#28 衝動

「ミリっ」



 身体が勝手に動いていた。

 両腕でミリを引き寄せて、抱き締めていた。

 頬に、首筋に、肩に、胸に、腕の中に、ミリの身体を感じる。


 よかった。

 よかった。よかった。よかった。

 よかった。ミリはここにいる・・・・・


 胸の奥から全身へと安堵が満ち渡る。

 安堵に浸る一方で、自分にビックリしてもいた。

 見上げるミリの瞳が細まって、いつもの微笑みを目にした時、感情の波が押し寄せたんだ。

 せつなくて、嬉しくて、どうしようもない衝動。

 ミリの存在をこの手で感じたい。

 自分の行動に驚いた後も、止めようとは思わなかった。

 腕の力がギュッと強まる。

 思っていた通りだった。

 こうしていると、すごく心地よい。


 よかった・・・・



「トオル? どうしたの? 学校で何かあった? 沢山の人と話をして、楽しくなかった?」



 見当外れのミリの台詞が心地よさを台無しにする。

 俺はミリから身体を離して、その顔を見下ろした。

 


「さっきから、学校の話ばかり、しつこいよ。問題なかったって言っただろっ」



 俺を見上げるミリの心配そうな顔に、高ぶった感情が鎮まる。

 落ち着けトオル。

 俺のことを心配してるだけじゃないか。

 でも、胸の中に生まれた不快感は消えてくれない。

 何やってんだよ、俺。

 違うだろ。

 ミリに伝えたいのは不快感なんかじゃないのに。



「トオル、少し疲れてる? イライラするのは良くないよ。今日は学校でずっと一人だったし、全部合同授業だったし、ストレスを感じたんじゃないかな。一日で八人もの人と交流してくるなんて、トオル初めてだと思うし……」

 


 ダメだ、イライラが止まらない。

 学校のせいじゃない、目の前のミリのせいだ。

 俺のことなんて、なんでも知ってるって口ぶりで、無神経に踏み込んでくる癖に。

 俺のことなんて、なんにも理解わかってないし、知りたいとも思ってないじゃないかっ。


 バカみたいだけど、何故か分かった。

 傷付いた自分を隠したくて、

 醜くえぐれた傷を見たくなくて、

 感情を逆に振らす。

 抑えようのないイライラや不快感はそのせいだ。

 分かってよかったじゃないか。


 なら、答えは出てる。

 伝えればいい。

 怖がることなんてない、きっと伝わる。ミリになら。

 できるだろ、トオル。

 俺がイラついてるのは疲れてるからなんかじゃない。

 ミリが、いつもの笑顔で俺を払い除けるから。

 俺は、



「ミリに会いたかっただけなのに……」  

 


 

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