#9 眠れない夜
ぅぐあぁっっっ!!
ダメだっっ……!!
寝つけない俺が何度目かの寝返りをうつのと、部屋のドアが少し開いて、外からの光が遠慮がちに差し込むのとがほぼ同時だった。
俺は光の根元に目を細める。
「トオル? 起きてるの? 入っていい?」
母さんだ。
「……いい……けど」
なんだろう。
そっと俺の額を撫でながら呟く。
「寝るところだった? ごめんね、事故報告書を見たのよ……。直前の映像も……。そしたら、……また不安がよみがえってきちゃって」
ドアから漏れる光しかないせいか、母さんの顔が陰って見えた。
「……そうだよね。心配かけてゴメン」
「バカね。トオルが謝ることじゃないわよ。……ただもう一度、こうやってトオルの無事を確認したくなっちゃって」
優しく撫でる手に、俺は共感していた。
「巻き込まれなかったとはいえ、……怖かったでしょう」
あぁ、そうなのかもしれない。なかなか寝つけないのは。
何かはりつめていたものが溶けていく感覚に、俺はそう思った。
「それもあったのかな。なんだか頭がさえて眠れなくて……てっきり、ミリにしばらく会えないからかと思ってた……。ミリは
思い出してしまい、胸がざわついた。
思わず手の甲で目を覆う。
「そうね……。画面の中ででも、今日のうちに起動しておいたら良かったのかも。そこまで気がまわらなかったわ」
「いや、やろうとしたんだよ。でも、パソコンで起動してなさ過ぎてさ、起動出来なかったんだ。再セットアップ。だから、新しいプロジェクターが来るまでミリなしで過ごさなきゃ」
「? トオル、それで起動しなかったの?」
母さんの呆気にとられたような声に、俺は手をずらし、母さんを見上げた。
俺以上にきょとんとした顔の母さんが言う。
「前のプロジェクターのIDを入れれば良いのよ。3Dナビゲーターを使うわけじゃないんだから。3Dナビゲーターをどうしても使いたいって言うんだったら、母さんが使ってたプロジェクターを貸しても良いし。一時的にだけど」
「え????」
母さんの言葉の意味を考える。
前のプロジェクターのIDを入れれば良い、3Dナビゲーターを使うわけじゃないんだから。前のプロジェクターのIDを入れれば良い、3Dナビゲーターを使うわけじゃないんだから。
「あっ……っ!」
俺はうつ伏せになって頭を抱えた。
「バカだ! アホすぎる! そうだよっっそりゃそうだろっ! 何考えてんだよ俺っっ!」
じたばたもがきながら、そう自虐する俺の頭を、母さんの手が優しく撫でていた。
「明日の朝、起動してから学校へ行きなさい。母さんのプロジェクターも、使えるように一応用意しとくから。……いつの間にか随分大人びたと驚かされたけれど、そうでもなかったみたいね。私の良く知っているトオルだわ」
撫でていた手をぺしっと俺の頭に当てぐりぐりっと押さえると、
「さぁ、元気なミリに会えると分かったんだから、今日はもう安心して寝なさい」
そう言って母さんはベッドから立ち上がった。
「おやすみなさい」
交わされる言葉とともに、そっと閉まるドアの隙間から覗く母さんの顔は、なんだか嬉しそうに見えた。
母さんのお陰で、俺もだいぶ安堵を覚えていた。
部屋は再び静寂な闇に包まれている。
もう夜も遅い。
直接的に事故に巻き込まれなかったとはいえ、心身ともに疲れているはずだ。
母さんの言う通り、今日はこのまま眠ろう…………
なわけナイカラ・ジョーダンっ!!!!
俺はベッドから飛び起きると、部屋の外にはバレないように、静かにパソコンを起動した。
もちろん、次に指がタップするのは『Neutrino Artificial Intelligence Technologies for Educational Assistance』、『NAITEA《ナイティー》システム』だ!
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