#39 光

 思い返してみれば、俺の感情が大きく動いたのはあの時・・・だ。

 小学生の時の、あの時。

 そして、今、同じように大きく揺さぶられている。

 原因は、ミリへの特別な感情。

 それって……

 

 

「LOVE、愛かって?」

 

 

 俺はユウキを見上げて、唾を飲み込む。

 ヒラタ達と話した後から、ずっと気になっていたんだ。

 もし、これがそうなのだとしたら、俺は見つけたことになる、究極の美徳を。

 でも、もしそうなのだとしたら、不毛だ。決して実らない。

 相反する興奮に俺はかき乱されていた。

 

 

「んー。ちょっと、違うんじゃないかと」

 

 

 申し訳なさそうな顔でユウキが言った。

 

 

「違う?」

 

「うーん……。タドコロはさ、ミリがいる・・って思いたいんだと思う。心っていうか『ミリ』っていう自我というか。俺たちがそうであるように、決して同じものや変わるものがない、唯一の個体としての『ミリ』が」


「……」


「思いたいというか、思ってるし、信じてる。だけど現実には個体としてのミリが見つからないから苦しんでる。それって、恋とか愛とか種類以前の問題だと思うんだよな」 

 

 

いる・・と思ってるし、信じている』

 腑に落ちる感情が次々と思い浮かんだ。

『だけど、現実では見つからなくて苦しんでいる』

 その通りだ。



「刺激的な結論に飛び付くのは魅惑的だけどさ、焦り過ぎだと思う。『実在するいる』のか『実在しないいない』のか、まずはそこから結論を探すのが良いんじゃないかな。タドコロがしんどいのはそのせいなんだから」



 ユウキはそこまで話しきると、ジャスミンティーをゆっくりと流し込んだ。

 知らない大人みたいな、澄ました姿に、俺の中の高揚した何かがスンッと引いた。



「そっか……。そーだな。……俺、苦しいってことに少し酔ってたかも、やぺっ」


「俺は実在するいると思うよ、ミリ」


「え?」



 照れ笑いで取り繕った俺に笑顔で答えたのは、いつものユウキだった。

 他愛ない雑談と同じ、穏やかで軽やかな空気。

 肩の力が抜けた、くだけた姿勢と仕草。

 さっきまでの変な緊張が消える。



NAITEAナイティーシステムの理屈は理解していて、それでもミリはいるってタドコロは思ってるんだろ? 人間は根拠のないことを盲信しないよ。現実でも今のところは見つかってないんだろ? いるって証拠。それなのに理由もなく『実在するいる』なんて考えに固執するもんか」


「確かに。そう言われてみればそうかも。なんで俺はいるって信じたりするんだろう」


「な? これ・・は水じゃなくてジャスミンティーだって言われて、実際飲んで味も匂いもするのに、今更『水だ!』って思い込もうとしたって思えないだろ。だから、ミリはいるんだと思う。タドコロにはその欠片や証拠が見えてるんじゃないかな、これだって自分では認識できないだけで」



 身体の奥から何かが溢れてきた、今度はとても温かい何かが。

 ユウキの言葉によって、堰も俺も、

 その温かさに混じるように溶けていく。

 


「ミリは実在するいると思ってるし、思いたいし、信じてるタドコロおまえと、実際にミリが実在するいる現実、それなら何の問題もない。ハッピーじゃん。良かったなタドコロ!」



 込み上げて来た熱はキラキラと光となって世界を溶かし、キラッキラのユウキの笑顔を溶かしながら消えた。


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