女無天――ミント――MINT
もりくぼの小隊
バス停ミントガム
「……あぁ」
明朝五時半。バス停の待ち合いベンチに座るワンカールヘアの女子がその切れ長な目で僕を
このワンカール女子は同じ学校のクラスメイトだ、でも、もしかしたら彼女は僕の事を知らないのかも知れない。僕は特に目立つ存在ではないが、彼女は口数は少ないが存在感があり、クラスの中でも目立つ存在だ。うちの学校で同じ街に住んでるのは僕と彼女だけだが、この子はそんな事も知らないだろう。特に幼なじみという漫画やアニメのような設定も僕達の間には無いのだから。
いつもはバスを待っているおばあちゃん達がベンチを占有している時間であり、僕はいつも横に立ってバスを待つ、彼女もバスが来るギリギリまではやってこないから既に乗っている僕と顔を合わすことは無い。同じ
「ねぇ」
突然に横から彼女が声を掛けてきて手にしたスマホを滑り落としそうになった。今のは本当に僕に声を掛けたのかと疑い半分に恐る恐ると顔を向けると。
「ベンチ、空いてるんだから、座れば? 文句なんて言われないと思うよ?」
彼女もこっちを向いていて細指でコツコツとベンチを叩いた。確かに、空いているのにつっ立っているのも不自然かもしれないと僕はベンチ端に腰を下ろした。彼女は特に気にする事もなくなったのかまたスマホへと視線を戻し、耳に掛かった黒髪を細指で軽く梳いてワンカールヘアを耳に掛けた。僕も気まずい時間を潰すためにスマホに意識を集中した。
ポツポツとバス停屋根に水音が響く。もしかしなくても雨が降ってきたようだ。これには彼女もすぐに気づいたようで上を見上げてため息を吐いた。
「はぁ、イヤだね雨。本降りは勘弁だよ」
これは独り言だろうと自意識が過剰ではない僕は彼女に向けた横目をスマホに戻そうとする。
「イヤじゃない雨?」
急に彼女の切れ長な眼が僕の方を向いてハラリと耳に掛けたワンカールヘアが外れて頬へと流れた。
その姿は凄くすごく綺麗なものに見えて、胸が痛くなるほどに心臓の音が馬鹿にやかましく彼女に聞こえてしまうのでは無いかと不安になる。彼女はそんな心配ごとは露ほども知らずに細指でまたコツコツとベンチを叩いて濡れた唇を小さく震わせてどこか小悪魔めいた声音を発した。
「
僕は
「じゃぁ、バスが着いた後も降ってたら入れて。傘、忘れて来ちゃったから」
急な申し出に僕の顔は惚けたものになっていることだろう。なんとか絞り出した言葉は「どうして?」というあまりにも失礼な言葉で死にたくなった。
「どうしてぇ? クラスメイトのよしみてもんじゃダメなの?」
僕の事を知っているのかと驚いた顔をすると彼女はクツリと笑って僕の感情を読み取ったかのように、エスパーな発言を返した。
「あたし、
彼女は僕のスマホ画面と自分のスマホ画面を指差し何度も交差させながら、
「同じスマホゲームをやっているというもうひとつの接点を見つけてしまった」
細指につられて画面を見ると確かに、僕と同じゲーム画面だった。このゲームをするの、君も? と言うと彼女はまたクツリと笑う。
「リリース初日からずうぅ〜っと、ハマッてる」
改善前のリリース初日からとは猛者だねとつい口を緩めると。
「なあんだぁ、ちゃんと楽しそうに笑えるんじゃない。ちょッッっっと、嬉しくなっちゃうんだけど」
彼女もまた楽しそうな綻んだ笑いを魅せて、鞄から何かを取り出した。
それはガム? と、たずねると。
「うん、ミントガム。好きなんだよねぇ」
言って彼女は包み紙を半分に剥がすと僕の方へと向けた。
「千切ってぇ、半分こ。傘に入れて貰うお代」
どうやらくれるらしいけど、そんな、貰わなくても別に。
「気持ち。爽やかな、き〜も・ちッ」
言ってることはよくわからないが、無下に断るのもよくないやと、僕はお言葉に甘えてガムを掴む。彼女が反対に引っ張るとガムを持つ手はブルブルと震え、少しの抵抗の後、ブツンと千切れた。ちゃんとした半分になったかはわからないが、彼女は半分のミントガムを素早く口に放り込むと、幸せそうなトロリとした顔になった。
「フフ、スーゥッと爽やかだね」
大人びた顔立ちからは想像もできなかった可愛い表情がそこにはあった。そんなに頬を緩める程に美味しいものかと僕もミントガムを口にした。噛めば噛むほどに、ミント特有の爽やかさが鼻奥までスーッと広がっていった。なるほど、確かに美味しいものだ。頬が緩むのもわかるよと顔を向けると、おばあちゃんの集団がこちらに歩いてくるのが見えた。いつものおばあちゃん達だ。今日はいつもよりも遅れただけらしい。彼女もそれを認めると、カールヘアをもう一度耳掛けし、ベンチを立った。どうやらおばあちゃん達に譲る気らしい。僕もそれに習って席を立った。
しばらくすると、僕達の乗るバスがやってきてた。僕達は乗車すると、それぞれいつもの定位置へと腰を降ろして、バスは雨の中、ゆっくりと発進をした。僕は目的地に着くまで雨の景色を眺めようと思ったが、目は彼女を無意識に追い、口の中のミントガムは噛むほどにまだまだ新しい爽やかさを生み出していた。外の雨はやかましいほどに強くなり耳奥に響く。僕はそれを妙に嬉しいものだと何故だか感じていた。まるで新しい雨具に喜ぶ小さな子どものように。
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