第21話 大切な友達

「おい、しっかりしろ」


リアはその声で我に返った。

真っ赤に泣き腫らした目で声のする方を見る。

そこにはネンコが立っていた。

なぜか身体は泥にまみれている。


「ネンコさん、あたし……」


助けられなかったと言おうとして言葉に詰まる。

不甲斐ない自分に愛想をつかされてしまうかもしれないと思ったからだ。

しかし、ネンコの反応はリアの予想したものとは違っていた。


「お前はできるだけのことやったんだろ? その顔を見れば誰だって分かる」


ネンコの励ましとも取れる言葉に再び目頭が熱くなる。

リアはネンコに涙を見せぬよう下を向く。


「それはそうと、これ使えないか?」


ネンコはそんなリアの膝の上に一輪の花をそっと置いた。

紫色の小さな花びらが特徴的だった。

リアは驚きで大きく目を見開く。


「ネンコさん、これって」


「あ、やっぱり?」


リアは慌てて道具袋から魔法書を取り出して開く。


「間違いない! ミムラサキだよ!」


『回復』の魔法のページに描かれた触媒の挿絵を確認してリアは声を上げる。

ネンコも満足そうに頷く。


「いけるか?」


「やってみる!」


魔力はかなり消費してしまっているが、考えている時間はなかった。

リアは魔法書に書かれた所作を素早く正確に実行する。

使ったことのない魔法だったので不安はあったが、なぜか成功させる自信があった。

不思議なことにすでに尽きたと思っていた魔力もまだまだ残っているようだった。


(確かに魔力は全部使い果たしたはずなのに)


自分の身体に多少の違和感を覚えたが、今は余計なことを考えないようにして魔法を紡ぐ。

リアはミムラサキを両手で包んで祈るように胸の前に添えた。


「再生せよ!」


魔法の言葉を高らかに唱え、天を仰ぐように手を掲げると触媒から紫の光が流れて、バルザックの身体を包み込んだ。

そして、しばらく後に光はゆっくりと消えていった。

リアは今度こそ魔力が尽きたのか荒い息を吐きながら、向かいの座席に背中から倒れこむ。

ネンコがすぐにバルザックの様子を確認する。

ネンコは傷口を触ったり脈を取ったり呼吸を確認したりしていたがやがて呟いた。


「大丈夫そうだな」


ネンコの言葉にリアは力が抜けるような感覚を味わった。

その後、達成感に満たされる。


「良かったあ」


そう言うとリアは意識を手放し、深い眠りについた。



リアが目を覚ました時、すでに外は暗くなっていた。

いつの間にか座席に横になっており、身体には毛布が掛けられている。

バルザックの姿はすでに無かった。

起き上がろうと思ったが、気だるさを感じてしばらく寝転がったまま天井を見ていた。

少し朦朧とする頭で皆はどうしてるだろうと考える。

よくよく考えると外にいるのは知らない人間ばかりだ。

リアはあまり人見知りをする方ではないが、さすがに気まずさを感じる。

夢中で助けてはみたが、自分のことを快く思わない人間である可能性もある。

そんなことを考えながら悶々とした時間を過ごした。



(起きなきゃ)


リアが身体を起こしたのは、目覚めてからたっぷり三十分は過ぎた頃だった。

扉を開けて馬車から出ると、街道から少し外れた所で焚き火がたかれており、昼間の顔ぶれが並んでいる。

彼らの背後には盛った土の上に剣が突き刺してある。

おそらく今回の戦いで亡くなったという傭兵の墓だろう。

弔いはすでに済ませてあるようだった。

また、少し離れたところに立っている木には馬が繋がれていた。

あの激しい襲撃の中、馬が無事だったのは不幸中の幸い言えよう。


「おっと。恩人が目を覚ましましたよ」


真っ先にクレイがリアに気づく。

アニマも笑顔で立ち上がりリアを迎える。

バルザックはまだ傷が痛むのか立ち上がることはしなかったが、リアの姿を見ると深々と頭を下げた。


「この度は命を救っていただき感謝する。本当にありがとう」


「い、いえ! そんな大したことは……」


リアは大人に、しかも身分の高いであろう人物に頭を下げられ、どうしていいか分からず慌てて答える。


「聞けば私だけでなく、モニカまで救ってもらったようだね。感謝してもしきれぬ」


そう言うと少し離れたところで腕を振り回しながら遊んでいる少女を呼ぶ。

少女は元気よく返事すると父親の元に駆け寄ってきた。


「あ! おねえちゃん元気になったんだね!」


そう話すモニカの姿を見てリアの目が点になる。

その手にネンコがしっかりと握られていたからだ。

彼女が振り回して遊んでいたのは他ならぬネンコだった。

ネンコの方はどこか諦めたように大人しくされるがままになっている。


「おねえちゃん、パパを助けてくれてありがとう!」


そう言うと満面の笑みを浮かべてリアに抱きついた。

リアは彼女の立派な服が自分の汚いワンピースで汚れてしまわないかと心配したが、バルザックをはじめ兵士二人も笑顔で見守ってくれているようなので、気にしないことにした。


「良かったね」


リアはモニカにそう声を掛けて、優しく抱きしめる。

人に感謝されることに幸せを感じるリアだったが、それと同時に複雑な想いも浮かぶ。


(あたしのお父さんも助かったら良かったな)


彼女はそんな想いを悟られぬよう、微笑みながらモニカの髪を撫でる。


「ところで」


バルザックが口を開く。


「君は一人なのか? ご両親は?」


リアはモニカの肩を掴んでそっと離し、バルザックの方を見る。

優しい物言いだったが、その反面訝しむような視線がリアに向けられている。


(当たり前だよね。子供がこんな格好でうろついていたら……)


リアは改めて自分の姿を見直して顔を赤くする。

所々ほつれたボロボロのワンピースに腰には革のベルトを巻いている。

ベルトには水袋、触媒袋をぶら下げており、立派な短剣を差している。

明らかに怪しい子供だった。

かと言って本当の事を話せばそれはそれで問題になるように思える。


リアはどう答えたものかと悩んでいると、モニカが助け舟を出した。


「パパ! おねえちゃんをいじめちゃダメ!」


モニカには困っているリアが父親にいじめられているように見えたのか、リアを庇うように抱きつくと顔だけ父親に向けて怒ったような表情を見せる。


「いや、別にいじめてる訳では……。パパは心配してだな……」


娘に睨まれおどおどと言い訳するバルザックを見てリアの気持ちが軽くなる。

クレイとアニマは顔を背けて肩を震わせている。

おそらく笑っているのだろう。


「ありがとう。モニカちゃん」


リアは庇ってくれたモニカに礼を言って、バルザックに向き直った。


「あたしはあることがきっかけで旅をしています。そのきっかけの話はできませんが、何も悪いことはしてません。だから、安心してください。今回あなた方を助けたのも偶然通りがかったからです」


バルザックの目を真っ向から見つめてはっきりとそう言い放つ。

それを聞いてバルザックは後悔したような表情を浮かべた。


「余計な詮索をしてすまない。命の恩人に対して失礼だったな」


「い、いえ、当然のことだと思います」


急に謝られてリアはしどろもどろする。


「せめて名前だけでも教えてもらえないだろうか? 今は旅の途中ゆえ大したことはできないが、そのうち落ち着いたらきちんと礼がしたいのだ」


リアは名前を知られることにも抵抗があったが、さすがに名乗らないのも失礼だと思った。


「リア……リア・ブランドです」


「リアか。この恩は必ず返させてもらうよ」


バルザックは微笑むとリアに再び頭を下げた。


「ねえ、リアおねえちゃん、この子は?」


モニカがリアの目の前に鷲掴みにしていたネンコを突き出す。

ネンコが目で助けを求めているように見えた。

リアはモニカに断ってネンコを離してもらい自分の肩にのせる。

そして、笑顔でモニカに答えた。


「彼はネンコさん。あたしの一番大切な友達だよ」

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