#36 ケチャップとマヨネーズとマスタード


トオルあのこはミリを私たちと同じように思ってた」

 

「ケチャップはいる?」



 返事の変わりに手を差し出すミチコに、ススムはトマトケチャップを手渡した。



「私が、トオルとミリの姿があまりに可愛くて、微笑ましくて、娘がいたらこんな感じかなんて、ミリも自分の子どもみたいに、勘違いさせる態度で接してたから」

 

「俺も楽しかったよ。帰宅して、このテーブルで四人で過ごす時間は元気のもとだったな! あぁ~、あんまり出しすぎると酸っぱくなるって」



 ススムは再び手を伸ばしてミチコにケチャップを寄越すよう催促する。

 ミチコは一瞥いちべつするとケチャップの蓋を閉じ、テーブルの端へ置いた。

 それから、オムレツの黄色いキャンバスに、ケチャップが撫で付けられ太い線を描く。


 

「幼くて真っ白だったトオルに取り返しのつかない間違いを書き込んでしまった」


「考えすぎだって。俺たちは何度だって何年経ったって書き換えられる。望まなくたって上書きされるんだ。それが人間だよ。トオルだってミリがアシスタントナビゲーターだってとっくに知ってるじゃないか」



 ススムは今度はマヨネーズを差し出した。

 ミチコが呆れた顔で眺めると、



「マヨネーズで味変えも中々いいよ」



 と悪びれもせず笑った。



「まだ食べてもないわよ」



 夫をたしなめた後、ミチコはオムレツを口に運びながらどこか遠い目をした。



「トオルね、あんな怖い事故に遭ったのに、プロジェクターが壊れて消えたミリを心配してたのよ。データのミリを」


「……画像を見て、俺も胸が痛んだよ。ミチコもだろ? 大事なものが壊れれば、例え物だって心は痛む。データだって消えれば喪失感は抱く」


「……事故のショックじゃなくて、ミリに会えない不安で眠れないって言ったの。新しいプロジェクターが来ればまた会えるのに」


「優しいんだろ。優しさは理屈じゃない。俺はミチコやトオルのそういうところ、長所だと思うけどな」



 ミチコがススムに催促するように手を向けた。

 ススムが分かりかねて、何? と口を開こうとした時、ミチコの強めの声が響いた。



「マヨネーズ! 取ってよ」


「あぁ、味変ね」



 マヨネーズを受けとるミチコは少し照れ臭そうで、それに気づいたススムは満足そうに微笑んだ。

 


「子どもの頃が原因でトオルが異常おかしいっていうなら、ミチコ一人のせいじゃないだろ、俺にも責任があるよ。俺も一緒に楽しんでたんだからな。ミチコが一人で責任を感じることはない、一緒に相談しよう」



 オムレツをペロリとたいらげて、ススムはミートローフをナイフで切り分け始める。



「ススムは心配にならないの?」


「全然。でも、心配性のミチコは不安が耐えないんだろ。いいよ、全部吐き出せば。その方がミチコも気が楽になれるだろうし。言いにくいことは酒の力を借りれば良いし。俺もミチコの不安を共有出来て、万一の時はすぐ対処出来る。その心配はないって俺は断言するけどね」



 夫の頼もしい言葉にミチコの顔は綻んだ。

 ススムは話の続きだとでもいうようにマスタードを差し出す。

 ミチコの皿はオムレツでいっぱいで、ミートローフをのせる余地はない。

 


「あ、まだ、大丈夫。後でいただくから、ススム先に食べて……」


「違う違う」



 笑いながらマスタードを突き出すススムに、ミチコは小首をかしげた。



「マスタードもいいよ、味変」

 

 

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