それは唐突で、必然で

「真由」

 食事が終わり、村田は真由に声をかけ立ち上がると手を差し出す。

「少し付き合って欲しい場所がある」

 真由を立たせ、ベビーカーを押してホテル内を歩くと少し大きな扉の前で立ち止まり近くにいるスタッフに目配せをする。

 一瞬にして張り詰める空気に、真由はそっと村田を見て様子を伺う。

「これが最後だから」

 村田は真由の腕を自身の腕に組ませ、扉が開くと光で目が眩む。

 パァン!

「ぴゃっ?!」

 破裂音に固まり身動きが取れなくなる。

「Happy Anniversary!」

「ぇ…?」

 状況が分からず気の抜けた声に、肩を揺らして笑う村田。

「え、何?え…」

 目が慣れ、状況を把握しようとするも予想外の展開に言葉が出ない。

「主役は堂々とする」

 無茶苦茶な事を言って、そのまま歩き始める村田に、パニックになりながら止まらせようとする真由。

「無理ですよ〜真由さん。諦めて進んで下さい」

「だって、どうしてこうなるの?!」

翔月かけるが拒否られてる」

 あちこちから色んな声が飛び交う中、真由は村田によって強制的にバージンロードを歩かされていた。

「…歩かないなら、お姫様抱っこする?」

 楽しそうな声に、勢いよく首を左右に振り

「それは無理です、ごめんなさい。歩きます…」

 と返せば、笑い声に包まれる。

「真由、詳細は後で説明する」

 立ち止まり困った顔をした真由の掌を取ると跪く。

「翔太も絶対幸せにするから、結婚して下さい」

「……無理だよ」

 公開プロポーズを下にも関わらず、真由から出るのは拒否。

「書類上はオレ達夫婦だけど」

「ダメ、だよ」

 一部を除いてハラハラ見守られる状況に、村田は仕事時の笑みを浮かべる。

「分かりました。での結婚で構いません」

「それはっ」

 唇を噛んで黙る真由に、

「代表、

 と返す。

「嫌だ…」

 何とか絞り出した言葉と共に涙が溢れる。

「うん、だったらなんて言うの?」

 涙を拭いながら問う。

「私も幸せにするから、よろしくお願いします」

 返事を聞いて、ワッと歓声が上がる。

「オレの気持ち少しは分かった?」

 真由を抱き寄せて囁くと小さく謝り、指輪交換を行い式は進む。

「リア充爆発しろー」

 フラワーシャワーをかけながら、叫ぶ男の声に立ち止まり、

「塚田の子会社ひとつなら、簡単に傾けられますのでご用心下さい」

 と叫んだ男を真っ直ぐ見つめ呟く。

「村田くんを敵に回したら、何かしらを失うだろうね」

 創一は叫んだ男の肩を叩いて、笑う。

「真由を敵に回すより、真由を味方にする方が身の為だよ」

 諭すように言えば、

「その際は、私が対応しますので悪しからず」

 すかさず釘を刺せば、楽しそうに笑う人間と顔を引き攣らせる人間と別れる。

「お忙しい中ありがとうございました」

 二人で頭を下げその場を出れば、ノンナが泣き笑いで扉の前で待ち構えていた。

「マユ、カケルと幸せになるのよ!」

「ノンナ…翔月の事はいつ知ったの?」

 抱いていた疑問を口にすれば、

「あら、何時だったかしら…」

 と村田に視線をやり曖昧に返す。

「日本に戻っても、また遊びにいらっしゃい!貴方達ならいつでも歓迎するわ!」

 村田の背中をバシン!と勢いよく叩く。

「明日、翔太を迎えに行くので」

「どうせ、何も説明しないで強行突破したんでしょ?ちゃんと説明しないと拗れるわよ」

 ふふっと笑って、真由の顔を覗き込む。

「私が知るカケルより、貴方の方が詳しいでしょう?」

 何を言わんとするか分かり、笑ってしまう。

「納得するまでカケルの言い分を聞いて、納得したらショウタを迎えに来るのよ?式挙げて即離婚だなんて許さないわ」

 胸が暖かくなる言葉に、思わずノンナに抱き着く。

「ノンナ、ありがとう。ちゃんとしたお礼は改めるけど…」

「コミュニケーションは大事よ。マユも言葉にして伝えるのよ!おめでとう」

 優しく抱き締め返し、ノンナが動こうとする気配に腕を解放する。

「じゃあ明日待ってるから」

 ノンナは手を振って帰る後ろ姿に、長い息を吐く。

「説明するから、移動しよう」

「説明の前に少し休ませて」

 たった数時間の出来事に感情を振り回され疲れているはずなのに、嫌な疲れ方ではない。

 ホテルの一室に入り、村田は真由をソファに座らせノートパソコンを取り出す。

「ペーパーレスの時代だから、必要最低限の資料だけ」

 まるでプレゼンでもするかのような雰囲気に、

「プレゼンとか懐かしいー」

 と伸びをしながらヒールを脱ぎ捨てる。

「プレゼンぽくやる?」

「これ、?」

 真由の言葉に、ニヤリと笑う。

「仕事も含んでるけど、基本的にプライベート」

「翔月にお任せします」

 わざとらしく付けをすれば、今までの経緯をプレゼン風に始める。

 村田に際、書かされた離婚届は直ぐに手続きを行い、婚姻届は再婚禁止期間を終えてからの提出。

 子供しょうたの為に、創一と医師に必要書類を書かせ、村田は戸籍上も父親になる為ありとあらゆる手段を取っていた。

 説明が終わるとおもむろに、紙を数枚キーボードの上に置く。

「色々な証拠」

 一枚目は記念タイプの婚姻届受理証明書、翔太と翔月のDNA鑑定結果、創一と医師の書いた書類のコピーと、証拠としては充分過ぎる量だ。

「…前から思ってたけど、翔月って完璧主義だよね」

「真由に関してのみ、完璧目指してるから当然」

 その言葉に衝撃を受けたのか声が出ない。

「だから何度も言っただろ。真由はオレのこと甘く見すぎ、って」

「翔月の執念に、ある意味恐怖を覚える程度の認識はあるけど」

 何とか立ち直り言い返せば、

「オレと結婚する気ないなら、せざるを得ない状況にすればいいだけだろ?それに、オレ以外の人間と結婚しようものなら、物理的な抹消をするつもりだったから」

 と笑う村田に、これ以上話を聞けば知らなくていいことまで知ってしまう気がした真由は話題を変える。

「何で、今日なの?」

 式の日程を問えば、村田は指で紙を叩いて、嬉しそうに笑む。

「え…」

 婚姻届受理証明書と同じ日であり、二人が付き合い始めた日だ。

「真由がサプライズを喜ぶから」

「……翔太の父親になってくれてありがとう、翔月」

 村田の表情に感化されたのか、言うつもりの無かった言葉が出る。

「確信はあっても、真由から聞けて良かった…」

 ふぅと息を吐いて、真由に抱き着く村田は微かに震えていた。

「バカだなぁ、翔月以外の子供なんて要らないよ。でも今まで待たせて、ごめんなさい」

 震える背中をゆっくり撫でながら謝る。

「オレは真由と幸せになる為なら、今までのことは、大した問題じゃない」

 根に持つ宣言をしながらも、笑って流す。

「ありがとう、翔月」

「こちらこそ。幸せになろう、真由」

 こうして、真由の色んな人を巻き込んだ契約結婚は幕を閉じた。



 おわり






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貴方の子供ではありません 蝶 季那琥 @cyo_k

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