#37 ミスリード

「……AIは偽物なのかな……」

 


 PrimordiaTatooineプリモルディアタトゥインmidwaypoミッドウェイポエリアの食堂で、俺はユウキに全部話そうと決めていた。

 話してみて、ユウキがどう思うのかを知りたい。

 自分一人じゃ、いくら考えたって埒が明かないから。

 


「哲学だな。何に対しての偽物?」



 チャットで、ミリのことを話したいとは伝えてあった。

 俺の弱腰の吐露にも、急かすことなく、先走らず。

 サクマユウキはこーゆー奴だ。

 ユウキに話そうと思ったのは間違いじゃなかったな。

 俺はユウキのこの一言に凄く安心して、もやもやと一緒に胸の内にあった、他人ひとに全部話すことへの怖れがすっとなくなった。



「何に対してなんだろう。そう言われると良く分からない。……人間に対して、なのかな」


「タドコロはどう思うの?」


「頭の隅っこでさ、偽物だって考えがこびりついていて、ただのデータだとか、決められた演算を行ってるだけのプログラムだとか、ニュートリノに乗せられた電気信号だとか、考える度に言い聞かせてくるんだ」


「うん」


「だけど、俺は違うって思ってるみたいで、違うって思いたいみたいで、その度にここが苦しくなって」


「なんで? 思うのは自由だ、思いを強制されるのは苦痛だけど、タドコロのは逆だろ」


「……知ってるからだ、偽物だって。分かってるのに抗って、だから苦しい。……それだけじゃない、抗っても毎回思い知らされるんだ、偽物だって、その度にショックを受けて、馬鹿みたいに、絶望してっ」



 話しながら感情的になった自分に驚いて、ヒュッとめる。

 うわっ、なんか俺、カッコ悪くないか。

 恥ずかしーっ。

 恐る恐るユウキを見ると、目を伏せて考えにふけっているところだった。



「自己矛盾による葛藤」


「え?」


「タドコロの中で、相反する二つの考えがあるせいで苦しいのかなって思ったけど違うよな。頭の中の偽物説と現実の偽物説は一致してる。偽物と思いたくない気持ちも、現実に偽物じゃないと思ってる時点で一致してるし。とゆーことはさ」


「うん……」


「タドコロが苦しいのは『AIは偽物だ』って概念そのものだ。タドコロは違うって思いたいし、思ってるんだろ? それで実際に違ってれば、ハッピーじゃん。何も問題にならない」


「……そうかも」


「あーだから、俺に否定して欲しかったのか。でも、俺が否定したところで、タドコロが納得しなきゃ意味ないし、納得したところで現実は変わらないから意味ないよ。気紛らわしくらいにしかならない」



 俺はビックリして頭が空っぽになった。

 ユウキの言葉が予想外で衝撃的過ぎたのだ。

 生まれてから、他人と会話するなんてほとんどなかった。

 だから「友人との会話」というものに実感はない。

 ただ、物語やらドキュメンタリーなどでのイメージはある。

 ユウキとの会話はいつもそれ・・を彷彿とさせる程に心地好かったから、きっと俺を甘やかすような、俺が欲しい・・・言葉をかけて貰えると頭のどこかで期待していた。

 そうか。俺、甘やかされたかったのか。

 


「……そうだね。意味ないや、はは」



 ズバッと一刀両断された俺の甘え。

 表面的に撫でられて、気持ち良くなったとしても、そんなのその時だけだ。

 何も改善しないだけじゃない、そのうち、常に撫でられたいと欲しがるモンスターになる。

 ユウキは正しい。俺が甘……



「そもそも『AIは偽物だ』って概念がミスリードだって気づいてる? タドコロは偽物も本物も良く分からないって定義できてなかった。定義できてないものを突きつけられて苦しむなんて変じゃん」


「え……ミスリード?」


「苦しいのはAIとか偽物とかとは関係ない。ミリ・・だろ?」



 ユウキは一枚一枚、俺の鎧を剥がしていく。 

 虚勢も、自己防衛も、自分でも気付かない錯誤も。

 向き合うのは、全部取り払われた、素の、剥き出しの「俺」。



「………うん」



 ユウキは凄いな。

 見あげる俺の視線を捉えて、ユウキはニッと笑った。


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