第32話 屋敷跡

032 屋敷跡


「さすがに、そこは不味いのか?」

「いえ、そのようなことはございません。しかし、そこはすでに、何も残されていないかと」

「ほう」


隊長の話によると、そこは貴族街の方でも端の方であり、失脚後館は取り壊されたという。


ゆえに、いまは何も残っていないのだという。

「そうか、お前の顔が絶対にダメだという顔をしていたので、駄目なのかと思ってしまったわ、ということは、儂は行っても問題ないな?」

「ええ、ですが本当に何もありませんよ」

「わかっている、非常に残念なことだ、その時に、あの業物も接収されたかもしれんな」

「それでもいかれるので?」

「せっかく、隣の国から来たのだぞ、せめてそれがあった場所を一目見るくらい、問題ないだろう?」

「まあ、そうですが」

「お前は、一体何を疑っているのだ?そういう場所ならば、跡地は徹底的に調べられている。何もあるはずは無かろう」

「ええ、そうですな」

「ああ、では、行ってくる、あちらでよいのだな」

貴族は指をさす。

「ええそうです。しかし何もありませんよ」

「わかっている、せっかく来たのだ。跡地だけでも見ていくくらい問題ないだろう」

「ええそうですね」

しかし、隊長は疑っていた。この貴族を。

「ついてくるなよ、私は、あの業物に思いを馳せたいのだからな、余計な考えは、災いを呼ぶ。慎まれるがよかろう。好奇心猫を殺すというからな」


奇妙な貴族がやってきていることは、一部の貴族にはすぐに伝わっていた。

それは、武門ゾーレオパルディア家だった。

自らの親戚を名乗る者、それだけでもかなり頭にくることだった。

そういうことをいう者は案外多いのだ。

それ以外に、怒りをためる事件が発生していた。

かつての頭領が、近ごろ、地方で惨殺される事件が発生していた。


重要拠点デスロックの守備のため派遣というか楽隠居しているはずだったのだが、まさかの反乱がおこり、その中で、脱走犯らしきものに惨殺されたのである。


「あの事件をあてこすりたい奴がいるに違いない」

「そうだ、我等をおとしめる工作に違いない」

「皆、落ち着け、身分証を持っていたのだ。本物かもしれん」彼の意見もまた真実だった。

古い家では、かなり以前に、分家している者も事実存在したのである。


「では、彼に一手ご指南いただこうではないか」と知恵の回る男がいた。

「おお、それがよい、我等の剣法が隣国の親戚に通じるかをためそうではないか」

そもそも、武門である。

若い者たちは、血の気が多い。


「だが、集団でやってはいかんぞ、一対一の指南をいただくだけだぞ」

「おお!」

数十人のゾーレオパルディアの若者が声を挙げて吠えた。

彼らの中には、剣法を習っている生徒たちも含まれる。


訓練場から数十人が出ていく。

すでに、一つの騒乱である。

王国の情報部もそれに注目せざるを得なかった。

彼らは、市民にまぎれてあらゆる情報を探っているのである。



偽貴族はそんなことを知る由もなく、後地に向かっている。

師匠の研究は、人に見せることができるものではなかった。

つまり徹底的に、人目を避けることが必要になる。

なにせ、自分の信じる神に対する挑戦を教皇が行っていたのである。

だから、きっと隠されているに違いない。

そして、それを暴くカギは、この指輪に違いない。

師匠から手渡されたミスリル銀の指輪であった。


門衛の隊長か、その配下がずっとつけてくる。

「何もないはずなのに、鬱陶うっとうしいな」

しかし、男の知らぬところで、数十名の戦士団がここに向かっていた。

門衛の中には、ゾーレオパルディアの門下生が含まれていたのである。

情報は筒抜けだった。


恐らくここだ。

といっても、更地にされ、草が生えている。

このあたりまで来ると、貴族の屋敷はほとんどない。

王城への門から遠くなるからだ。

そして、そんな目立たない場所だからこそ、師匠はここに館を建てたのだろう。


なんとなく、涙があふれそうになる。

国破れて山河在り。

盛者必衰の理をあらわすのだろうか。


え!少し違う?


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