第17話 治癒魔術

017 治癒魔術


俺とゴブニュは、朝から夜まで、採掘を行い、夜に、俺だけが、仮面の男のところに修行に赴いた。

その方が、良いだろうということだった。

特別監獄内の食事は十分あるらしい。


「俺たちは、飢え死にするようになされていますが」

「我々の場合は、できるだけ苦しみを与えるために、生かされているのだ」

仮面はそう答えた。


それをよいと考えるのか、どうかは、その者によるということか。

恐らくこの仮面の男はかなり高位の貴族なのであろう。


「この魔術を教えるのは、あまり気が進まないのだが、治癒魔術はこうするしかないのだ」

仮面の男は何か、逡巡しゅんじゅんがあるようだ。

「何かあるのですか」

「いや、無いがな・・・」

何かありそうだ。

「ナイフで傷を作りなさい、私が治す」

俺は、親指の腹を切る。

血が盛り上がってくる。

「治療の女神の加護があらんことを、治癒!」

仮面の男は、呪文らしきものを唱える。

恐らくは、その治療の女神に呼びかけるような言語なのであろう。

傷は治った。


「すごいですね、俺にも使えますか?」

「魔術の才能はあるが、治癒に向いているかは、また別の話、魔術は才によるのだ」

「なんでも生まれ持ってのものということですか?」

「そうだ」仮面は断言した。


「やってみていいですか」

「うむ、儂の指に傷を作れ、それを治すのだ」

「はい」


「治療の女神の加護があらんことを、治癒!」

この言葉の後に、呪文を唱える。この国の言葉ではないのだが、内容は、「アスクレイアよ癒し給え」という意味であることが分かる。

なぜわかるのかはわからない。

治療の女神はアスクレイアというらしい。


「なんということだ、お前には、治癒の才能がある!」

どうやら、ほぼないと思っていたようだ。

「何ということだ!儂でも数年の過酷な修行を行って何とか覚えたというのに、・・・」

仮面は自分の苦労を無碍むげにされたと感じているようだった。


「まあ、苦心惨憺さんたんして覚えた儂も、今ではこのざまよ、世の中とはこういう物だな」

仮面は自嘲じちょうしている。


「師匠、この国では、確か神の名前は、デウスではなかったですか」

「馬鹿者!この国の神はデウスである。アーマベルガーは神などではない!」

仮面はこの事ばかりは許せんと怒りだす。誰も、アーマベルガーの名など出していない。

「師匠、そうではありません。」

「なんだ弟子よ」


「治療の女神は、デウスなのですか」

「馬鹿者、デウス様に決まっておる!」

「デウス様は女神なのですか」

「違う!デウス神は父であり母である、そして精霊である」

「・・・」

「デウスの慈愛が母の姿を現し、女神の姿となるのである」

それは、絶対的な権威をふるう者のしゃべり方である。

このあたりのところは神学の中ではそういう結論を得ているのであろう。

「そういうような、愚かな質問をする奴がいるから、治癒魔法は見せたくないのじゃ」

どうも、そういうことらしい。

俺には、アスクレイア女神にお願いしていたとしか聞こえなかったがな。


「弟子よ、今後そのような愚かな質問をすれば、お前に教えることはもうないと心得よ」

「はい、師匠」

「知恵の浅きものは、表面にとらわれる、もっと奥底にある、デウスのやさしさについて考えなさい」

「はい、師匠」

しかし、治癒魔術の次は毒の治療、麻痺の解除、体力の回復等次々と魔法を教わるが、呪文部分が、毒をいやせ、麻痺をいやせと変わるだけで、デウスの名前はでてはこなかった。


「まさか、ここまで才能を持っているとは、これでは、宮廷医にも匹敵するだろう。お前が、奴隷であることは、この国の損失といえるほどだ」

「師匠はそれ以上なのでは」

「弟子よ、そのことに触れてはならん!」


「それにしても、お前を神学校に通わせて、立派なデウスの使徒とならせてやりたいものだ」

仮面はおそらく、デウス教団の権威者であることは間違いなかった。


デウス神聖騎士団は近ごろアーマベルガー神聖騎士団と名前を変えたそうだがな。


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