お互いの覚悟
薩摩屋での契約結婚の話が纏まった後、業務提携という大ニュースと政略結婚が発表された。
ワイドショーはお互いの恋人の存在を可哀想だと悲劇のヒーロー、ヒロインと騒ぎ立て毎日のようにお茶の間を賑わせる。
ワイドショーをも良いように利用しつつ、本来の目的も果たさねばならない。
「離婚後私が責任取ります」
「村田はなんの責任を取るの?」
二人の会話はいつも堂々巡りだ。
「わざわざ、真由が妊娠する必要性を感じないってことです」
「村田だって、
真由の言葉に村田は眉を寄せる。
「
真由は村田に、体外受精した創一と真由の受精卵を体に戻す為に保険と称して一線を越えさせていた。
本来なら
「それに、妙子さんは」
「体外受精だから許可が出た。私も体外受精以外なら創ちゃんとは結婚しない」
そこまで、政略結婚と妊娠に拘る理由が理解できない村田は、奥歯に力を込め責める言葉を飲み込む。
「…もし、もしですが私との子供が出来たらどうするつもりですか」
「その時はその時」
村田の希望する言葉は真由からは出てこない。いつもの事だが、如何せん体外受精とは言え、友人との子供を作ると言われた衝撃は想像を絶する物だった。
「真由は仕事だからと、事後報告が多過ぎます」
「あの二人が幸せになる為なら、私は身を滅ぼす事になってもやる」
真由の真剣な顔に、村田はダン!と壁を叩き苛立ちを隠さずに腕を掴む。
「分かりました。創一達の為に身を滅ぼす覚悟があるなら、私の為に身を滅ぼすのも変わりませんね」
「むら、
滅多に怒らない村田の醸す空気に、名前を呼ぶ。
「今、名前を呼ぶのが正しいと思った?」
幾分低くなった声と、敬語のなくなった言葉遣いに腕に力を込めれば掴まれた腕を離される。
「何で怒ってるか分からないだろ?」
問いかけに、何を答えても状況が悪くなると悟り唇を噛む。
「状況が悪くなっても言い訳するなら聞くのに、それすらしないならオレのやり方で進めるから」
ポンと頭に手を置いて、真由のポケットから携帯を取り出す。
「代表の携帯からすみません、村田です。提携に関してこちら側に不備がありまして、調整を急遽しなければならなくなりました」
「あ」
真由の唇に人差し指を当て、目の笑っていない笑顔を向けながら[黙ってろ]と口を動かす。
「週明けの打ち合わせは完璧にしますので、日曜日までの予定を全てキャンセルと調整をお願いします。塚田社長には私から連絡入れますので、急遽変更で申し訳ありませんがよろしくお願いします」
口を挟むことが出来ず、村田の良いように事が進む。
『真由、どうかした?』
創一への電話はスピーカーに切り替えられ、開口一番の言葉に眉が動く。
「創一、今日の打ち合わせはキャンセルだ」
「待って、村田!」
ハッとして、携帯に手を伸ばせぱ、状況が読めたのか、溜息が聞こえる。
『キチンと話し合いをしてって言ったはずだよ』
「村田が頷くわけ、… あ」
村田を怒らせてしまったことにより、普段はしないミスを犯す。
『痴話喧嘩は、僕関係ないから切るよ』
「お前らが原因だろ」
『…真由に聞かせる気は無いからスピーカー切ってくれるかな』
「創ちゃん、大丈夫だから切って!ね?」
身長差も含め村田から携帯を奪うのは無理と判断し、切らせようと声をかける。
『村田くんは覚悟なんてないから、かな?…真由が何で
「は?真由が育てられないのに産む…?」
村田が動きを止めた隙に、携帯を奪いスピーカーを切って村田と距離を取りながら小さく悲鳴じみた声を出す。
「創ちゃん、ホント余計なこと言わないで!村田が…!」
『本気でぶつかったことないくせに。それに、村田くんが怒るのは至極当然だよ。それが策略なら、真由の思惑通りに事が進むかもね』
含んだ言い方に、フッと笑う。
「頭のいい人の考えることなんて、私には分からなっ?!」
口を掌で塞がれ、声が出ない。
「真由、オレがいるの忘れてる?」
耳元で囁く村田に息を飲み、思考が停止する。それは他人の目がある時には絶対にしない動きだ。
『…敢えてその声?』
真由から携帯を取り返し、耳に当てればそんな言葉が入ってくる。
「どんな経緯があったにせよ、許すつもりは無い」
『うん、それでいいよ』
楽しそうに答える創一に、舌打ちをすれば、
『真由を幸せに出来るのは、翔月だけだからね。兄として言えるのは、君と真由には幸せになって欲しい。それに尽きるんだ』
兄妹のように育った創一の言葉に、
「分かってる」
と答える以外ない。
『子はかすがい。
言い切る創一に、
「性格悪い」
と返す。
『真由にも幸せになって貰わなきゃだから、部屋に閉じ込めておいて欲しいのが本音だけど…真由が望まないからね…』
溜息を零しつつ、
『翔月、いい加減覚悟を決めなきゃ、いつまでも手に入らないよ』
真剣な声音に村田はゆっくり深呼吸をして、
「その為に、時間を作った」
と返す。
『ダメだったら慰めてあげるから、せいぜい頑張れ』
言いたいことを言い切ると、創一は電話を切ってしまうが、村田の表情は晴れ晴れとしていた。
思考回路がまともに動かなくなってしまった真由は、村田の手を握りながら俯いている。
「…創ちゃんはなんて?」
電話が終わったことに気づき、問う。
「覚悟を決めろ」
村田の言葉に、真由はビクリと体を震わせる。
真由の覚悟は、村田の子供を作って、村田の前からいなくなることだ。その為に、体外受精で子供を産むという、嘘をついた。
村田の子供さえ居れば村田本人が居なくても大丈夫だと自身に言い聞かせている時点で、気持ちと建前が異なることに、気付いていない。
「真由が創一の子供を産むのは、理解できないし、オレは認めない。でも、それがお前の覚悟なら、仕方ない。仕事だって割り切ってやる」
幾分棘を含ませ、真由の反応に注意を払う。
「最悪創一の子供を諦めるにしても、オレの子供は作るから」
「え、何言って…」
自分の希望ではあったものの、村田の口から出るとは思わず、目を白黒させる。
「真由、創一なんかどうでも良いから、オレと結婚しよう?」
一番欲しくて、一番望んではいけない言葉に、首を横に振って唇を噛む。
「何で?オレしか真由を幸せに出来ないし、オレ以外の人間に奪われる位なら」
両手で頬を包み、
「真由から全てを奪うけど、その覚悟は出来る?」
と、問う。
「嫌だ、無理…私は翔月と結婚しない」
「そお?じゃあ、創一との結婚は阻止するけど」
そっと額にキスをして宣言する。
「翔月!」
「オレの欲しい言葉をくれないなら、真由の望む言葉はやらない。創一と妙子さんの結婚なんざ知るか」
言葉とは裏腹に優しく真由の手を取り、恋人繋ぎをして腕を引く。
「な、何?」
「保険なら保険らしく、子供を作ろうかと思って。それに、採卵もついでに阻止したら、真由の希望は潰せる」
鼻歌を歌い出しそうな様子に、真由は足を踏ん張る。
「真由が言い始めたことだろ?受精卵を戻すために、手伝って欲しいって。最悪受精卵が出来なくても、中に受精卵が有れば妊娠した事実は残るし、それがダメでも受精卵を戻せばいい」
手伝って欲しいの一言で、
「真由はオレの事甘く見すぎ。創一からは出たし、今は真由の気持ちは関係ない」
クスクス笑い、再び歩き出す村田。
「嫌だ、無理、結婚しないって、残酷な言葉だろ?言われてどんな気持ちになるかより、自分の気持ちが優先されるなら、オレは真由の気持ちも何もかも無視して、絶対結婚する」
「………」
無言を貫けば、村田はふと笑う。
「塚田も渋谷も潰れようと興味は無いけど、お前を奪う気なら潰す。それだけ本気だって分からせる為に、軽く塚田を傾けるか」
「待っ」
言葉の意味を理解して、思わず声を出す。
「何時までですか?ここ数年、仕事だなんだとはぐらかされたことに比べれば、たったの一回ですよ。持ち直せる程度の軽い打撃の予定ですし。創一との子供作るって言われるより衝撃少ないと思いませんか?」
ある部屋に引き込まれると同時にガチャン!と鍵の締まる音が響く。
「無理矢理承諾を得るつもりは毛頭ありませんので、安心して下さいね?」
そう言って、村田は真由をソファーに座らせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます