第53話 決壊
053 決壊
エリックは、エリーゼを脱出させた。
それは、彼が暗部の仕事に精通していたからできることでもある。
エリーゼの代わりの死体を侍女にさせたのだが、いずればれるかもしれない。
火をかけて証拠を隠滅させる。
自分はなぜ助けるのか。
わからなかった。
それは、エリーゼの人を疑うことを知らない笑顔を見たからだ。
彼女には、確かに人の心を救う力があるのかもしれない。
そして、エリーゼは娘を産む。
エリックはエリーゼに惚れていた。
勿論、エリーゼは、エリックが教皇の遣いであると信じていた。
彼女は、指輪を胸に抱き、苦しいお産を乗り越えた。
こうして、隠れていればやがて教皇が会いに来てくれるだろうと。
だが、教皇は来ることはない。死んだと思っているからだ。
そして、エリックはそのことについて大いに苦しんでいたのだった。
「どうして、あの方は来てくれないのでしょうか」
「今は、暗殺者に知られるわけにはまいりません。
「私は、あの人に会いに行きます。この子を見せてあげたいのです」
「それはいけません、暗殺者が動き出します」
何年の月日をだましていたことだろう。
そして、甲斐甲斐しく世話をする男に、エリーズは振り向くことはなかった。
徐々にではあるが、男の下心を感じてはいたが、まさかそんな非道な人間がいるとは思いもよらない、エリーズはそんな善良な人間なのだ。
だが、善良な仮面がいつまでも続くような男ではなかった。
というか、善良な仮面が自分そのものになれば悲劇などは起きないに違いない。
「どうしても会いたいのです」一途な思いが余計に自分をあおる。
「駄目だといってるだろう、死にたいのか!」ついに化けの皮がはがれる。
教皇の妻は満足しているようだが、枢機卿はなんらかの事実をつかんでいるようだった。
そして、教皇はなんらかの研究に没頭しているらしい。
「エリック、よく来たな」
「は、閣下」
「来てもらったのは、他でもない」
「なんのことでしょうか」
「私を舐めてもらっては困る、暗部は私の手足でなければならん、いらん知恵など持つ手足は邪魔だ」
その目に、感情などはない。
虫を見ている方が、まだ感情があるのではないか。
「だが今回は、ほめてやる」意外な言葉だった。
失敗すれば切り捨てる。失敗しなくても邪魔になれば切り捨てる。枢機卿はそういう男だった。
「まずは、子供を消すのだ、あれは許されぬ」
「・・・」やはりすべてを知られていた。
「女は、貴様のものとしてもよい、すでに価値はない」枢機卿が黒い笑顔を見せる。
「どういう意味でしょうか?」
「手足に頭はいらぬ。ただし、女は絶対に表に出してはならん。惚れているなら、好きにすればよい」それは、悪魔の声に違いなかった。
その夜、エリーズは初めて悪意にさらされる。
激しく抵抗するが、「子供が死んでもいいのか」頭を殴られたような衝撃だった。
彼女は、エリックの劣情に屈する以外になかったのだ。
それからは、エリーズにとっては地獄の日々だった。
逆らえば、子供の首に手をかける悪魔を倒してくれる者はいなかったのだ。
そして、エリーズは再び妊娠する。
しかし、ここで恐ろしい事件が起こる。
子供が突然、死んだのだ。
エリーズは泣き狂い、エリックに食らいつく。
「俺は、やってない、これは本当だ」
「嘘をつけ、貴様のような悪人がやったに決まっている」鬼神も恐れるような形相の女。
そして、彼女は錯乱して窓を突き破って落下して死んだ。
その時、男は本当に何を間違ったのか知った。このような鬼面の女に惚れたわけではないのだ。そして、あの何事も疑うことのない彼女のあどけない笑顔は二度と戻ることはないのだ。
自ら招いた嘘の結果だった。
エリックは真実の記憶に耐えきれなかった。
画面の映像は途切れた。
エリックは寝台で悶え死んでいた。
「何ということだ!」アルテュールもすでに幽鬼のような顔色になっていた。
「何という悲劇だ、見るに耐えん」男も言った。
「だが、これでは、指輪がどこに行ったのかわからぬな」男は非常に冷静であった。
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