少女

三文字

少女

 最近、自分の日記以外の文字を見ると吐き気や動悸に押しつぶされそうになり、辛い。新聞を見ると各紙面のキーワードが有機的にリンクして私の人格へのアイロニーとなって、私を苛立たせたり、怒らせたり。

 小説はまだまし。こっちは本当の殴り合い。陰口を言う新聞より、かえって正々堂々として、後悔がなくていい。だから私は思わず笑ってしまって、本にビンタを一発かましちゃった!

 すると、本物の暴力に言葉はどうも無力のようで、活字の一字一字が万華鏡のように散っていって、どんどん紙外に追い出され、一つは空中に舞って、耳にブーンと私に飛んでくる。

 ピシャッ!

 気づくと「あとがき」の文字だけがそのページに残されていて、ほっ、と私はため息をついた。あぁ、こんなところをメイドさんに見られたら、どうしよう!


 そうこうしてお客間のソファに腰掛けると、メイドさんが、コーヒーをいれてくださる。

今日のコーヒーは、ほんのり暗い緑色をしているように見える。

「不思議ね。このコーヒー、緑色よ?」

「抹茶だろ」

 豪君はいつもそうやって空気が読めない。

「このコーヒーは、エメラルドマウンテンの山々の緑で育ったコーヒー豆を使っているんですよ」

 メイドさんは答える。豪君はなぜか笑って、

「あれ、でも今度は青色だ」

「それは今日のお天気のおかげですよ、ほら、いい天気ですねー!」


 三人でテラスから外を見た。大きな窓の外の景色は、本当に心地よくて、いつの間にか私は眠くなってしまっていた。

「豪君といると眠いから!」

「なんで」

「つまんない」

「つまんない? なんで!」

 私はなんだかイライラしてしまった。本当は私が間違っていたんだ。昨日の夢に、お抹茶が出てきて、懐かしいなって思っていたのを先生方がお気づきになっていて、それでメイドさんもお抹茶を入れてくださったのに!

 私のお母さまはお茶の先生。怒られたらどうしよう! でも……

 飲みかけのコーヒーカップを手に持ちながら歩いていても、その色はとてもキラキラしていて、どうしても、ああ、エメラルドなんだなぁ、と思った。その海の色に抱かれながら個室で横になっているととてもよく眠れると思うのだけど、「見回り警察」がこのコミックカフェにも大勢たむろしていると思うから、やめた。


 すると体が突然重くなってきて、世界中の現代がのしかかってくる前兆だなと思って、いけない!

 私は飛び出した、そして廊下を歩いた。歩いて、歩いて、歩いた。時折通りかかる人影。

 その中に、私は嬉しい方を見つけた。


 その方はキリスト教信徒のおばあさまで、この巡礼を毎日のご自身に規則正しく課して、そうして毎日を暮らしている。

 私も現代社会問題の重力をはねのけなくちゃと思って、大きな目でおばあさまを見つめた。私ももっと強く清らかな魂を持ちたい。そしてそのためには、おばあさまのような古くからの伝統を守ってきた先人の精神を受け継ぐお方への尊敬を大切にしなければならない。

 そうやって私はおばあさまといろんな話をした。


 「勝負の話」があった。回廊を回っていた。

「今、ぐるぐる回っているでしょう。回って出られないでしょう。

 負け続けているように見えるでしょう。

 でも、それが大切なの。

 負ける、ということはとても大切なことを教えてくれる。

 それは、『友愛』と『徳』よ。

 あなたはよく豪君を言い負かすわね。

 でもあなたはまたきっと負けて、さっきの豪君みたいに、泣きたくなる時が来るわよ。

 するとわかるの。『ああ、豪君も同じ気持ちでいるんだな』って。

 夕ご飯を一緒に食べましょうね。その時にまた、ゆっくりお話ししましょう」


 夕暮れ。お日様が向こうの聖アンドロ幼稚園の木造の屋根の上にしみて、かすかにあたたかく私の心の中の何かにともって、私はお父さまの真摯に教え子へ教説する姿を思い出して、その姿が私の魂の奥底に届いた気がして、本当の自分の気持ちがわかった気がして、真理が私の命の中から絶えず湧き出してくるようで、涙がいっぱい、いっぱい溢れだしてきた。

 豪君も、おばあさまも、気づいたら同じテーブルから外の景色を見ていた。

 とても寂しかった。いつになったら、私は本当の私にたどり着けるのだろう。豪君も私と同じようにそのうち窓を指でなぞっていた。豪君の指と、私の指とが、当たった。指が絡まり合い、手をつなぎ合った。そして一緒に、「生きてください!」と言いながらお互いに、いつまでもいつまでも、泣き合っていた。

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