第12話 砂鉄

012 砂鉄


いままで砂になった、鉄鉱石は牢屋の床に散らばっている。

勿論、誰も掃除などには来ないから、そのままだ。

脱獄に使えそうなものなら、発見次第没収だが、砂や埃を気にするような牢屋番はいない。

磁石には、砂鉄が集まってきた。

これが、鉄だ。

集めた砂鉄では少ないかもしれない。

何といっても、鉄鉱石といえども鉄の含有量は少ない、ほとんどが石なのだ。

結局、石を砕く練習を延々繰り返すことになる。

だが、この練習は、魔力の鍛錬になることをのちに知ることになる。


集めた砂鉄を形にするためにも、魔力はいる。

釘をイメージして形成するが、簡単にはいかなかった。

粒は粒だった。


体心立方格子構造。

面心立方格子構造。

かつての記憶が何らかの瞬間に呼び戻される。

記憶は混乱しているものの、無くなったわけではない。

ただ、うまく使えないようにシャッフルされているのである。


分子という考え方も、前世までの記憶の中にあったものなのであった。

電気的結合なのか、それとも電子を交換するのか、物質の構造について、思考が収斂しゅうれんされていく。

その時、砂鉄は姿を変えて、隣の砂鉄とくっついたのであった。

粒が集まりより大きな粒へと変化していく。

鉄の粒を大きく育てなければならない。

それだけでも、相当の魔力が要求される。


そして、その鉄の不格好な球を今度は、釘状に変形させるのにも、相当の魔力が必要だった。


釘状のものを、前の牢屋に投げ込む。

「これでいいか?」

「どうやった?」

「できるのか?」


「この程度なら問題なさそうだ」と盗賊。

「言っておくが、一人で逃げることは推奨しない、お前は弱り過ぎている」と俺。


前の独房の囚人は弱っていた。

ほとんどの収容者は、同じ様相をしていたのだ。

食費はただでさえ最小限なのを、横領している兵士たちがいるためである。

「お前が帰ってくる保証もない」

「そうだな、だが、心配するな。ここから一人で逃げることは不可能だ。」

多くの兵士がおり、脱出するには、相当の戦闘を行う必要がある。

一人ではすぐに殺されることは目に見えていた。

仲間かが必要なのだ。


男はたやすく、鍵を開けた。

そして、こちらの鍵を開けた。

「教えるのは、食料を持ってきてからだ、俺はおとなしく待っている」

割と頭のいいやつなのだろう。

「わかった、だが食料庫にも鍵があったらどうしたらいい?」

「お前な」

結局、この夜は鍵開けの技術の伝授に終わってしまう。

ピッキングはなかなかに器用さのいる作業なのだ。

簡単に覚えることはできない。


「違う!影に身を潜めろ、屈め、姿勢を低くするんだ。必ず先を確認しろ、相手の目線の高さより絶対に低くするんだ」

次の夜は、盗賊について講義を受けて、やっと出発を許されることになる。


夜の監獄をでて、食料庫のある場所を目指す。

できるだけ、姿をさらさず、気を付けて影に潜め、足音を出さないように。

安心しきっているのか、歩哨もなく、倉庫にも番兵はいなかった。

開錠を素早く行い中に入り込む。


乾パンや干し肉、ワインすらあった。

明らかに自分たちが与えられるものよりも高価なものが置かれている一角が存在した。

ごっそりと、アイテムボックスに入れる。遠慮という言葉はこの男にはなかった。


そして、倉庫に鍵をかける。ばれないためにだ。

次は、武器庫の訪問だった。

逃げるには、武器は必須だ。

この世界の武器体系がどのようなものなのかは知らないが、武器は必要だった。

武器でも、質の良いものを失敬する。

鑑定が、武器の良し悪しを分別してくれる。

武器、特に鋼については、一家言あるようだった。

思い出せないがな。

できれば、剣術のことも一家言あれば余計にうれしいのだがな。


だがそのつぶやきは、いずれ大きな意味を持つことになる。

独房で暮らすとついつい一人言が多くなるな。



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