話す探偵と、推理する記者

@hanasakihujisuke

訪れる記者

探偵事務所に、インターホンの音が鳴り響く。


カメラ越しに玄関の様子を確認すると

笑顔を浮かべながらインターホンを押す男性が映し出される。


はて、仕事の依頼だろうか。

それに笑顔とは奇妙なものだ。

たいていは神妙な顔つきか、この世の終わりのような顔で依頼に来る場合が多いのだが、彼は、何をしにきたのだろうか。


「先日、取材の件でお電話した、月刊ランダムの立花です。」


そういえば、そんな約束をしたような。

これまで取材は断ってきたが、ちょうど気分転換がしたくて受けたような気がする。


「どうぞ、お入り下さい。鍵は空いているよ。」


額に若干の汗をかきながら入ってきた記者は、懐から名刺を取り出し挨拶を続けた。


「本日は取材を受けていただきありがとうございます。」


「あの名探偵と直接お会いして、お話できるなんて感激です。」


「どの名探偵か知りませんが、私はそんなたいそうなものではありませんよ。」


「いえいえ、数々の難事件を解決してきたその手腕、私どもの業界にも噂が届いています。実は、私も、あなた様の解決した事件を書かせていただいたことがありまして。ええ、実にあの記事は売れました。」


それにしても、こんな目立たない場所に事務所があってお客さんは迷わないのですか、などと無駄話をする記者を黙らせて、話を本筋に進める。


「そろそろ取材の話をしてくれないか。ちょうど、仕事の都合で時間が空いたから、取材を受けたが、別に暇ではないのだよ。」


「これは、これは、失礼。ミーハーなもので、有名人に合うと興奮してしまう性質なのです。」


「よくそれで、記者なんて仕事ができるな。」


「これは手厳しい、実は全くダメでして、この前も上司から叱られました。なので、今回の企画で挽回しないとクビになりそうなのです。」


まるで、他人事のように話しているが、この男なりに気合を入れているのだろう、ポケットから手帳とペンを取りだし熱心に何かを書いている。

しかし、努力の方向を間違えて空回りするタイプだと推理してみる。

別に探偵という仕事柄、色々な人間を見てきた経験則とか読心術ではなく、単純にこの男が優秀そうに見えない。これまでの会話に、それほど熱心に書くほどの内容があったか?


彼が今後どうなろうか興味はないが、この記者が私の記事を書くとなると不安になる。今からでも、他の記者にチャンジすることは出来ないだろうか。

そんな考えは虚しく、記者が取材を始める。


「長々とすみません、取材の企画は、『名探偵に聞く名事件』です。」


「様々な事件にかかわってきたと思いますが、探偵稼業で特に印象的な事件をお聞かせ願いたいです。」


「できれば売れそうなネタだと嬉しいですかね。」


「売れるかどうかは、あなたの仕事でしょう。何となく君の性格が分かってきたよ。その軽薄な言動は周りに敵を増やすだろう。」


「軽薄ですか?確かに、よく真剣みが足りないと同僚に言われますが。」


同僚の苦労が目に浮かぶ、私には何もできないが同情だけはしておこう。


「君みたいな人間とは、長い付き合いはしたくないな。しかし、二度と合わないならば、気兼ねなく話せて丁度いいかもしれない。」


「よくわかりませんが、いいのならよかったです。」


眉をひそめてながらも記者は質問を続ける。

皮肉も通じないようだ。


「それで、良いネタありますか。面白くて読者の興味が引けそうな愉快な事件は?」


彼は、事件をなんだと思っているのだ。

さっき私の事件を書いたといったが、真実がどうか推理したくなってきたぞ。


「どれも凄惨で気持ちの悪いものばかりだよ。もし、面白い話を聞きたいならば、ミステリー小説家にでも頼むのだな。」


「そんなぁ、リアリティが大事ですよ。別にフィクションが悪いってわけではないですが、実際に体験した話ってつけると、よく売れるのですよ。」


さっき、軽薄と言われたのをもう忘れたのかこの記者は。

・・・しかし、見方を変えれば都合がいい。

探偵と名乗ると、やましいことがある人間はすぐ心を閉じてしまうので、ここまで明け透けな人間に会うのは久々だ。気分転換という意味では十分役目を果たしてくれそうだな。


「探偵さん?何かありませんか?」


「少し思い出しているのだ、黙っていてくれないか。」


はてさてどうしたものか。

真面目に話しても、まともな記事になる気がしない。

であるなら、この記者への教訓と、私の気晴らしとして、あの奇妙な事件を話してあげよう。


「君は運がいい。今、とっておきの事件を思い出した。」


「ただ、この話をするには条件が1つある。事件の真相を君が推理するのだ。」


「私が、推理?無理ですよ、そんなことやったこともない。意地悪言わないで話して下さいよ。」


「大丈夫さ、ヒントもあるし、誘導もする。まぁ、クイズみたいなものだと考えてくれ。」


記者は渋々と言った様子で返事をする。


「分かりました。いいでしょう、推理してみます。」


さて、この記者はどこで事件の真相にたどり着くかな。

少々話が長くなるので、飲み物を用意する。この事務所にはコーヒーしか置いてないので、いちいち相手に飲み物を尋ねる必要はない。手早く2人分のコーヒーを用意してから話しを始める。


「この事件は警察からの依頼だった。」


「事件のあらましは、夕暮れ時の住宅街で複数の怒声が響き渡った。さぞ、尋常ではない様子だったのだろう、近隣の住人がこぞって警察に通報したらしい。」


「すぐさま、警察が到着して、通報があった家に突入すると血だらけで倒れる男性と、刃物を握り、全身を真っ赤に染まった女性がいた。」


「まってください、それじゃあ話が終わってしまうじゃないですか。」


「いや、ここから話が始まるのだよ。」「現場に女性は3人いた。」


頭をひねりながら記者は尋ねる。


「その赤い女性以外に、女の人がいたってことですか?」


「惜しいな、刃物を握った赤い女性が3人いたのだ。」


「なんですかその状況は。」


「まぁ、私は警察から聞いた話だか、突入した警官はさぞ驚いただろう。」


「なんでも、1人はその死亡した男性の奥さんで、2人は浮気相手だそうだ。」


「3股ですか、最低ですね。」


「いや、5股だったらしい。たまたま居合わせたのが、2人だけだったという話だ。」


「話がそれたな。それで、3人の女性は容疑者として逮捕され、警官は誰が犯人か調べるため、私に仕事を依頼してきたわけだ。」


記者は、取材で使う予定であったメモ帳に、事件の内容を書きながら質問を続ける。


「犯人も何も、3人で旦那さんをやったのでは?」


「刺したからと言って、死ななければ傷害罪。」


「殺人ではないよ。つまり、警察は誰が男を殺したのかを推理してほしいと依頼してきたのだ。」


「そんな無茶な。」


「ザクザクと刺してれば、誰の一刺しで、絶命したかなって、本人達だってわかりっこないですよ。」


「警察もそんなことは承知さ、しかし裁判をするには重要なことらしい。」


「さあ、ここで推理タイムだ。君には、この事件の真相を考えてもらう。」


「無理です、無茶です、無謀です。」


「そんなことはないさ。それに、この事件はすでに解決している。気軽に推理してみてくれ。」


いつもは推理する側だから、他人の推理を聞くのは新鮮な気分だ。


「気軽にと言われても。では、3人の女性は何か言っていますか?」


「言っていたとも、3人とも私は殺してないとね。」


「そりゃそうですね。」


「なら凶器はどうですか、それぞれ別の刃物で刺したのなら、それで特定できたりしませんか。」


「全員が似たような包丁で、柄の根元まで血液がべっとりついていたらしい。」


「相当、恨まれていたのですね。男性の体はどうですか、実は致命傷の傷があるとか。」


「着眼点は悪くない、致命傷は首だよ。検死によると、喉に刺した後、めった刺しになったそうだ。」


「めった刺しってどのぐらいですか。」


「君の両手の指じゃ足りないぐらいだ。」


「それはむごい。しかしお手上げですよ、探偵さん。」


「3人の女性から、誰が、その致命傷を与えた推理するなんて。本当に解決したのですか。」


「解決したとも、それもあっとゆう間に。なら1つヒントだ。3人の女性の中に犯人がいるとは、私は言っていない。」


メモを書いている手を止め、記者が目を見開いてこちらを凝視する。


「何を言っているのですか。今の話に、3人以外の容疑者なんて出てきてないじゃないですか。」


訳が分からないといった口調で喋りながらであったが、メモを見返して、何かに気が付いたように口を開く。


「なるほど、わかりました。探偵さんも人が悪い。つまり私をからかっていたのですね。」


「さも、3人の中に犯人がいるように話していましたが、犯人は別の人ということ。」


「おおかた、他の浮気相手が先に犯行を行って、そのあとで3人がやってきて、ザクザクっと刺してたってとこですか。」


「丁度いいなんて、いいながら、やっぱり軽薄っていうのは、悪口ですね。こんなひっかけ問題で騙そうとするなんて、ひどいですよ。」


普通に軽薄は悪口だが、彼にはそうは聞こえてなかったのか。ほとんど正解なので、ネタ晴らしをしてしまおう。


「別にだましてはいないさ。君の推理はほぼ正解だが、肝心の犯人をはずしている。」


「容疑者の女性以外の人が犯人でしょ?」


「そうだが、別に隠していない。むしろ最初から話に登場している。」


「そんなまさか。ほかの浮気相手では?」


「違うよ。」


「通報した住民?」


「違う。」


「えっと、なら、突入した警察官?」


「全然違う。」


「そんなはずはないでしょう、もう探偵さんがおっしゃった人物は全員言いましたよ。矛盾しています。」


「いいや、何の矛盾もない。あと1人いるだろ。警察官が突入した際に、彼女たちに囲まれていた彼が。」


「いや、でも、それはおかしいですよ。」


「何がおかしいのかな、ぜひ私に教えてくれないか。」


ほぼ答えを教えているのだが、なかなか認めようとしない。実際にこの事件を解決するときも、警官が納得するのに時間がかかったことを思い出す。


「だって、あなたの話に嘘がないのならば、その殺された男性が自分で自分の命を絶ったことになります。」


「そのとおり!!」


「やっと気が付いたか、この事件は自殺なのだよ。」


「真相はこうだ、不倫がばれての修羅場。刃物をもって襲い掛かる妻と、愛人が2名。男は、次の瞬間どれほど無残にこの世を去るか考え、想像してしまったのだろう。結果論で言えば、生きたまま穴あきチーズになるのを、回避できたのが唯一の幸福だろう。」


「まってください、やっぱりおかしいです。それなら女性たちが捕まるまでもないです。いや、捕まりはするでしょうが、彼が自殺したとは供述しなかったのですか。」

「もっともな疑問だ。だがしなかった。」


「理由は3人とも同じで、話しても信じてもらえないと思ったから、だそうだ。」


「彼女らも、いきなり首を切り裂いて自殺するなんて予想していなかったのだろう。」


「にわかには信じられない話ですね。」


「信じようが信じなかろうが、これがリアルだよ。さっきリアリティの話をしていたが、真実こそ嘘くさくて、嘘こそ真実のように聞こえるものだよ。」


半分ほどに減ってしまったコーヒーを飲み干して、話しを閉じる。


 「さあ、これで取材は終わりだ。もう面白い話はないから、帰ってくれ。」


「お話ありがとうございます。貴重な、取材ができました。まさに、現実は小説より奇なりですね。こんな奇妙は事件があるとは思いませんでした。」


「この記事で、あの上司を見返してやります。」


本音がダダ漏れになっている。せめて、無難な記事にしてほしいのだがな。


「ああ、それと、取材の条件通り、私の名前は匿名で頼むよ。口が軽いと、噂になると仕事に差し支えが出るからな。」


「分かっていますとも。発売は、再来月ぐらいになると思いますので、楽しみにしていてください。それでは、取材に応じていただきありがとうございました。」


「まったく、楽しみではないが、君が今日の取材をどうまとめたかは、興味があるから覚えておくよ。」


「それと、君とは二度と会わないことを祈っているよ。」


「さすがにキツイですね、私はまたぜひお会いしたいですが。」


また、鈍いことを言いながら、記者は帰っていく。

珍しく本業以外で人間と話をしたが、総評としては悪くなかった。どんな記事になるかかなり不安だが、良い気分転換になった。


それにしても、私とまた会いたいなんて奇特な人間だな。

そもそも、探偵なんてものには関わらないほうがいい。

探偵がかかわる人間のほとんどは、犯人か被害者のどちらかだからな。


-完-

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