第8話 恋に疲れたオレと、枯れた幼なじみ ―前編―

 まだ、白瀬しらせはネクタイを離さない。


「水は?」

「いい」


 白瀬が首を振る。


「……何も用事がねえなら、寝ろっての」

「ねえ、伸之のぶゆきくん。私ってどう思う?」


 オレをネクタイで引っ張りながら、白瀬が問いかけてきた。オレを下の名前で呼ぶとか、幼稚園以来だな。


「なんだよ。何があった?」


 オレが聞き返すが、白瀬はそのままイビキをかきはじめた。ようやく、拘束が解ける。


 靴を脱ぎ、オレは白瀬をベッドまで担いていく。


 落とすように白瀬をベッドへ寝かせて、退散しようとした。


 オレが出ていくと、この部屋のカギが開きっぱなしになると気づく。


「ああもう」


 仕方なく、オレは床で寝させてもらう。


 翌朝、まるで何事もなかったかのようにオレたちは起き上がった。本当になにもなく、お互い何もしない。


 白瀬も、昨日自分がなにをしたのか思い出せないようだ。


 だが、いつもなら休日にあるはずの誘いがなかった。


 本当に何があったのか聞きたかったが、白瀬は何も話さない。


 オレから聞くのも変かなと思い、放置していた。



 で、月曜日を迎える。


「なあ、白瀬ってなんかあった?」


 白瀬と同じ部署にいる知り合いに、それとなく聞いてみた。


「ああ、海外出張だってさ」


 以前から、白瀬は海外支部からスカウトされていたという。英語ができる腕を買われて、「向こうで通訳の仕事をしてくれないか」と。


 マジか。


「なんにも聞かされてなかったぞ」


 言ってくれたら、お祝いの一つでもするのに。


「そっかー。きっと、カレシに心配させたくなかったんだろうよ」


 妙なことを、同僚は口走る。


「カレシ? カレシなんていたのか?」

「はあ? お前のことじゃん、小宮山こみやま氏。何いってんの?」


 同僚は、呆れたように笑う。


「白瀬が自分で、オレと付き合ってるって言いふらしてるのか?」

「マジで言ってんのか? お前らハタから見てても、カップルにしか見えないから」

「……え?」


 あまりにも、オレが本気で聞き返すから、相手もマジトーンになる。


「いやいやいや、本気で言ってんのか、小宮山氏?」

「ウソだろ。告白なんてされたことないんだが?」

「あのな小宮山氏、イマドキのカップルって、告白なんてしないからな」


 海外だと、告白しないで交際は当たり前で、性交渉してから本格的に結婚まで考えるという。


 白瀬は英語ができて、海外の事情にも詳しい。


 そういうスキンシップだったと思えば、辻褄は合う。


 白瀬はずっと、オレと……。


「出張は、いつからだ?」

「今日、発つって」

「ウソだろ!?」


 オレはまだ何も、お別れの言葉を言ってないぞ。部屋だってそのままだったし!


「すまん、早退する」

「その方がいいよ、カレシ殿!」


 同僚が、上司に話を通しておくという。きっと、上司も事情をくんでくれるだろうとのこと。どんだけ、オレは周りが見えていなかったのか。


 オレは、会社を飛び出した。

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