第22話 絆

その夜、リアとネンコはバルザック一行とともに食事を取った。

バルザックたちは本来ならば王都近くの町に宿泊する予定だったが、今回の襲撃のおかげで野宿をすることになってしまったのだ。

そのため食事は非常食を少し火で炙っただけの質素なものだったが、いつもろくな物を食べていないリアとネンコにとっては贅沢なご馳走だった。


大人三人はワインを開けてそれぞれのグラスに注ぎ、あまりを瓶ごと傭兵の墓に供える。

子供二人も果実を絞った飲み物を渡された。

柑橘系の果物を搾って砂糖を加えただけの簡単な飲み物だったが、田舎育ちゆえに縁のなかったリアはそのあまりの美味しさに驚きの声を上げた。


アニマはリアとモニカに食事や飲み物を準備したり、モニカの遊び相手をしてあげたりと世話を焼いていた。

この女戦士は色黒で目つきが鋭く、女性にしては体格が良いため、近寄りがたい雰囲気があるが、本来は子供好きの優しい性格のようだ。

バルザックとクレイは早々に二本目のワインを開けて、難しい話をしている。


ネンコはというとアニマに差し出された干し肉を無心でかじっている。

モニカはネンコのことを気に入ったようで、事あるごとにちょっかいを出していた。

食事中のネンコの耳を引っ張ったり、つまみ上げたり、抱きしめたり。

その度にリアはネンコが怒って変なことを言わないか冷々していたが、結局最後まで大人しくされるがままになっていた。

どうやらネンコはリア以外の人間とは話す気がないようだった。

リアにはその理由は分からなかったが、ネンコが喋るといらぬ混乱を招くことは目に見えているので好都合ではあった。

その後もリアはモニカたちといろいろな話をして、久しぶりに大人数で食べる食事を楽しんだ。


そうこうしている内に夜も更けていき、全員が寝る準備を始める。

リアとモニカは馬車の中で、他は外で寝ることになった。

本来、身分の低いリアは外で寝るべきところだが、恩人にそんな真似はさせられないとバルザックが馬車に入るよう提案したのだ。

恐縮して初めは断っていたリアだったが、モニカの後押しもあり最終的には好意に甘える事にした。


リアは就寝の挨拶を済ませると馬車に入り、座席に横になる。

その対面の座席にはモニカが横になった。


「リアおねえちゃん」


「ん?」


そう呼びかけられリアはモニカの方に顔を向ける。


「今日は本当にありがとう。あたし絶対に今日のこと忘れない」


馬車の中は暗く、ほとんど顔は見えないがその言葉からは真剣さが伝わってきた。


「うん。ありがとう。モニカちゃん」


リアも感謝を述べ、モニカの方に手を伸ばした。

モニカは暗闇の中差し出されたリアの手を握る。

しばらくの沈黙の後、モニカが話し始めた。


「……リアおねえちゃんはつらいんだよね?」


リアの繋いだ手がぴくりと反応する。

突然のことにリアは答えに詰まる。

夕食時にモニカとはたくさん話をしたが、自分の身の上を語ったことはなかったはずだ。

モニカもリアの素性を尋ねたりはしなかった。


「聞いてないけどあたし分かるよ。おねえちゃん、すごく苦しんでる。なんでかは分からないし、聞かないけど……だけど……」


一旦そこで言葉が途切れる。

話したいことがまとまらないのかと思ったが、どうやら違うようだった。

モニカは泣いていた。

リアは驚いたが、今日会ったばかりの小さな女の子がこれほどまでに気遣ってくれることが嬉しくて涙が溢れた。


「いつかあたしが……おねえちゃんを助けるから。ぜったい……ぜったい、助けるから」


「うん……うん……」


リアはモニカの言葉に頷くのがやっとだった。


その後、二人はいつの間にか眠ってしまっていた。

繋いだ手も離れてしまったが、彼女たちの間には小さな絆が確かに芽吹いていた。



翌日、バルザックたちは王都に向けて旅立っていった。

その場には遠ざかる馬車を見送るリアたちの姿があった。

馬車の窓から身を乗り出して手を振るモニカの姿が見える。

そんなモニカにリアとネンコは笑顔で手を振り返す。


リアはバルザックから一緒に来ないかとの誘いを受けていた。

命の恩人にこのまま危険な一人旅を続けさせるのは忍びなかったのだろう。

しかし、その誘いをリアは丁重に断った。

村を襲ったであろう騎士たちのいる場所に近づきたくなかったからだ。

見つかれば殺される可能性もある。

そのような事情など知らないバルザックは恩を返したい一心で同行を勧めてきたが、リアが後日必ずバルザックの元を訪れることを伝えるとしぶしぶ引き下がった。

バルザックはこの国の南端にあるフォレスト・レギンスという街を治めているらしい。

リアは街に入る際に衛兵に見せるようにと、翼を持つ獅子が描かれた胸章を渡された。

彼女は翼を持つ獅子にいい印象はなかったが、有りがたく受け取る。



「いい奴らだったな」


完全に馬車が見えなくなると頭の上のネンコが声を掛けた。


「うん」


リアは頷く。

特にあの幼い少女には心を救われた。


「また会いたいなあ」


リアは心の底からそう願う。

生きるための新しい目標ができた。

そのためにも強く、逞しくならねばと思う。


リアとネンコは再び川沿いに戻ってきた。

先ほどまでいた街道は舗装されており歩きやすいのだが人の行き来が多いため、今のリアの格好では余計なトラブルに巻き込まれる可能性が高い。

そのような理由から街道を避けることにしたのだった。


リアの目の前に見慣れた川沿いの風景が広がる。

二人は使い果たした触媒を再び集めながらのんびりと南へ歩を進めるのだった。

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