弟とずっと一緒にいたい姉の話

ハイブリッジ

第1話

春日井結依《かすがいゆい》は僕の自慢の姉だ。


 運動も勉強もできて、明るい性格もあって大学のサークルでも中心的存在らしい。



<自宅>



「おはよう結依姉さん」


「んー。おはよー」


 学校に行く準備をしていると結衣姉さんがリビングにやってきた。目を擦りながらそのまま席に座る結依姉さん。


「パンはもう焼いてあるから食べても大丈夫だよ。あとジャムとかは冷蔵庫に入っているから、好きなの使ってね」


「ん。ありがとー」


 結依姉さんが欠伸をしながらご飯を食べ始める。とても眠たそうだ。


「今日も早いねー。高校生は」


 大学生の結依姉さんは本当ならもっと遅くに起きても大丈夫なのだが、学校に行く僕を見送りたいといつもこの時間に起きてくれる。


「うん。もう行くね。いってきます」


「いってらっしゃい。気をつけてねー」


 結依姉さんに見送られ、家を出発する。



 ■



 〈大学〉


「結依、今日も調子良かったねー。シュートガンガン入れてたじゃん」


 同じサークルで同級生の綾音が話しかけてきた。


「うん! 今日のお弁当に千尋が私の好物ばっかり入れてくれててねテンション上がってたから! ほらっ! すごくない? この卵焼きとか超綺麗だし」


「また弟さん……。結依って本当に弟のこと大好きだよね」


「大好きだよ。普通そうじゃないの?」


「いやいやあり得ないから。うちの弟とか超生意気だし、めちゃくちゃウザい。家いても口きかないし」


「え~そうなんだ」


 うちの千尋は素直だし、優しいしウザいと思ったことないもんなあ。家でも私からすごい話しかけちゃうし……。


「何話してんだよ」


「あっ上野先輩。お疲れ様です」


 同じサークルの上野先輩が話かけてきた。私たちが話しているとかなりの確率で話しかけてくる。


「結依の弟さんの話をしてて」


「またかよ。結依はブラコンだな。早く卒業した方がいいぞ」


「は、ははっ……」


「それに弟も彼女できるだろ」


「…………彼女」


 そっか。千尋にも彼女ができちゃうのか。……考えたこともなかったや。



 ■



<ショッピングモール>


「ふっふふーん」


 隣で鼻歌を口ずさんでいる結依姉さん。いつにも増してすごく上機嫌だ。


「結依姉さん、すごく楽しそうだね」


「いやー久しぶりに弟と二人きりのお出かけだからねー。気分るんるんだよ」


 今僕は結依姉さんと買い物に来ている。


 ちょっと前に終わった僕のテストの出来が良かったからそのご褒美で何か買ってくれると言ってくれたのだ。始めは申し訳ないからと断ったのだが押し切られてしまった。


「でも本当によかったの? こんなにも買ってもらっても……。なんか申し訳ないというか」


 欲しかったゲームソフトがあったのでそれを結依姉さんにお願いして買ってもらった。


 僕的にはこれで大満足だったのだが、結依姉さんが『もっともっと買ってあげるよ。可愛い弟が頑張ったんだから』と言ってゲーム以外にも洋服とかもたくさん買ってもらってしまった。


「いいのいいの。私バイトしてるから! すっごくお金持ちなんだよー」


 胸を叩く結依姉さん。


「ありがとう結依姉さん」


「ふふんっどういたしまして!」


「今度何か結衣姉さんにもプレゼントするから」


「本当に!? やったー!! 楽しみにしてるね」



 ■



<カフェ>


 買い物も終わり、家に帰る前にカフェで何か食べることにした。


「ねえねえ千尋は何食べる? 私はね──」


「あれ結依じゃん?」


「上野先輩……。お疲れ様です」


 声を掛けてきたのは結依姉さんの大学の先輩のようだ。スラッとしていてモデルさんみたいだ。


「お前、こんなところで…………もしかして結依の弟さん?」


「は、はい。初めまして。いつも姉がお世話になってます」


「今高校生?」


「はいそうです」


「ふーん……あんまり結依に似てねえな。なんか静かな感じだし」


「よ、よく言われます……」


 結依姉さんは美人で明るく何でもできてすごくキラキラしているけど、僕は特にこれと言って何か特技もないし性格も暗いと思う。小さい頃からよく比べられていた。


「じゃあまたサークルでなー」


 2,3分ほど話した後、上野先輩はそのままカフェを去って行った。


「……………………」


「す、すごく背も高くてカッコいい人だったね。大学の先輩なの?」


「……………………」


「……結依姉さん?」


「えっ…………あっご、ごめんね。ちょっとボーっとしてて」


 上野先輩が来てからどこか結依姉さんが落ち込んでいるように感じる。さっきまであんなに楽しそうだったのに。


「あっ……注文の途中だったね。うっかりしてた、ごめんね」


「ゆ、結依姉さん、手から血出てるよ」


 手の甲から出血していた。買い物をしている間にどこかでぶつけてしまったのだろうか?


「わっ本当だ。でも全然痛くないから大丈夫だよ」


「え、えっと……こ、これ使って!」


 鞄から持ってきていたハンカチを取り出す。


「そ、そんな汚れちゃうから大丈夫だよ」


「ううん使って。怪我してるのに放っておけないよ」


「……ありがと」



 ■



<結依の部屋>


「…………」


 今日は最高の一日だったなあ。…………………………………………途中までは。


 何で千尋とのデート中なのに話しかけてくるんだろう。本当に空気読めないよねあの人。


 イライラして思わず手を引掻いちゃった。駄目なのに我慢できなかったなあ。


「はあ…………」


 思い出したらまたイライラしてきた。千尋が貸してくれたハンカチを見て落ち着こう。ハンカチを貸してくれる千尋は本当に優しいなあ。


 今日も写真いっぱい撮っちゃった。


「ふふっ……」


 写真を眺めていると自然と頬が緩んでしまう。この写真の千尋とか本当に可愛い。こっちは口にクリームが付いてる、昔からクリームとか付いちゃうところがあるよね。このゲームを大事そうに持ってる千尋も可愛いなあ。


 アルバムに写真を一枚一枚丁寧に保管していく。


 千尋が小さな頃からずっと撮り続けていて、今ではアルバムもものすごい冊数になってきた。


 千尋の成長を見られるのは幸せだ。


 千尋が私を尊敬してくれる、褒めてくれる、励ましてくれる、心配してくれる……これは本当に幸せなことだ。


 いつまでも一緒にいたいな……。




 ■




 〈居酒屋〉


「「かんぱーい!!」」


 先輩の音頭でみんなが一斉に飲み始める。今日他校と試合をして、その打ち上げを居酒屋で行っている。


「結依お疲れー」


「お疲れ様ー」


「今日も大活躍だったねー」


「ありがとう。まあ千尋が作ってくれたお守りのおかげだよ!」


 今日家から出る時に千尋が手作りお守りをくれた。忙しいのに時間を作って私の為に作ってくれていたらしい。


 もう本当に千尋は……。


「また弟さん。……ねえねえ、なんで結依はそんなに弟さんのこと溺愛してるの?」


「えっ?」


「そういえば結依から聞いたことなかったから。弟さんをそんなに好きな理由さ」


「うーん……うちの両親さ仕事であまり家にいなくて、私が千尋のお世話してたんだよね。だから私は千尋の姉だけど親でもあるみたいな」


「そうなんだ。大変だったね」


「ううん全然。逆に千尋が私を助けてくれたくらいだよ。それに私がカッコいいところとか見せるとすごく褒めてくれるの。親に褒められるより千尋に褒められる方が全然嬉しいんだ。だからもっと頑張ろうってなるの」


「そっか」


「バスケも弟がカッコいいって褒めてくれたから続けてるんだ」


 中学の時、バスケ部に入部して初めての試合で千尋が応援しに来てくれた。試合は負けてしまって私が落ち込んでいる時に千尋が励ましてくれて、褒めてくれたことは今でも忘れられない思い出だ。


「そういえば結依の弟、話だけで顔を見たことないかも。写真とかないの?」


「あるよー」


「えっ見たい見たい。見せて?」


「もちろん。うちの弟見て腰抜かすなよ!」


 スマホに保存してある私の千尋コレクションの一部を綾音に見せつける。


「えっ可愛い!」


「でしょでしょ! 千尋ってめちゃくちゃ可愛いから!」


「いや……本当に可愛いよ。これは結依が溺愛するのもわかるわ」


 綾音は画面をスクロールして私のコレクションをどんどん見ていく。


 褒められてとても気分が良い。千尋が褒められると自分が褒められることよりも嬉しい。


 千尋のあまりの可愛さに見惚れるのはいいけど、手出しは厳禁というのは綾音に言っておかないと。


「何見てんの?」


 上野先輩がグラスを片手に話しかけてくる。


「結依の弟さんの写真見てたんです。めちゃくちゃ可愛いんですよ」


「ああ結依の弟か。そういえばこの前会ったわ」


「ええ!? 羨ましい。実物はやっぱりもっと可愛いんだろうなー」


「まあ……あんまり結依に似てないし、なんか男っぽくもなかったけどな」


「……は?」


「ん? なんか言ったか?」


「結依?」


「えっ…………は、白菜のお漬物食べたいなーって。私、お酒のお供頼むの忘れちゃって」


「漬物って……結衣お前渋すぎるだろ」


「いいじゃないですか。結依は何頼んだって可愛いんだから。白菜の漬物メニューにあったかなー」


「はははっ……ありがとうー。ご、ごめんちょっとお手洗い行くね」


「そこ曲がったらあるよー」


「う、うんありがとう」



 ■



<トイレ>



「…………はあ」


 ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく!!


 千尋の事何も知らないくせに……千尋のことを馬鹿にしやがって!! なんなのあの人!!


 私に似てないから何? 千尋は千尋だし、私より何万倍も可愛いから! 男っぽくないて何なの? 意味わからない。腕力があることが男っぽいことなの? 体ががっちりしていることが男っぽいことなの? 千尋だって高校生になってから男の子らしくなってきたし!! それに千尋はめちゃくちゃ優しいし!!


 一回会って、数分話しただけで千尋のこと語るなよ。


「あっ……」


 また手を引っ搔いてしまいそうになるが手を止める。いけないいけない。傷が増えたら千尋に心配をかけてしまう。


「千尋…………」


 早く帰って千尋に会いたい……。




 ■




<自宅>


「…………んーー終わったー」


 明日の宿題を何とか終わらせることができた。背筋を伸ばし時計を見ると結構いい時間だった。


 ちょっとスマホをいじったらもう寝ようかな。


 コンコン。寝る準備をしているとドアをノックする音が聞こえた。


「はい?」


「千尋……入ってもいい?」


 ノックをしたのは結依姉さんだった。こんな時間にどうしたんだろう?


「うん大丈夫だよ」


「ごめんね。寝てた?」


「ううん。今から寝ようと思ってたところ」


「そっか……」


 どこか浮かない表情の結依姉さん。


「結依姉さん。何かあった?」


「えっ?」


「元気なさそうに見えたから」


「…………うん」


 結依姉さんは部屋に入ってくると僕のベッドに腰を掛ける。


「あのね、今日サークルの飲み会があったの」


「うん。昨日言ってたもんね。楽しかった?」


「……途中までは楽しかった」


「そっか……」


「飲み会の時に千尋のこと馬鹿にしてきた人がいたの」


「僕の事?」


「……千尋は私の自慢なのに。なんであんな風に言ってくるわけ。意味わかんない、本当にあり得ない……」


 結依姉さんすごく怒っているのか、グッと力強く自分のズボンを握っている。


「そうなんだ……。僕のせいでごめんね」


「う、ううん千尋のせいじゃないよ! 謝らないで! 千尋は何も悪くないし! 悪いのは全部あの人だから」


 手を激しく振って否定する結依姉さん。


「ねえ千尋、今日一緒に寝てもいい?」


「えっ……」


「小さい頃にやったみたいにさ……駄目かな?」


 小さい時は二人で同じ布団で寝たこともあったけど、さすがに年齢も年齢だし……。


「お願い。今日だけだから……」


 結依姉さんが目に涙を浮かべながら僕の顔を見つめる。


「…………いいよ」


「やった!」


 寝る準備をしてベッドに入ると結依姉さんも一緒のベッドに横になった。


 いいよとは言ったけどいざ一緒に寝ると恥ずかしくなってきたので結衣姉さんに背中を向ける。向かい合ったら恥ずかしがっているのがバレてしまうかもしれないし。


 そんなことを考えていると結依姉さんが僕の背中に優しく抱き着いてきた。


「あったかい……」


「ち、近いよ結衣姉さん」


「いいじゃん。この前いっぱい買ってあげたからそのお礼ってことで」


 そう言われてしまうと何も言えない。大人しくこのままの状態で寝ることにしよう。


「千尋……。あのね久しぶりに褒めてほしいな」


「恥ずかしいよ」


「褒めてくれないとずっと引っ付いたままだから」


 抱き着いている腕の力がぎゅっと強くなる。このままだと寝れないし、仕方ない。


「……結依姉さんは僕の憧れだよ。バスケをしている姿も本当にカッコいいし。勉強もサボることないし、本当にすごいよ」


「うん……」


「でも頑張りすぎるところがあるからそこだけ心配かも。あまり無理しないでね」


「ふふっ……ありがとう」


「元気が戻るように明日は結依姉さんが好きなハンバーグ作るね」


「本当に?」


「うん。だから今日はもう遅いから寝よう?」


「うん……ありがとう。楽しみにしてるね」


「おやすみ結依姉さん」


「おやすみ千尋」





「……千尋。大好きだよ」



 ■




<学校>



「千尋ーー!!」


「結依姉さん?」


 学校終わり、校門の前で結依姉さんが手を振っていた。通り過ぎていく生徒たちがチラチラと結衣姉さんのことを見ている。


「どうしたの学校まで?」


「ん? そろそろ学校終わるかなって思ったから迎えにきたんだよ!」


「えっわざわざ来てくれたの?」


「当たり前じゃん。千尋のためだもん。ほら乗って乗って」


「う、うんありがとう」



 ────



<千尋の部屋>


「ねえねえ千尋聞いて聞いて。今日ねサークルでね」


「ゆ、結依姉さん。あの……明日テストがあるからその、一人で集中したくて……」


「あっ…………ごめんね。迷惑だったよね」


「迷惑とかじゃ全然ないよ。ごめんね言葉が悪かったかも」


「千尋のことも考えないで自分ばかり……最低なお姉ちゃんだ。ごめんね嫌いにならないで」


「き、嫌いにならないよ。勉強終わってからなら話は全然聞くから」


「……本当に?」


「うん。だから少しだけ集中させてほしいな」


「うん! ……そうだっ! じゃあじゃあ勉強がはかどるように何か飲み物持ってくるね!」



 あの日以降、結衣姉さんの様子が前と少し変わった。


 前よりもいっぱい話すようになったし、一緒にいる時間が増えた気がする。前もいっぱい話していたし一緒の時間もあったけど、ここまで結衣姉さんの方から近づいてくることはなかった。





 ■




<校舎裏>


「私の彼氏になってほしいの!!」


 ある日の放課後、幼馴染の桜佐さんから人気のない校舎裏に連れて行かれるとそのまま告白をされた。


「ほら私がモデルの仕事で落ち込んでるときにさ、すごく励ましてくれて……。昔から変わらない千尋のその優しいところが……だ、大好きだから」


「あ、ありがとう……」


「その……返事貰えると嬉しいかも」


「……僕も桜佐さんのこと好きだったから、こちらこそよろしくお願いします」


「ほ、本当に!! やったーー!!」


 何度も跳んで喜んでいる桜佐さん。


「じゃあじゃあ私たち今日から恋人だよね」


「うんそうだね」


「ふふっ……あっそうだ。浮気は絶対ダメだからね」


「し、しないよ」


「冗談だよ」




 □■□



<大学・キャンパス内>



『私の彼氏になってほしいの!!』


『……僕も桜佐さんのこと好きだったから、こちらこそよろしくお願いします』



「うそ……」


「結依大丈夫? めちゃくちゃ顔色悪いよ」


「ごめん。ちょっとトイレ」


 講義室から急いでトイレへ駆け込む。


「はあ……はあ……」


 大学にいても千尋のことを知れるようにと仕掛けた盗聴器から聞こえてきた会話……。


 桜佐って……あの近くに住んでるあの女だ。確かモデルか何かをしてる。まさか千尋に告白するなんて……。


「ち、千尋が…………取られちゃう」


 千尋が他の女と手を繫ぐ。デートをする。キスをする。繋がり合う。ずっと一緒にいる。


 私のことよりその女を優先する。私のことよりその女のことを考える。私の事よりその女を褒めるようになる。


 私よりその女を好きになる。


「うっ……おえっ」


 考えただけで吐き気がする。


 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。


 絶対に嫌だ。


 私は一番千尋と一緒にいたんだ。千尋のことは誰よりも知っている。


 私が誰よりも千尋のことを愛してるんだ……。




 □■□


<自宅>



「ただいま」


「……おかえり」


 帰宅すると結衣姉さんがキッチンに立っていた。


「千尋、汗すごいかいてるね」


 今日は気温も高く、歩くだけで汗をかいてしまう。家に到着するまでに汗をたくさんかいてしまった。


「外暑かったもんね。はい冷たいオレンジジュースだよ」


「ありがとう」


 渡されたオレンジジュースで喉を潤す。冷たくて美味しい。あっという間に全て飲み干してしまった。


「千尋ちょっといい?」


「なに?」


「千尋はさ……私の事好き?」


「えっ……急にどうしたの?」


「いいから。答えてほしいな」


 結衣姉さんから有無を言わさない雰囲気が漂っている。はぐらかしたりせず答えよう。


「す、好きだよ。すごく尊敬してるし、結依姉さんは小さい頃から今まで僕の憧れだよ」


「……ありがと。やっぱり千尋は他の誰にも渡したくないや」


「どういうこと……?」


「千尋さ、今日告白されたでしょ? あのモデルの女に……」


「な、なんで知ってるの?」


「告白されるのはいいよ。千尋は魅力的だから。でもオッケーするのは良くないと私思うな」


 桜佐さんから告白された時、周りには誰もいなかったはずなのに結依姉さんは僕が告白をオッケーしたことまで知っていた。


「あの女は千尋のこと本当によくわかってると思う?」


「えっ」


「千尋が生まれた時から今まで一番一緒にいたのは私だよ。お母さんでもお父さんでもない。ずっとずっと一緒にいた」


「…………」


「愛してるよ千尋。誰にも渡したくない。私から離れて欲しくない。………だからごめんね」


 急に視界がぐらつき始め、床に膝が着いてしまう。……立っていられない。


「ゆ、ゆい……ねえ、さん」


 なんだろう…………すごく、ね……むい。


「大丈夫だよ。ちょっとだけ眠たくなるだけだから」



「ずっと一緒にいようね千尋」




 終わり


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