、俺は捕まり、先に犯罪者として、監獄送りだったのだぞ」
どうも、そうらしい。
なんとなく、話がつながっているので、指輪の話で、師匠が前教皇であることは知れ渡っているはずと考えていたのだが、伝わっていなかったようだ。
よくある話だ。
知っていることを前提に話を進めていると、相手は全くわかっていなかったりするのだ。
「なぜ、助けなかったのだ」
「いや、どうしてここで死ぬとしか言わなかったし」
「馬鹿野郎、それでも」
「不治の病らしいし」
「だったら余計だ」
こうして、こってりと怒られる。
「教皇様」
アルは泣いていた。
「これが、教皇様の形見」それは例の指輪。
「確かに、公爵家の紋章だ」
その時、部外者のマリウスがそれを見た。
「へー、なんか見たことのある指輪ににてるな~」
「なんだと!」
「ああ、確か銀色だが、銀じゃないんだろ」
「ミスリル銀だ」
「ああ、それそれ」
マリウスは語り始める。
マリウスは孤児院出身である。
孤児院には、身寄りのない子どもで運が良ければ入ることができる。
運がなければ、スラムで何とか生きていくしかない。
ここは、そういう世界なのだ。
しかし、運よく孤児院に入っていても、そこで運を使いつくす者もいる。
マリウスの妹分が、運悪く病で死んだ。
可愛い女の子だった。
しかし、その時の人々の動きは妙だった。
いつもは、神の祈り捧げられて終わるはずなのだが、なぜか、その女の子は帰ってこなかった。
その代わり、別の女の子がやってきた。
孤児院出身の姉(出身者は皆兄弟姉妹という考え方)の子であるという。
とてもかわいい女の子だった。
だが、好事魔多し。
やがてその可愛さがあだとなる。
「エリスがもっていた指輪と似ている」
その女のこの名前だった。
「マリウス、彼女は今どこにいる」
「土の中だ」その声の中には昏い炎が燃えていた。
マリウスの中の獣が叫んでいた。目つきが違っていた。
「何!」
「領主の息子に殺された」
マリウスとエリスはすぐに仲良くなった。
そして、貧しいながらも幸せな生活はそこに確かに存在した。
マリウスは、大工見習として働くようになっていた。
見習いを終了すれば、エリスと結婚の約束をしていたのだ。
だが、運命は暗転する。
ほんの些細なことだった。
たまたま、買い物に出ていた、エリス。
たまたま、弱いものいじめをしていた領主の息子。
彼は、彼女を見てしまったのだ。
領主は貴族である。
貴族に逆らえるのは上位の貴族。
勿論庶民に何ができるというのだろう。
マリウスとエリスは逃げた。
しかし、捕まってしまったのだ。
マリウスは牢屋にぶち込まれた。
そして、エリスは、領主の息子を拒んだ。
無理やりに犯された。
そして、死んだのだ。
そして、領主の息子は今の領主となっているのだという。
あまりにも、救いがないのかこの世界では!
貴様らのいう神は本当にいるのか!
だが、人間のごとき一匹が叫んだとて、そんなものが聞こえるのだろうか。
君は、蟻の声が聞こえるのか?
神はこう答えるかもしれない。
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