第4話 謎の二人

「うん! 僕、頑張る! ちゃんと修行して、立派な魔王になる! えへへ、ありがとうおにいさま!」


 興奮に頬を染めて、トロワはまばゆい笑みを浮かべる。

「変な奴だなぁ………」

 脱力したように呟き、ウィルは口元に笑みを浮かべた。もはや、トロワを怪しむ感情はウィルの中からすっかり消えていた。


「その、さっきから言ってる、修行って何なんだ?」

「えっとね。お父様に言われたんだ。立派な魔王になるために、人間界で修行してきなさいって。だから僕、クレシアと一緒に出発したんだ! <転移のゲート門>を使えば一瞬で人間界に行けるって言われて飛び込んだんだけど、出た先が空の上なんて思わなかったぁ! 凄く怖かったよぉ……」


 説明しつつ、恐怖を思い出したのかトロワはぶるっと肩を竦めている。それを聞き、無言で脇に控えていたクレシアが口を開いた。


「申し訳ありません、トロワ様。私が先頭に立ち、転移先の環境を、確認するべきでした。転移先に、足場がないと分かっていれば、私がトロワ様を抱え、着地をするという案も、ございましたのに」

「えーっ、そうだったのぉ!? なーんだ、それなら安全に着地できたかもしれないねぇ。僕ってば、修行に出るのが楽しみでいきなり飛び出しちゃったからなぁ」


 トロワは明るく言ってのけるが、クレシアはどうやら自分に非があると思っているらしい。

「申し訳ありません、トロワ様」

 もう一度同じ言葉で謝罪し、クレシアはぺこりと頭を下げる。先ほどから見ていると、この少女はやけに動作が硬く、声も表情もあまり変化や抑揚がない。態度は丁寧で慇懃だが、どこか冷たさが感じられた。


「ううん、クレシアは悪くないよぉ! でも、僕達はこれから一緒に修行の旅に出るんだから、これからはちゃんとお話して、二人で決めていこうね!」

 トロワは首を振り、クレシアを励ますようにそう言う。それを聞いても、クレシアは喜ぶ様子も見せずに再びぺこりと頭を下げた。

「分かりました、トロワ様。クレシアは、メイドロイドなので、わかりました」



「あのー……さっきから言ってる、メイドロイドって何?」

 横から口を挟んできたのはウィルだった。それを受け、クレシアはウィルの方へと向き直る。彼女に正面から真っすぐに見つめられ、妙な威圧感を覚えてウィルはぎくりと竦む。


「はじめまして、私はメイドロイド。万能型使用人人形〈クラリス〉シリーズの四番。トロワ様の護衛、およびお世話を命じられ、修行の旅に、同行することと、なりました。ウィル、様。以後、お見知り、おきを」

「え、はあ、どうも……」

 丁寧な挨拶と共に、クレシアはぺこりと頭を下げた。つられてウィルも頭を下げたが、姿勢を戻して改めてクレシアを凝視する。


「いやいやいや、人形? 人形って言ったか?」

「はい、クレシアは、メイドロイド、人形です」

 クレシアの声に、冗談や揶揄いの様子はない。真面目に彼女は、自身を人形だと言っている。


(ははーん……)

 ニヤリ、とウィルは目を細めた。

(わかったぞ、こいつらの正体……!)


 急に不気味な笑みを浮かべたウィルを、トロワは不思議そうにしつつも笑顔のまま見ている。

(さてはアレだな? なりきり……ってやつ。魔王になるための修行、っていうごっこ遊びか!)


 子供の頃に誰もがやったであろう、ごっこ遊び。かくいうウィルとて、幼い頃はさまざまなものになりきって遊んだものである。

 普通ならそんな遊びは成長するにつれ止めてしまうものだが、中にはいつまでもごっこ遊びを止めない、止められない者もいる。……自分は特別な存在であり、隠れた力や能力を秘めていると信じ込み、その妄想に浸って現実を逃避する、一部の人間である。


 これまでに何人か、そう言った類の奴らを見たことがあるウィルは、トロワも『それ』だと判断した。身なりがいいし、お付きのメイドを連れているあたり、何処かの金持ちの息子だろう。ごっこ遊びにメイドを付き合わせ、メイドではなく人形という設定を彼女に課しているのではないか。もしかしたら、このクレシアというメイドは魔法が使えるのかもしれない。


 この世界には、魔法が存在する。この世界に満ちる目には見えない小さな力『ジィン』を操作し、無から有を作り出す奇跡の技、それが魔法である。

 とは言え、魔法は誰でも使えるというわけではない。少なくともこの世界ではごく一部の人間のみ使える、非常に珍しいものだ。人の多く集まる大きな国や街なら、魔法を使える者……魔法技師は何人もいるらしい。言い伝えでは魔族もまた魔法を操り、世界を滅ぼすべく人間界で暴れまわったとか何とか……


 とにかく、魔法を使えば空から落ちてくるのも、右手がいきなりデカい剣になったり元に戻ったりするのも、ありえない話ではない。やや強引な気もするが、魔法ならきっとそうなんだろう。よく知らないけど、魔法だし。


 ウィルは田舎者だし、このタイゼーンも田舎町である。ウィルは魔法技師も、魔法そのものも実物は一度も見たことがなかった。


(ごっこ遊びするにはデカいだろうに、何やってんだか……いや、もしかしたら……)


 馬鹿馬鹿しい子供の遊び、と笑ってやろうとしたが、ふと思いつく。実はトロワは可哀想な生い立ちをしており、心を慰めるためにごっこ遊びに浸っているのかもしれない。このメイドも、そんなトロワを哀れに思って言いなりになっているのでは……


 などと、勝手な予測をしているウィルに、トロワは待ちくたびれたとばかりに話しかけた。

「それでね、おにいさま!」

「うぇっ! お、おう。何だよ」

 勢いよく名前を呼ばれ、ウィルは思考の海から慌てて浮上し、何でもない風を取り繕う。何を言われるのかとドキドキしながら、目の前のトロワを見ていると。


「僕を助けてくれたお礼に、僕、世界を滅ぼすよ!」

 胸を張ってそう宣言したトロワの顔は、ウィルが喜んでくれるものと信じて疑わない目をしている。


「なんて??」

「だっておにいさま、さっき言ってたでしょ? 世界なんて滅んじゃえーって。だから、僕が立派な魔王になったら、まずはおにいさまのためにこの世界を滅ぼしてあげる! ちょっと時間はかかるけど、でも、絶対叶えてあげるからね!」


 グッ! と両手を握って力強く約束を取り付けるトロワの前で、ウィルは脱力するしかなかった。


「あ、そぉ……まあ、頑張って……」

 気の入らない声で応じるウィルに、トロワは元気よく「うん!」と頷いてみせた。



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