第12話 戦利品
ネンコの掃除は程なくして完了した。
掃除と言っても倒したゴブリンの遺体を洞窟の外に放り出しただけだったが、それでも随分とくつろげる空間に様変わりしていた。
二人は焚き火の前に座り込み、戦いの疲れを癒やす。
部屋の中は焚き火のおかげで暖かく、雨に濡れた身体も次第に乾いてきた。
ネンコの話では、あの後部屋に残った魔法を使うゴブリンに杖で突かれて目を覚ましたという。
目を覚ましたネンコはゴブリンを殴り倒し、リアを探して大慌てで部屋の外に出た。
そして洞窟の入り口に向かう途中で、ふらつきながらこちらへ向かってくるリアを見つけた。
声をかけるとリアはその場に倒れこんでしまったので、ネンコがこの部屋まで運んできたと言う。
「全然、覚えてない」
ひとしきり話を聞いた後、リアが呟く。
「あの時は必死だったから……」
最後のゴブリンを刺したところまでは覚えている。
今もリアの手には、その時の感覚が残っていた。
リアは低級な魔物であるとはいえ、三体を同時に相手取り仕留めたのだ。
リアの心に戦いに勝利した高揚感と生存できたことによる達成感が今更のように湧き上がる。
しかし、それとは別に自分の中に潜む仄暗い感情が顔を出したことにリアは気づいた。
ゴブリンを凍結させた時、短剣を突き立てた時、確かにそれを感じていた。
ネンコは真剣な表情で自分の手を見つめているリアをしばらく眺めていたが、やがて思い出したように口を開いた。
「あ、そうだ」
ネンコの声にリアは現実に引き戻される。
「どうしたの?」
ネンコはリアの問には答えず、部屋の奥に歩いて行く。
そして、親玉であったであろう魔術師のゴブリンがはじめに座り込んでいた場所まで来ると、一つの箱を指差した。
「これ、なんだろ?」
リアも立ち上がり、箱に近づく。
木で作られたその箱はしっかりとしたもので、リアが両手で抱えきれないほどの大きさがあった。
「……宝箱」
リアの言葉にネンコの大きな耳がぴくりと反応する。
ゴブリンなどの魔物は人間を襲った際に、戦利品として様々なものを持ち帰ることがある。
その大半は食料なのだが、たまに金貨や宝石など魔物にとっては宝の持ち腐れになるであろうものまで保管することがあるという。
知恵のある魔物ほどそういったものを集めることが多い。
今回のゴブリンは魔法さえも行使するほど、高い知能を有していた。
そのゴブリンが持っていた箱となれば……。
「開けるか?」
「う、うん」
リアが箱に近づき、開こうと試みる。
しかし、鍵がかかっているようで開けることができなかった。
「鍵がかかってるみたい」
「オレ、壊そうか?」
「うーん、それだと中身まで壊れちゃうかも」
ネンコはふむと頷く。
いくらネンコでも中に衝撃を与えず箱を破壊するのは難しいようだった。
「ちょっと外見てくる」
そう言うとネンコは物凄い速さで洞窟の外に出て行った。
しばらくしてネンコが小さな袋と鍵のぶら下がったベルトを引きずって戻ってきた。
親玉だったゴブリンの服に巻いてあったものらしい。
小袋の中には件の魔法と触媒である蝶の鱗粉が入っていた。
だいぶ濡れてしまっているが、乾かせば問題なく使用できるだろう。
ネンコはリアに鍵を渡すと待ちきれないとでも言うように宝箱を凝視する。
そんなネンコの様子が可笑しくてリアは思わず微笑む。
リアがネンコから貰った鍵を鍵穴に差し込み、右に回すとカチリという小気味よい音がした。
どうやらこの鍵で合っていたようだった。
リアは箱の蓋を持ち上げるようにして押し開ける。
それと同時にネンコが箱の縁に飛びついた。
リアも箱の中を覗きこむ。
入っていたのは、一冊の本と一振りの短剣、そして大きめの金貨袋だった。
リアは本を手に取る。
表紙を青く染め上げられ、金箔で模様を施されたその本はずしりと重かった。
リアは表紙に書かれた魔法の言葉に目を通す。
(……ヴァン・ランカースの魔法書)
ヴァン・ランカースというのは人の名前だろうとリアは推測する。
魔術師という人種は日々魔法についての研究と鍛錬を行い、より上位の魔法を使いこなすことに心血を注ぐ。
しかし、いくら鍛錬を積んだとしても数百、数千とあると言われる魔法の効果や所作、必要な触媒などの全てを覚えておくことなどできない。
そのため、魔術師たちは自分専用の本を作り、そこに学んだ魔法を書き記すのだ。
そして、自分が記憶していない魔法を使う際は、その本を見ながら唱えるのである。
これは魔法書と呼ばれ、魔術師が生涯をかけて作り上げていくものだ。
おそらくこのヴァン・ランカースという人物も例にも漏れず自分の魔法書を作っていたのだろう。
リアは魔法書を開き、内容に目を通す。
そこにはこの魔術師が学んだのであろう様々な魔法が記載されていた。
一つ一つの記述が非常に丁寧で、とても分かりやすい作りになっている。
また、巻頭には魔法語の基本的な読み方や発音の仕方など魔法の基礎が書かれていた。
あのゴブリンはこの本を読んで魔法を使えるようになったのだろう。
しかし、ゴブリンの頭では並大抵の努力ではなかったはずだ。
リアは同じ魔法を学ぶ者としてネンコに倒されたゴブリンに少しだけ同情した。
リアは一通り見終えると本を閉じる。
その魔法書にはリアの知らない魔法が数多く記されていた。
いや正確には存在は知っていたが、記憶していない魔法と言うべきか。
リアは暇さえあれば父親の魔法書を読みふけっていたような子供だった。
もちろんよく友達と外で遊んだりもしていたのだが、それと同じくらい魔法書を読むのが好きだったのだ。
父親の魔法書は十冊以上あり、魔法の系統、難易度ごとに分けられていた。
リアは一部の魔法書を除きほとんどの魔法書を読むことを許されていた。
そういった理由からリアの魔法に関する知識はかなりのものだった。
しかし、扱うとなると話は別であり、リアは自分が気に入った魔法を十数種類覚えているに過ぎない。
昔読んだ魔法書が手元にあればある程度は使える自信があったが、今となってはそれも叶わない。
そのため、今回のこの魔法書はリアにとっては非常に大きな収穫だった。
使える魔法が増えれば、この先の旅も随分と楽になるだろう。
次にリアは箱の中から短剣を拾い上げる。
柄と鞘に見事な装飾が施された短剣だ。
試しに鞘から抜いてみると、磨かれた美しい刀身が顔を覗かせる。
短剣自体に魔法などはかかっていないようだが、品質は良いようだ。
今後も旅を続けるのであれば、身を守らなければならない機会も増えるだろうとリアは考える。
(そんな時が来なければいいけど)
リアはそのようなことを願い、短剣を持つ手に力を込めた。
金貨袋の方はネンコが取り出して、中身を確認しているようだった。
リアはネンコの方を見る。
「ネンコさん、そっちは……」
どうだったと声をかけようとしてリアは言葉を止める。
というのも、ネンコがげへへと気味の悪い笑みを浮かべながら金貨に頬ずりしていたからだ。
リアは怯えたような顔をして一歩後ずさる。
ネンコはそんなリアの態度に気づくことなくその奇行を続けていたが、やがて飽きたのか今度は金貨を積み上げていった。
「……一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、げへ」
そう言いながら、金貨を十枚ごとに分けて積んでいく。
リアはそんなネンコを少し引いた目で見ていたが、ネンコの作業が進むにつれて顔色が変わる。
地面に散らばっていた時は分からなかったが、積み上げて数えてみるとかなりの枚数があったのだ。
金貨で四十八枚。
ミスタリア王国では銅貨、銀貨、そして金貨の三種類が貨幣として使用されている。
リアの村では物々交換が主だっため扱う機会は少なかったが、それでもたまに村を訪ねてくる行商人との取引は貨幣で行っていた。
リアも父親に連れられて何度か取引に立ち会ったが、金貨を使うようなことは一度もなかった。
記憶している中でもっとも高い買い物は、父親が買った分厚い本だったか。
それでも銀貨で五枚ほどだったはずだ。
そもそも金貨二、三枚で、贅沢さえしなければひと月は生活できる。
それが四十八枚。
服を買って、靴を買って、今後の生活に必要なものを揃えてもまだまだ余るだろう。
それどころか普段できないような贅沢ができるのではないか。
リアは自分が知らず知らずの内に笑みを浮かべていたことに気づき、慌てて表情を引き締める。
一方のネンコは己の欲望を隠しもせず、大量の金貨と戯れていた。
リアは深い溜息をつくと、ああはなるまいと心に誓った。
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