貴方の子供ではありません

蝶 季那琥

契約結婚

「簡単な話、創一そういちと契約結婚して欲しいんだよ」

 契約結婚と言われた縁談はなしは、父の友人であり大企業の会長でもある、塚田からもたらされた。会社を継いだ息子とのことを心配してのことだ。

 家柄を気にする古い感覚が親族にはまだ根強く残っている為、友人である父に声をかけた。とはいえ、彼は息子がどんな人間と結婚しようが家業をきちんと続けてくれれば良いとハッキリ言う。

「偽装で親族にバレたら面倒だからさー、契約結婚にしてもらって、村田くんと子作りしてくれない?」

 発言はだが、言わんとすることは理解する。

「離婚したら、村田くんと再婚すればいいし」

「法的には、村田ではなくそうちゃんの子供ってなりますけど、親権さえきちんと取らせて貰えれば」

 そう答えつつ、携帯を取り出す。

「お世話になっております、渋谷しぶたにコーポレーションの渋谷と申します。契約の件で社長秘書の櫻澤さんにお願いできますか」

 電話をかけたのは株式会社塚田。縁談を持ってきた塚田の会社だ。

『お世話になっております。お繋ぎ致しますのでお待ち下さい』

 わざと代表番号にかけたのは、渋谷との契約話が出ていることを、為だ。

『お世話になっております、櫻澤です』

 すぐさまスピーカーに切り替え、話を始める。

「御社塚田会長より先程契約のことで連絡を頂いたのですが、社長には伝えていないとの事で、お時間頂きたく連絡致しました。夕方以降で調整をお願いできますか?櫻澤さんには同行もお願いしたいのですが」

『同行の件かしこまりました。…昼食がまだでしたら、ご指定の時間より早いですが如何でしょう?』

 チラリと二人に視線を送れば、頷く。

「薩摩屋へ十二時の予約を入れますので、契約の詳細は後程」

『ありがとうございます。では、後程よろしくお願い致します』

 仕事としてのやり取りを終え、肩の力を抜きフーっと息を吐き出す。

「おじさん、私より創ちゃんに通すべき事案だよ、

 塚田は親戚のおじさんの感覚だが、仕事が関われば公私を弁える。

「創一は頷かせるのが大変なんだ」

「まぁ、契約結婚とは言えお互いに傷が付くから普通は嫌なものじゃない?私は気にしないけど」

 気にする要素がない為あっけらかんと呟けば、

「あいつは自分より真由ちゃんにバツ付くのを気にしてるからなー」

 と苦笑して頭を搔く。

「それより塚田。お前、契約結婚を提案するにしても、言い方が最低!コンプラ的にもアウト!」

 父と塚田の会話を聞き流し、昼食の予約を取ってノートを取り出し今後のことを考えながらメモをした。


「急遽の予定変更になってしまい、申し訳ございません」

 に関わる人間が薩摩屋に集まり、互いに簡単に挨拶を始めるが、すぐに堅苦しい空気は無くなる。

「で、契約って?櫻澤から聞いたけど全く思いつく案件が無いけど」

 株式会社塚田の社長、創一が会長の父親に問う。

「真由ちゃんと契約結婚の話」

「断るって言ったはずだけど」

 間髪入れずに拒絶すれば、苦笑いを浮かべ、

「真由ちゃんが快諾してくれたよ」

 と。

 真由自身は快諾した記憶はないが、塚田と父の中では決定事項となっていた。

「村田くんと、まさか別れるの…?」

 創一は目を丸くしながらの問いかけに、場の空気が冷え込む。

「村田はビジネスパートナーだから平気だよ」

「村田さんに話さないつもりですか?!」

 何故か村田に話さない選択を責められる空気に、表情に不満を乗せる。

「真由、それは創一くんか塚田が死ぬ」

「村田は仕事なら文句言わないよ。それにそんな物騒なことしないって」

 クスクス笑えば、皆が遠い目をしながら目で会話を始めた。

「お前にはな。それに、子供の件もあるんだから翔月かけるの協力が」

「子供…?」

 不穏な空気に、手を叩いてからバックからファイルを取る。

「資料を配りますので、着席願います」

「この短時間でプレゼン資料作ったの?真由ちゃんさすが過ぎるんだけど」

 塚田の言葉に溜息を付き、座れと示す。

「塚田会長からの提案と、私からの提案の二点をお話します」

 プレゼン資料一枚目には、塚田創一と櫻澤妙子さくらざわ たえこを結婚させる為の既成事実と、それを気付かせない為の契約結婚、のみ大きく書かれている。

「塚田の親族に限った事じゃないけど。子供が出来てしまえば結婚を許すタイプと、許さないタイプで、親族そちらに関して後者が多数。遠いとは言え、自分の息がかかった人間を本家に入れたいはず。前者は渋谷うちの甘い汁を啜りたい。どちらにしても、この契約でその辺を断捨離きりすてる。と言っても、創ちゃんが妙ちゃん以外と結婚するなんて信じるはずないから、二枚目」

 政略結婚と知らしめる為の業務提携

「渋谷と塚田は付かず離れずの関係性を保っているのを敢えて崩す、メリットは?」

「創ちゃんには不名誉の、との間に子供を作ったとなれば、親族にチャンスと見なされるってこと」

 創一の表情がスっと無くなる。

「真由ちゃんエグいねー」

 息子との契約結婚を提案した割に、他人事のように笑う塚田に、真由はニッコリ笑う。

「それで、形式的に子供は塚田が引き取る、となると?」

「家柄だけでなく、血筋も文句のつけようがない」

 渋谷も塚田同様、大企業だ。しかし、お互いが友人だからといって政略結婚をさせるつもりがない。

 創一も真由も恋人がいて、ゆくゆくは結婚するであろう事は分かりきった事を敢えて、政略結婚する事でどんな化学反応があるか予測不可能だ。

「妙ちゃん、創ちゃんにバツつけちゃってからのになっちゃうけどごめんね」

「そんなことより、塚田が引き取る子供って?!」

 敢えて省略した部分に食い付いてくる妙子に苦笑しつつ

「優秀な秘書たえちゃんが、簡単に動揺したら足元掬われるよ」

 窘める。

「簡単な話、妙ちゃんと創ちゃん、私と村田で子供を作って、妙ちゃんの産んだ子供を私が産んだと見せかけるだけ」

「あ、そっか…ってはぁ?!」

 予想通りの反応に吹き出す。

「体外受精で産むのが正しいとは思うけど、例えだとしてもは無理だわ。それは創ちゃんも同じだと思うし。会長は体外受精はそもそも考えてなかったみたい」

「そうでもしないと、二人結婚しないでしょ」

 頷きながら当然のように答える。

「だからって、村田と子作りをお願いするのはないと思いますー。コンプラ的に今は厳しいんですよ!まぁおじさんだから良いけど」

「嫁入り前の女性に何てこと言ってるんですか!それは立派なセクハラです!」

 プリプリ怒る妙子に、

「渋谷の会長にも注意されたから、怒らないであげて。妙ちゃんに嫌われたら、おじさんはげちゃうから」

 と笑う。

「真由さんは、もう少し怒るべきです!」

「心配かけてる自覚は少なくともあるからねー。で、お父さんにお願いがあるんだけど」

 一歩引いて話を聞いていた父に声をかける。

「村田の子供が出来たら、私海外に飛びたいんだけど、確か会社作る予定だったよね?」

 渋谷コーポレーションが手がける貿易会社の事を口に出す。

「子供と翔月かけるの三人で行くのか」

 コンコン!と遠慮気味にノックされ女将が現れる。

「お話中失礼致します」

 深く頭を下げつつ詫びを入れ、食事の用意ができ運び込む旨の説明をして出て行く。

「村田は置いてく。むしろ別れてから飛ぶよ」

 ガタガタン!

 あちこちから、椅子が倒れる音が響く。

「お店の人達が驚くから静かにしてよ、みんな」

 ただ一人涼しい顔をしている真由に、皆が驚きで声が出ない。

「その話は後程。お腹空いたー!」

 運ばれてくる料理を嬉しそうに眺めながら、真由は周りの空気を努めて無視する。

 美味しい料理に舌鼓を打つはずが、真由の爆弾発言に味が分からなくなり、真由以外は料理を楽しむ事が出来なかった。

「…さて、真由」

「村田は関係ないから」

 意を決して声をかけようとして、言葉が重なる。

「翔月が関係ないなら子供を作る必要ないだろ」

 最もな言い分に真由は険しい顔で、

「それは必要な事。妙ちゃん達に幸せになって貰いたいから、親族バカ達から守るし、これは絶対譲らない」

 と言い放つ。

に、とは言え、出来た子供は創ちゃんに。事実じゃなくても、世間はそう見る。体外受精か否かすら週刊誌を賑わせるの。私は二人を使って翔月の子供を作るけど、翔月には迷惑かけたくない」

「…別れにしても、渋谷の社内だと何処にいるかはすぐにバレる。翔月の情報網は常識を逸してる。塚田」

「役職なしで、奥さんの旧姓使うか」

 会長二人が相談を始めると、真由は創一達に近付いて声をかける。

「創ちゃん、妙ちゃん。は最初で最後のわがまま…二人にも迷惑かけちゃうけど、許して」

 真由が村田に関しては意地でも譲る気はないのだと二人は悟り、

「出来れば二人にも幸せになって欲しいけど…村田くんはだから大丈夫かな」

 と笑えば、真由は少し困ったように笑い返した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る