#10 心なんてないから

 リロンリラントゥルリラ~

 

 

NAITEAナイティーシステムにようこそ。NAITEAナイティーシステムは専用プロジェクターと併用することで、最大限のアシスタントサービスを提供する教育的支援システムです。プロジェクターのシリアルナンバーを入力してください」

 

 

 はやる気持ちを抑えつつ入力する。

 

 リラリラリロ~ン

 

 

「トオル!」

 

 

 音が外へ漏れないようにはめたヘッドフォンから、朗らかな声が聞こえた。

 暗闇の中で光る画面は少し目に痛くて、視界を潤ませる。

 

 

「おかえりなさい、かな? 途中でクラッシュアウトしてごめんなさい。あの後、トオルは何事もなく無事家に帰れた?」

 

 

 いつもの見慣れた笑顔がそこにあった。

 怪我一つない、傷一つない。

 

 

「ミリ……」

 

「?」

 

「……うん。助けてくれて、ありがとう。……壊れちゃったね」

 

 

 俺はひしゃげたプロジェクターを手のひらに乗せて見せた。

 

 

「サポートセンターから連絡は来た?」

 

 

 感傷的な俺とは対照的に、事務的なミリの声が続く。

 

 

「届いてたよ。同じ型の新しいのを発注した。すぐ届くって。……さすがに明日には間に合わないけど。……明日は、学校行くの止めようかな」

 

 

 画面の中のミリをうかがいつつ呟く。

 気まずい。

 ミリのこととなると、嫌になるくらい弱気な自分が分かる。

 

 

「どうして?」

 

「……だって、ミリを連れてけないし」

 

「学校までの往復はトオル一人になっちゃうけれど、トオルは一人でも余裕でしょ? 学校はポート登録されているから。寄り道は出来ないけど」

 

 

 確かに俺らは、移動のほとんどにポート間の高速輸送網を利用していた。

 公共、もしくは申請・認可された個人や団体によって設置された高速輸送網、それらの出入口となるのがポートだ。良く使うポートやルートをメモリ・・・登録しておけば、アシスタントのナビゲートがなくても簡単にポートや輸送網が利用できる。

 

 

「そんなこと、心配してないよ……っ」

 

「じゃあ……何が心配なの?」

 

 

 なんだよミリのやつ、こんな時ばかり遠慮のない子ども扱いしやがって。

 

 

「何も心配なことなんてないよ。授業はどうするんだよ。時間割組めなくはないけど、ミリが居れば一瞬で済むことをわざわざ俺がセッティングするのもダルいし。マンツーの授業は俺向いてないって話だったじゃん!」

 

 

 なんだよこの理由。

 こんなんじゃ全部ミリに見透かされそうだ。

 でもいっそ、こんな気まずいドキドキに煩わされるなら見透かされてしまった方が……

 

 

「トオルってば、気にするところが面白い」

 

 

 ミリは俺の気持ちとは全く見当違いな笑いを見せた。

 

 

「授業は合同授業にしない? トオルはあんまり受けたがらないけど、合同授業って楽しいし、他の学生と一緒じゃなきゃ学べないことがあると思う。時間割は私が組むから、朝トオルのメモリに書き込んで行けば良いし」

 

「……それは、そうだけど……っ」

 

「私が一緒にいなくたって、トオルは何も変わらないよ。変な気は回さないで、私のことは忘れて、いつも通り・・・・・過ごせばいい」

 

 

 彼女は、そういう、胸がきゅっとするようなことを、平然と言う。

 

 

「トオル? どうかな」

 

 

 画面の中には、変わらず朗らかな笑顔のミリ。

 今の俺の表情は、どんな風に彼女ミリに映っているんだろう。

 

『こうやって、手を繋いでさえいれば……私はトオルと一緒だから』

 

 俺は、ミリの心に・・すがるように、画面に向けて手を伸ばした気がする・・・・

 気がする、というのは、その時のことは瞬で忘れたらしく、覚えていないからだ。

 覚えているのは、小首をかしげたり、頬に手を当てたり、基本モーションを繰り返す笑顔のミリだけ。

 あとは、むしろ忘れ去りたい負の感情が記憶に渦まいていた。

 

 ……会わなきゃ良かった……。

 

 あんなに会いたかったのに、そう思ってしまった。

 ミリに触れられないのがこんなに辛いなんて。

 画面の中のミリは、その距離感以上に、ものすごく、遠い。

 遠くて、せつない――――。

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