執念の末
真由と村田の話し合いもとい軟禁は、真由が折れる以外の道はなかった。
部屋に入ってから村田は仕事時の言葉遣いを通し、真由の話を聞いているようで一切聞か ず、それが長引くことで疲弊する。
何度も言葉遣いを変えてと伝えても、『仕事でしょう?』と最後まで直さなかった。
これに関しては村田の作戦勝ちのようで、真由は諦めざるを得ず、一先ず折れた。が、真由も諦めるつもりは無い。
勿論、村田はそれを見越して行動を取る。
「代表、あの…おめでとうございます」
部下の一人が声をかけてきたことでそれは発覚した。
「…ありがとう」
なんの事か分からないながらも、無難に返す。
「でも、まだ安定期前…ですよね?公表するのが随分早いなと思いまして」
村田の策略だと気付き、ニコリと笑う。
「私が居なくても、ここは回るから。
「社長と上手くいってるんですね!」
無邪気な言葉に罪悪感を感じることも無く、
「ふふっ、貴方がそう思っても外野はどう思うかは分からないけど」
と曖昧に返す。
「おはようございます」
「村田、塚田から聞いてるかもしれないけど」
村田が現れた事にザワつく空気を、仕事と割り切っている二人は気に止めない。
「慶事ですが、いつ公表するかは代表次第で、と言いたい所ですが、昨日の時点で
「…会長は?」
社内に留まらずメディアに情報を流したのは村田だが、それを悟られる訳には行かない為、敢えて話題を変える。
「既に調整済みです」
「村田から、変更点は確認済みね?詰めるから、何かあれば内線で」
テキパキと話を進め、村田に渡された書類に視線を落とし代表室に足を踏み入れた。
「保険で体外受精もしてあります」
「分かった。それで?」
真由は先程渡された書類に含まれていた週刊誌の記事の原案と思しき紙を机に置く。
「それで、とは?」
村田を睨みつつ椅子に座る。
「
目の笑っていない笑みに、溜息が口を付く。
「わざわざ『
「仕事と割り切って下さい。代表は得意でしょう?」
今まで散々言い続けていた言葉を村田が放つと刺々しく感じつつ、
「仕事、ね」
と諦めたように返し、その後は仕事をそつなくこなした。
真由の体外受精で後継者を作った事実は、想像以上に世間を賑わせることになる。
が、その報道以降真由は一切表に出ることは無く、国外に出国したと報道されたのは産後を少し経過してからだった。
「そろそろ書類出さなきゃ…」
そう呟きながら、ベビーベッドで眠る息子の頬を撫でる。
「妙ちゃん達も生まれたし、これで安心…だけど、書類だしたら
真由は、記者会見をしてしばらくは家に籠っていたが、父や塚田を使い村田に気付かれないように出国をし、出産をした。
村田にすぐ見つかるのではないかと、しばらくは怯えながら生活していたが、村田本人からの社内メールで怯える生活は終わる。
【どこにいようと、代表と子供が元気であれば問題ありません】
その一文で、不満と納得の少し複雑な気分になり、苦笑を禁じ得なかった。
自ら望んで村田から離れたにもかかわらず、探して貰えない事に不満を抱くとは随分と自己中心的な考えだ。
ここに来る際、居場所がバレないように携帯は解約をし、荷物は全て自宅に残したものの、唯一身につけて持ってきたのは、指輪が通されたロケットペンダント。
当然どちらも村田からプレゼントされた物だ。
「貴方のお父さんにはしばらく会わせられないけど、創ちゃんと妙ちゃんの子供には会えるからね」
帰国しても、しばらくはホテルに滞在して村田と子供を接触させない予定だが、情報網が侮れない。
「マユー、ダーリンが来たわよ」
ノックと共に姿を表したのは、ハウスキーパーをしているノンナだ。
「え…創ちゃん?!」
ノンナには村田の情報を一切伝えず、創一の名前は伝えていた。
「ベビーは後で連れていくわ。リビングで待ってるから早く行きなさい」
「ありがとう」
礼を言いつつ、リビングに向かうが、真由は腑に落ちず首を傾げる。
一週間前に創一と妙子の子供が生まれたばかりで、自分に会いに来ている場合ではない。
「創ちゃん、こんな時に…ってあれ?創ちゃん?」
リビングに足を踏み入れながら、声をかけるも姿がない。
「旦那に値しないって思ってるから、創一がすぐ出てくるのか」
ドアが自然に閉まるのと同じタイミングで後ろから抱きつかれる。
「は、え…なん、で?」
「さぁ?」
真由の質問に答える気は無いらしく、肩に頭を乗せてフゥと息を吐く。
「やっと…」
絞り出された言葉に、村田から離れた月日に様々な思いが溢れそうになるのを堪える。
「長かったわね、カケル?」
息子を抱えて入ってきたノンナの言葉に感じた違和感にはたと気付く。
ノンナには村田の話はしていない、にも関わらず、村田の事をダーリンと呼び、嬉しそうだ。
「ノンナ…」
困惑が伝わっているだろうノンナは、ふふっと笑う。
「あなた達に必要なのは、話をすること。キッチンにいるから、困ったら呼んでちょうだい」
息子をベビーベッドに優しく置いて、リビングを出て行く。
「真由、名前は?」
いつの間にか解放され、村田は真由に声をかけながらベビーベッドに歩を進める。
「真由?」
「いつ、ここが分かったの?」
村田の質問に答えるべきと頭では理解してるものの、自分の疑問が先に出てしまう。
「いつかは関係ない」
その言葉に肩の力が抜ける。
「コレだけ要素があれば、オレの子だ」
ベビーベッドで眠る子供の顔を覗き込みはにかむ。
「…確かに村田に似てるかもね」
創一の子供だと言っても似ても似つかない顔立ちに、村田の子供と認めざるを得ない訳だが敢えてとぼける。
「
呆れた言葉で振り返れば、真由は村田をまっすぐ見つめ
「創ちゃん達には幸せになってもらいたいから」
と返す。
「じゃあそろそろ真由の番だな」
「は?」
思いのほか低く出た声音に真由自身も驚く。
「前も言ったけど、真由はオレを甘く見すぎ」
何を甘く見ているというのか分からないが、村田の考え全てが理解出来ていない為黙るしかない。
「オレは真由の為なら何でもやる。これは付き合い始めてから変わらないし、この先ずっと変わらない。それに」
子供に手を伸ばし、柔らかい頬に触れる。
「真由と翔太には無責任な事をするつもりは無い」
言葉の意味が理解できず動けずにいれば、村田は笑う。
「真由とオレの結婚は成立してる」
「再婚禁止期間…まだ過ぎてないよね?」
真由が創一と離婚したのは翔太が生まれてからで、離婚から再婚出来るまでは100日という期間が設けられているが、勿論例外もある。
「因みに、翔太の父親は戸籍上もオレになるから」
「ねぇ、話聞いてる…?」
「創一に書かせたから、親権も真由。だから行くぞ」
噛み合わない会話に、車に連れていかれるも反応が遅れ、車が走り出してからハッと気づく。
「翔太は?!」
泣きそうな声に、苦笑して頭を撫で
「ノンナに話は通してある」
と、言うだけで説明はなく、到着した場所はとあるホテルだった。
「レストランを予約した。着替えは用意してあるから」
村田は真由を着替えさせる為にサロンまで連れて行く。
「準備出来たら連絡して」
真由の背中に声をかけ、村田には踵を返し立ち去ってしまう。
ここに来るまでの強引さに、懐かしさを覚えつつサロンスタッフに準備を任せる。
白から藍に変化するグラデーションのドレスに着替えると、スタッフにレストランに案内され、村田に連絡していないことに気付く。
『すぐ行く』
無意識に村田の携帯番号を押し、それだけ言うと電話はすぐに切られ眉を寄せる。
人のことは言えないが、村田も事後報告が多い為、溜息をついて本人が来るまで携帯を見ながら時間を潰す。
「真由」
声をかけられ、目を見開く。
藍色のスーツを着た村田と、フォーマルロンパースを着た翔太がベビーカーで登場したからだ。
「え…と」
何をどう言えばいいか分からず、困惑すれば村田は表情を緩める。
「家族揃っての食事、楽しみにしてたから」
そう言って席に着き、自然とお互いの近況の報告をし、食事も楽しく進んだ。
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