中編
「やりすぎだと思います」
月夜見が今回の首謀者――金粕燈也を叱咤した。
金粕と不知火のアジトである教室。
今日は月夜見も加えた三人が、先日の『土岡マッチング作戦』を振り返っている。
「一歩間違えたら事件でしたよ。事前に聞いていたシナリオとは違って、拉致まがいのことまでするなんて、私は許しません」
「ポンコツ偽善者の許可なんて求めてない。爪長トンビだけでなく、お前にも黙っていたのは、まさにこうやって大声で喚かれると思ったからだ」
「反論するに決まってるでしょ! あなたから後日、ネタばらしされた時は何かのドッキリかと思いましたよ」
「別に殺人を教唆したわけでも被害が出たわけでもないのに、小さなことでわーわー騒ぎ立てるな」
「犯罪に大きいも小さいもありません。未遂でも危険が伴うのはダメです」
「だったらお前が今朝、遅刻しないために信号無視したのもダメになるが?」
「なんで知って……じゃなくて、それとこれとは話が――」
「犯罪に大きいも小さいもないんだろ?」
「……屁理屈言わないでください」
教卓の上に足を乗っけている金粕を見下ろす形で、月夜見がこう続けた。
「第一、この件を通して水無月さんが心に深い傷を負う可能性だってあったんですよ? 彼女が強い心の持ち主だったから良かったものの」
すると、金粕は何かを考え込んだかのような間を不自然に空け、虚空を見つめた。
「……強けりゃ何でもいいわけではないだろ」
そのセリフの真意を月夜見はくみ取れず、呆けていると、がららと教室のドアが開いた。
そこには少し様子の変わった土岡がいた。
「金粕先生、この度はありがとうございました」
「え、土岡君。その格好は」
月夜見の問いに土岡は明るい声音で答える。
「美容院で髪を整えてもらったんすよ。水無月さんと仲良くなるにはまずボクが変わらないといけないって、あの日気づいたんだ。もちろん爪を短く切ったし」
「うそ……あれだけ言っても直そうとしなかった土岡君がこんなにも成長しているなんて」
月夜見は感動で立ちつくす。
月夜見を邪魔だと言わんばかりに、金粕が押しのけ、土岡の前まで赴く。
「ポンコツ偽善者はどけどけ。彼は俺に感謝を言いに来たんだ」
弾き出された月夜見は、苦手な食べ物を前にした子どものような顔で金粕を睨む。
「土岡君。このカスはあなたと水無月さんを危ない目に遭わせたんですよ」
しかし、彼女の態度とは反比例して、土岡の態度は好意的なものだった。
「知ってるって。あ、もちろんあの時は本当の事件かと思ってたけど、後日金粕先生に聞いたら教えてくれたし」
土岡は胸に手を当てて、しばらくした後、頭を下げた。
「あそこまで真に迫ってないと、ボクはきっと変わろうとしなかったと思う。だから、ああいうきっかけをくれた金粕先生には感謝してもしきれないくらいです。本当にありがとうございました」
金粕はしっしっと追い払うジェスチャーを土岡に送る。
「わかったわかった。じゃあこんなとこにいないでさっさと水無月紫帆のところに行ってこい」
「慌てなくても水無月さんは待ってくれてます。それに今度の日曜日に水無月さんと映画を観に行く約束があるんです」
「んだよ、四捨五入したらリア充じゃないか。だったらもう俺の敵だな。ただちにこの教室から去れ」
「はい。水無月さんの隣にふさわしい男になったら、またお礼を言いに来ます。では」
ニコリと、今までで一番明朗な笑顔を残し、土岡はこの場を後にした。
土岡の後ろ姿が消えてから、月夜見がボソッと言葉を零す。
「もしかして金粕……」
「びっくりした、グーグルの検索エンジンかと思った」
「土岡君に必要だったのは、モテるためのテクニックではなく、”変わるきっかけ”であることを見抜いた上で、あんな作戦を用意し、土岡君を救ったんですか?」
金粕がすっと目を閉じた。
「買いかぶりすぎだ」
その言葉に口元を緩めたのは、ずっと端で様子を見守っていた不知火だった。
「金粕は基本的にカスだけど、人を見る目だけはあるのよね。異常なほどに」
不知火から褒め言葉をもらっても、金粕は少しも表情を緩めることなく、月夜見の目の前まで歩き、彼女の額にデコピンをした。
「いたっ」
「再三言うが、俺たちは神ではない。救うなんて上から目線の土台に俺を乗せるな」
金粕と月夜見の視線がぶつかり合う。
「月夜見朱莉」
しばしの沈黙を破ったのは金粕であった。
嘲笑うかのような瞳で、言明する。
「土岡緑太が映画を観に行く日、俺たちもデートするぞ。いい物見せてやる」
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